行かないで、側にいて
***BL*** 両親に泣くな、感情を抑えろと躾けられた僕。大好きな人と婚約したのに上手く行かない。 ハッピーエンド
僕は絶対に涙をこぼさない。
小さな頃から泣くなと言われ続けた。感情に揺さぶられる事無く、立ち続けろと言われた。
無理っ!そんなの無理っ!
僕はただの子爵令息だから!
王女でも、王妃でも無い、ただの子爵令息!
お父様もお母様も、僕をどうしたいの?
僕より10歳年上の王女様は、本当にお美しくて、立派な方。どんな時でも笑顔を崩さず、落ち着いた冷静な女性。
小さな頃から、王族のご挨拶の場で、にっこり笑って手をお振りになっていた。それは、子供が手を振り続けるには余りにも長い時間で、どの民衆にも等しく届く様に気を配る姿は愛らしかったとか、、、。
僕の髪の色は、王女様の髪色に似ている。髪質や後ろ姿が似ていたからか、両親は王女様の様に育てたかったのかも知れない。
でもね。無理に決まっている。
だって、僕は貴方達の息子なんだよ?王様と王妃様の間に産まれた子供では無い。
どんなに頑張っても王女様には慣れない。
**********
小さい頃は、俺の前で遠慮無く泣いていた。
彼がいつから泣くのを我慢する様になったか分からない。
10歳になる頃には、もう涙を流す所を見た事が無かった。
セオドアはサラサラの金髪で、いつもいつも俺の後ろを着いて回った。
ま、正確には彼の兄の後ろなんだけど。
待って待ってと泣きながら、追い掛けて来る彼が可愛かった。
3つ下の男の子が涙を我慢する顔を見ると、余計に泣かせたくなった。
「ディーン!こっちこっち!」
植え込みの向こうから手招きするバートランド。俺はセオドアに見つからない様に、身体を小さくしながら移動する。
「セオドアが探してる」
キョロキョロしながら、不安そうな顔をしていた。
「兄様、、、?ディーン様?どこ?」
涙が溢れて、一所懸命拭いている。可愛いなぁ、、、。
バートランドが
「シー、、、」
と人差し指を立てて、植え込みから出て行く。俺に、おいでおいでをして、二人でセオドアの後ろからそっと近付く。
「ばぁっ!」
と二人でセオドアの前に飛び出すと
「兄様っ!!!」
とバートランドに抱き付いた。わんわん泣きながら、しがみ付く。可愛くて可愛くて堪らない。
俺はバートランドが羨ましかった。
それからも、俺はセオドアを泣かす様な事を度々した。彼を困らせて、涙を流させる。
でも、彼は少しずつ泣かなくなっていった。
俺が高等部の最終学年になってから、セオドアと婚約をした。彼はまだ、高等部に入学したてで可愛らしかった。
でも、仮面を被った様に無表情だ。
あの位の歳ならさ、もっと笑って、もっと怒って、喜怒哀楽があっても良いと思うけど、、、。
**********
高等部に入学してから、僕はディーン様と婚約した。結婚したら、ディーン様を支える事になるのだろう。
もっと感情を抑えて、子供みたいにはしゃいだり、癇癪を起こさない様にしないといけない。
「ねぇ、セオドア様はディーン様とご婚約されたのよね?どうして貴方が選ばれたのかしら?」
どうして?
「だって貴方ったら、身体は小さいし、無愛想じゃない。いくら親同士が決めた婚約者とは言え、もう少し嬉しそうにされたらどうなの?」
そんな事、僕自身分かっている。でも仕方が無いじゃないか。ずっと感情を抑える様にして来たんだもの。馬鹿みたいに笑う事なんて、出来ない。
「ディーン様とバートランド様がお友達で、貴方は幼馴染って伺ったわ。つまり、お情けで婚約して貰ったって事なのかしら?」
馬鹿だな。そんな理由で結婚なんて、ある訳無いじゃないか。
「そうよねぇ。ディーン様にはもっとお美しい方が相応しいわ。例えば、アーリーン嬢とかどうかしら」
皆んながクスクス笑うのが聞こえる。
アーリーン嬢は、ディーン様と同じ男爵家。身長が高くて、スタイルも良い。僕みたいに衣装に着られるタイプでは無くて、何でも綺麗に着こなしてしまう。
ダンスも上手だと聞いた事がある、、、。
「私の名前が聞こえて来た様だけど、何かしら?」
「アーリーン嬢」
ハーフアップの髪は、毛先を緩く巻いてあってステキだ。
「セオドア様がディーン様と婚約したそうなんです。私達は、みんなアーリーン嬢の方がディーン様に相応しいと思います」
「有難う。でも、実際にご婚約されたのはセオドア様よ。結婚は家と家の繋がりが全てなのだから、私達には何も出来ないわ」
アーリーン嬢はいつも通り、真実を述べた。
*****
僕の両親が求めているのは、アーリーン嬢の様な女性かも、、、。僕も彼女の様に冷静に真実を述べる様になりたい。
、、、でも、無理だ。感情的にならない様に口を噤むしか無い。僕には上手く出来ない、、、。
*****
ディーン様との婚約が嬉しかった。いつも兄様と一緒に遊んでくれたディーン様。僕の大好きな方。
でも、僕には自信が無かった。背も低いし、身体も女性的では無い。ステキな笑顔も持ち合わせていないし、、、素直じゃ無い、、、。
僕とディーン様の婚約は、それこそ家同士の話し合いで決まった。ディーン様だって、こんな僕との婚約なんて、嬉しく無いと思う。
「セオドア?」
ハッとした。お兄様に呼ばれていたのに、気が付かなかった。
「はい」
「大丈夫かい?」
「 ? 、、、何がですか?」
「考え事をしている様だけど、心配事でもあるのかな?」
「いえ、問題ありません」
「本当に?」
「はい」
「分かった。何かあったら、僕かディーンに相談して?」
「有難う御座います」
そうは言われても、ディーン様に相談なんて出来ない、、、。
**********
私の弟は、厳しく育てられた。
小さな頃から泣くなと叱られ。いつも涙が流れ落ちるのを我慢した。
私自信も、感情を露わにするな。冷静に対応しろと言われ続けて来たけれど、そう言いながら感情を剥き出しに私を叱る両親を見て、「自分が出来ない事を子供に求めるな」と反発していた。
でも、セオドアは私とは違う。両親に泣くなと言われれば、涙を堪えるし、感情的になるなと言われれば、自分を殺す。
幼い頃の感情豊かで可愛らしいセオドアは、何処かに隠れてしまった。
*****
「セオドアは俺との結婚、、、嫌なのかな?」
ディーンに相談されている。確かにセオドアはディーンとの婚約が決まっても、嬉しそうでは無かった、、、。
「そうかもな、、、」
「そうかもなって!そこは違うと言ってくれよ!」
「あの子はさ、私と違って両親の言う事を鵜呑みにしてしまう。泣くなと言われれば我慢をするし、感情的になるなと言われれば、自分を抑える。私みたいに反発する事が出来ないし、そう考えるタイプでも無い、、、」
「、、、分かる」
「だから、ディーンの事好きでも、自分を抑えてるかも知れないし、他に好きなヤツがいるかも知れない」
「いやいやいや、待て待て待て!」
「だから、本当に分からないんだって、、、」
二人でため息を吐いた。
「俺は、セオドアと婚約出来て嬉しかったよ」
「だろうね」
ディーンが笑う。
「小さい頃のセオドアは、可愛かった。必死になって俺達を追い掛けて来たよな」
「ああ」
**********
私はアーリーン。先日、セオドア様の婚約者の件かあってから、彼の事が何と無く気になってしまうの。
何を我慢しているのかしら?
まぁ、私が心配してどうなるものでも無いかしら?
私は彼のお兄様が好き。誰にも言えないけれど、お兄様が彼を大切にしているのは知っているわ。
そして、お兄様の隣にいつもいるのが、セオドア様の婚約者。彼はセオドア様の事、とても大事にしていると思うの。
どう言う経緯で婚約を結んだかは知らないけれど、お似合いじゃ無いかしら?
*****
セオドア様の顔を見たら、真っ青では無く、真っ白だったの。びっくりした私は、思わず
「ねぇ、救護室に行きましょう。貴方、顔色が悪いわ」
「え?」
と言ったの。その途端、彼は足元から崩れ落ちてしまって、、、。
廊下で大きな声は出せないわ。後で彼が恥ずかしい思いをしてしまうかも知れない。
どうしましょう、、、。
「セオドア?!」
あの人は、彼の婚約者。
「あの!具合が悪い様で!」
彼はセオドア様を抱き抱えると
「君も着いて来て!」
とだけ言って、救護室に走ったの。
私はとてもじゃないけど、追い付けなくて、、、。
遅れて救護室に入ると先生はいなかった、、、。
彼は、セオドア様をベッドに寝かせ、先生を探しに行ったみたい。
「う、、、」
「セオドア様、、、大丈夫?」
「お腹が、、、」
「痛いの?」
小さく頷く。
「大丈夫、今、先生を呼んでいるわ」
「、、、申し訳ありません」
「良いのよ。気にしないで」
彼に布団を掛ける。
身体をくの字にして、痛みに耐える彼は痛々しかったわ、、、。
廊下から足音が聞こえると、先程の人と先生が見えられたの。
私は少し離れて見守ったわ。
「君、セオドアの友達?」
「同じクラスです」
「彼のお兄さん分かる?」
「はい」
「呼びに行けるかな?」
チラッと時計を見た。
「いや、俺が行こう」
「行きます!何組ですか?」
「ごめん、高等部4年Bクラス」
「はい」
私は出来るだけ早足で高等部に向かった。
救護室からなら、それ程遠くは無い。
教室を見つけ、入り口近くの方に呼んで頂く。
事情を知らない彼は、私が告白するとでも思っているのか、のんびり歩いて来る。馬鹿っ!
「あの!セオドア様が倒れて救護室に!」
と言うと、彼は顔色を変えて走り出した。
あら、、、。弟君の事、大事なのね。
何と無く、彼の優しい所を見られて嬉しいわ。
私も救護室に戻ると、セオドア様は目を覚ましたみたい。
*****
セオドア様は、ストレスと寝不足が原因だったの。先生はお兄様にお話しをされたいらしく、ベッドの周りにはカーテンが引かれたわ。
「私達は部外者の様ですね」
ちょっと淋しい気持ちになりました。
ディーン様が
「セオドアとは仲が良いのですか?」
と質問されたので
「普通です」
と返事をしたの。
カーテンが開いて、先生とセオドア様のお兄様が挨拶をすると、先生だけがお部屋から出て行かれたわ。
「バートランドです。君がセオドアを助けてくれたの?」
「セオドア様と同級のアーリーンです。彼が廊下で真っ白な顔をなさっていたので」
バートランド様に握手を求められて、少しだけ指先に触れたの。緊張で足が震えそうだわ。
「今日はセオドアを連れて帰ります。後日、お礼をさせて下さい」
「是非。ご連絡お待ちしております」
膝を折って、ご挨拶するとディーン様が
「じゃあ、俺達は授業に戻るよ」
と言って、救護室を出ましたの。
**********
セオドアのストレスの原因は何だろう。
俺との結婚?、、、まさか、、、いや、あり得るか?
「ディーン様はセオドア様の幼馴染と聞きました」
「え?あ、、、ああ、そうです」
「ふふ、、、セオドア様の事、心配ですか?」
「バートランドが着いているから、それは平気です。ストレスの原因は俺との婚約かな?なんて考えてました」
「、、、そうですね。最近、彼の中で何かが変わったのが、ディーン様との婚約の事であれば、可能性はありますわ。ですが、ディーン様が嫌いだから婚約が嫌なのか、ディーン様の事が好きだから、貴方に相応しくなりたいプレッシャーなのかは分かりません。彼は、、、感情を表しませんから」
「そうなんだ。小さい頃は、ころころ表情の変わる可愛い子だったのに、、、」
アーリーン嬢は他の令嬢とは少し違った。冷静に状況を見ているし、言葉使いも落ち着いている。
「セオドアと同じクラスだったよね?彼の話、色々知りたいな」
**********
兄様に支えられて、救護室を出た。
ふと見ると、ディーン様とアーリーン嬢が一緒にいる。二人の身長差は理想的で、ディーン様の真っ黒い髪と、アーリーン嬢の長く柔らかそうな髪が絵画の様でお似合いだった。
僕はまた自信を無くす。
「セオドア?」
「兄様、、、早く帰りたいです」
兄様も二人に気付いたみたいだった。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
僕は視線を落とし、彼等を見ない様にした。
馬車に乗ると、兄様が
「教室に鞄を取りに行って来るから、ゆっくり休んでいなさい」
と言ってくれた。
授業が終わる合図の鐘が鳴った。
少し疲れたな、、、身体が怠い。
馬車の窓に頭を着けて、外を眺めているとディーン様とアーリーン嬢が歩いていた。あのまま授業には出なかったんだ。
ベンチに座る二人。何やら話しをしている。
楽しそうだった。
本当だ、、、僕よりアーリーン嬢の方が婚約者に相応しい。
こんな時こそ涙を我慢しないと、、、。
僕はそっと視線を外した。
**********
セオドアの感情が揺さぶられていた。
やっぱりディーンの事が好きなんだ。
そう思いながら鞄を取りに行った。
あの子は、一人きりになっても泣かないのだろうか、、、。せめて、一人の時位涙を流して欲しい。あれ程感情を抑えていたら、いつか爆発してしまう。今日、体調を壊したのがその兆候だ、、、。
私は、ディーンとアーリーン嬢を見た。荒療治、、、してみるか、、、?
**********
僕の家に、ディーン様が来るのは分かる。兄様の幼馴染で、昔から交流があった。今は、僕の婚約者だから不思議は無い。
でも、今までは応接室で会うだけだった。それも3人で。
どうして今日は僕の部屋に入りたがるんだろう。
「ディーン様、応接室でお待ち下さい」
「どうして?婚約したんだから、君の部屋でも良いじゃ無いか」
良く無いです、、、秘密の物が飾ってあるんだから、、、。
僕の机の上には、彼から貰った下らない物が沢山ある。だけど、僕には宝物で、彼には見られたく無い。
子供の頃に貰った石。使えなくなったペン。僕の転んだ膝を拭いてくれたハンカチ。彼はもう忘れてしまっただろうけど、僕には大事な物。
せめて引き出しにしまっておけば良かった。
大切な物は一番目の届く所に置いておきたかっただけなんだ。
「部屋が散らかっていますから」
彼は室内を見て
「綺麗だよ?」
と言う。
「分かりました。暫くお待ち下さい」
と言って扉を一度閉める。
僕は机の上のトレーを引き出しに終い、扉を開ける。
「どうぞ」
と言い、廊下にいた侍女に紅茶をお願いした。
**********
バートランドに、セオドアとの会話にアーリーン嬢の話題を上げろと言われた。つまり、セオドアにヤキモチを妬かせる作戦らしい。
先日のセオドアの様子を聞いて、それならと一縷の望みを掛けてみる。
「セオドアとアーリーン嬢は仲が良いの?」
「、、、同じクラスと言うだけで、特に親しい訳ではありません」
「そうなんだ、先日の事があったから親しいのかと思ったよ」
「そうですか」
「、、、」
アーリーン嬢の事なんて何も思いつかないな、、、
「彼女の髪は綺麗だね」
、、、セオドアの空気が変わった?
「サラサラの長い髪が、こう、下の方だけ緩く巻いてあって、女性的な優しさがあった」
彼の口元が小さく微笑む。
「そうですね。彼女は所作も美しいですし、発言も凛としています。悪口を言う所は想像出来ませんし、誰からも好かれていると思います」
セオドアは俺と視線を合わさない。だから、じっくり表情を見る事が出来た。
「彼女は誰かと婚約しているのかな?」
「聞いた事がありません」
キュッと口元を締める。
「セオドアが倒れた時、一緒に救護室に来てくれて助かったよ」
彼女がいたから、バートランドを呼ぶ事が出来たからな、、、。
「、、、そうですね」
「彼女に何かお礼をしなくては、何が良いと思う?」
「分かりません、、、そこまで親しくはありませんから」
膝に置いた手を握りしめている。それなのに無理して笑うセオドア、、、。
「明日、君の教室に行くよ。その時、お礼は何が良いか聞いてみよう」
「それが宜しいと思います」
彼は紅茶を手にした。少し、、、ほんの少しだけ指が震えている様な気がした、、、。
**********
もし、ディーン様がアーリーン嬢を好きになったら、、、僕はどうしたら良いんだろう。
気付かないフリをして、このまま結婚するしか無いのかな?
今までの様に、自分を殺して過ごすしかないのかな、、、。僕にはそうするしか無いのかな?
ディーン様はそれで良いのかな?
僕は大分疲れていた。
それでも、勉強はしないといけないし、課題も終わらせないといけない、、、。
**********
放課後、ディーン様が教室まで来ていた。
僕が呼ばれて荷物を片付けている間に、アーリーン嬢を呼んだ様で、扉の近くで二人で話し込んでいた。
僕は側に行く事が出来ずに、自分の席で待つ事にした。
「ねぇ、アーリーン嬢とディーン様よ。本当にお似合いね」
、、、僕もそう思います。
「アーリーン嬢は誰かさんみたいに小さく無いから、身長差も丁度良いわ。きっとキスしている所もステキよ」
意地悪だ、、、。でも、気にしてはいけない。
「本当にステキ、ディーン様とアーリーン嬢の子供だったら、絶対に可愛いわ」
ギクッとした。二人の子供?そうか、、、アーリーン嬢と結婚すれば、血の繋がった子供が産まれるんだ、、、。
「セオドア!」
ハッ!としてディーン様の方を見る。
いけない、こんなに慌てちゃダメだ。もっと落ち着いて、ゆっくり行動しないと、、、。でも、身体が震えそうだった、、、。
「本当に小さい方、、、これじゃあ、大人と子供ね」
後ろから投げ掛けられた言葉を無視して、二人の元に行く。
*****
「今から街に行かないか?」
「街?ですか?」
「アーリーン嬢に、先日のお礼をしたいんだ」
「それならお二人で行かれた方が」
「何を言ってるんだ。男女が二人きりでは良く無いだろう?」
、、、そうですね。僕がいれば、二人で行動しても問題ありません、、、。
「今からですか?」
「セオドア様のご都合が宜しければ」
アーリーン嬢の予定は確認済みなんだ、、、。
「大丈夫です」
本当は行きたく無いけど、、、。
*****
移動はディーン様の馬車だった。
アーリーン嬢には進行方向向きに乗って頂き、僕達は逆方向向きに乗る。
、、、僕、こっち向きは苦手なんだよね。馬車に酔っちゃうんだ。
ディーン様と少し離れて座る。酔っても良い様に、窓際に身体を押し付けて頭を空っぽにした。
*****
「アーリーン嬢はお腹が空きませんか?」
「どうしてかしら?」
「セオドアの兄に勧められたカフェがあるのです。行きませんか?」
「それなら是非」
、、、二人の会話は落ち着いた大人みたいだ、、、
馬車のスピードが少しずつゆっくりになり、止まった。ディーン様はアーリーン嬢が馬車を降りるのを手伝った。
二人で手を取り合いながら
「こちらのお店です」
と話している。僕は一人で馬車を降りた。
お店の名前を確認して、僕はがっかりした。僕が行きたいと兄様に話したお店だったから。
まさか3人で来る事になるなんて、、、。
*****
僕は紅茶を飲みながら、何だか馬鹿みたいだな、、、と思っていた。
婚約者は僕なのに、放ったらかしで二人の会話を聞かされた。
お店を移動しても、二人が並んで歩き、僕は少し後ろを歩く。視線を上げると仲睦まじい二人が見えるから、僕は下を向いて歩く。
一緒に歩きたく無いな、、、。少しずつ距離を置く。
彼と彼女は僕が着いて行かない事に気付いていない。このまま別々に行動しても良いんじゃ無いかな、、、。そう思っていた時
「ねぇ!可愛いね!」
と声を掛けられた。
可愛いね?
「今、一人?」
僕は遠く離れた二人を見た。気付いていない。
「一人ならさ、お茶しない?」
と言って腕を掴まれた。咄嗟に腕を振り解くと、相手の表情が変わった。
「まぁまぁ、ちょっと話しをするだけだから」
と肩を組まれ、路地裏に引き摺り込まれそうになる。
路地裏はダメだ!
そう思っても、身体が強張って抵抗出来ない。恐怖で声も出せない。
薄暗い路地に連れ込まれ
「金、持ってるんだろう?」
と言われた。会ったばかりの優しい感じは無い。
僕が首を振ると
「良い服着てるじゃ無いか」
とニヤリと笑う。これは制服だから困る。
制服の胸元を両手でギュッと掴む。
どうしよう、、、怖い。
「何だよ。脱がされたいの?」
え?
「自分で脱いで寄越さないなら、俺が脱がせてやるけど?」
彼が一歩前に出る。
「セオドアッ!!!」
ディーン様が彼の襟首を引っ張り、僕から遠退けた。
ピィィィーッ!
と警笛の音が響くと、男は慌てて逃げて行った。
僕はガタガタ震えながら、地面に座り込んだ。
「大丈夫?セオドア、、、」
ディーン様の優しい声に涙が出た。
怖かった、、、。
袖口で涙を拭く。
アーリーン嬢が後から来て、ハンカチを差し出してくれた。僕も持っていたけど、有り難く借りた。
「ディーン様、、、僕、先に帰っても良いですか?」
指先が震えていた。
「俺達も一緒に帰るよ」
と言ってくれたけど、僕は一人になりたかった。
「ディーン様はアーリーン嬢とお買い物を楽しんで下さい。折角街まで来たのですから、、、」
僕は笑った。
笑った途端に、溜まっていた涙が溢れた。
ダメだな、、、と思った。こんな事位で涙が出るなんて、僕はまだまだだ、、、。
そう思いながら立ち上がる。
「アーリーン嬢、新しいハンカチをお返ししますね」
そう言って、僕は馬車に戻った。
ディーン様が追って来てくれた。
「送るよ」
と手を繋いでくれる。
アーリーン嬢が
「一人は危険ですから、一緒に帰りましょう」
と言ってくれた。二人が優しくて辛い。
馬車の中でディーン様が肩を抱いてくれた。
「少し眠ると良い」
僕は、彼に寄り掛かりながら目を瞑る。
彼の香りがする。
こんなに近付いたのは初めてだ。
彼は大人で、彼女も大人だった。
身体の小さい僕だけが、いつまでも感情のコントロールが出来ない子供だった。
*****
ディーン様は一番に僕を送ってくれた。
「今日は有難うございます。それから、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
深々とお辞儀をした。
「また、一緒に街に行こう」
と言われて、僕は遠慮した。恐怖心が勝っている。
「そうか、、、」
「次は兄様と3人で行かれたら宜しいかと思います」
僕はそれだけ言うと、自分の部屋に戻った。
**********
「バートランド、ちょっと良いかな?」
ディーンの後ろにアーリーン嬢がいた。
「どうぞ、紅茶を用意させよう」
私は紅茶を飲みながら、さっきの出来事を静かに聞いた。
「あの、、、」
アーリーン嬢が小さく手を上げた。
「ディーン様はセオドア様を「愛している」と解釈して宜しいんですよね?」
ゴボッ! ゲホゲホッ!
「ディーン、、、汚い」
「汚いですわ、、、」
ゴホゴホッ!
「だって、アーリーン嬢がいきなり!」
「認識のズレが有っては、動き辛いので、、、」
澄まして紅茶を飲む。
「君はセオドアの事、どう思う?」
「そうですね。常に自分を抑えていると思います。言いたい事を我慢して、冷静でいようと頑張っていますが、、、。どうして、そんなに拘るのか分かりません」
私は事情を話す。小さい頃から両親に、泣くなと躾けられた。感情を表に出さない様に厳しく言われ、私は反発出来たけど、セオドアには無理だった事、、、。
「それでは、セオドア様の良さが打ち消されてしまいますわ、、、。少しの我慢は必要あるかも知れませんが、、、。セオドア様には、向いていないと思います」
「有難う、、、そう言って貰えると嬉しいよ。両親の気持ちも分かるけど、限度があるからね。セオドアは素直過ぎるのかな、、、。あそこまで自分を押し殺す必要は無いと思うんだ、、、」
アーリーン嬢が頷いた。
「俺は、昔みたいに笑ったり泣いたりするセオドアが好きだ、、、。今のままでは、いつか壊れてしまうんじゃ無いかって不安だよ」
「そうですね、、、」
「だから、思いっきり泣かせたい」
私ははっきりと言う。
「泣かせたい?」
「感情を爆発させて、言いたい事が言える様になって欲しい」
「そうですね」
「でも、言いたい事を言いたいって自分で気付かないと、セオドアは変われないと思うんだ」
「だから泣かせたい?」
「彼が傷付く事になっても?」
「、、、それが必要なら、、、」
**********
僕は布団の中で、眠りたいのに眠れなくて困っていた。
今日もちゃんと出来なかった。今までで、一番ダメだった。
路地裏に連れ込まれてしまうなんて、有ってはならない事だし、涙も流してしまった。
もっともっと、自分に厳しくしなくっちゃ、、、。
**********
今日もディーン様はアーリーン嬢と和かに笑ってらっしゃる。
最近よく一緒にいるんだよね。
僕が席を立って二人の所に行くと、ランチに誘ってくれる。前を歩くのは彼と彼女。
ビュッフェスタイルのランチが僕は苦手だった。何を取ろうか迷うし、食べ切れる量が分からない。悩んでいると後ろから煽られそうだし、緊張するから、いつもパンとスープとメインの肉料理しか取らない。
それに比べて、二人は上手に選んで来る。
勿論、お代わりしても良いのだけれど、二度目に行く人は余りいない。
「セオドア、それだけで足りる?」
ディーン様が気を使ってくれた。
「私のスイーツを一つ差し上げますわ」
「あ、、、有難う御座います」
「ディーン様、セオドア様、今度、私のパーティーにいらして下さい」
「僕は、、、」
「セオドア?」
「ディーン様は是非参加して下さい。僕は、、、ご遠慮させて頂きます」
「あら、宜しいの?」
「まだ、パーティーに参加出来る程体調も良く無いので、、、」
僕は、アーリーン嬢から頂いたスイーツをディーン様のお皿に置いて
「召し上がって下さい」
と言うと教室に戻った。
出来るだけ冷静に対応出来たと思いつつ、どうしても悪い事ばかり考えてしまう。
ディーン様がアーリーン嬢を選ぶかも知れない。もし、彼女を選んだら、僕は、、、。想像しただけで、涙が出そうだ。
僕から婚約破棄は出来ない。父も母も許さないだろう。
ディーン様から婚約破棄してくれれば良いのに、、、。
**********
「上手く行きませんね、、、」
アーリーン嬢が言う。
「パーティーに二人で来たら、ヤキモチを妬かせようと思ったのに、、、」
「あ、、、そう言う事だったの?急に誘われたから、俺まで断りそうになったよ、、、。でも、セオドアはヤキモチなんて妬くかな?」
ふとアーリーン嬢の顔を見たら、「何を言ってるんですか?」って顔をされた。
「ディーン様って、恋愛偏差値低いんですね、、、。今だって、セオドア様の様子は変でしたよ?」
「え?何処が?」
「セオドア様は元々口数が少ない方ですが、今日は特に少なかったです。普段のお食事の量は分かりまんが、ランチの量が少な過ぎますし、食事の途中で席を立つなんて非常識ですわ。そこまで気を使えない程、何かに囚われていたんじゃないですか?」
「、、、」
「何かに囚われている、、、」
「ディーン様、私のパーティーには是非参加でお願いします」
「はぁ、、、」
よく分からないけど、恋愛偏差値云々が効いているのか、俺は参加せざるを得ない雰囲気だった。
**********
いつの間にか、ランチを4人で食べる様になっていた。僕と兄様が隣同士で座り、僕の前がディーン様、その隣がアーリーン嬢。それが定位置。
アーリーン嬢は兄様もパーティーに誘った。
「有難う、是非参加するよ」
これで、僕以外の三人がアーリーン嬢のパーティーに参加する。
パーティーの話題になると僕は、黙々と食事をした。
「プレゼントを持って行った方が良いのか?」
「頂けるのであれば、うれしいですわ」
「何か欲しい物は?」
「心がこもっていれば、何でも」
「今日の放課後、街に買い物に行こうか」
「ふふふ、私には当日まで秘密にして下さいね」
3人はいつの間にか食事を終えていた。僕だけがメインの魚をゆっくり食べる。
**********
放課後、兄様とディーン様が教室まで迎えに来た。
「セオドアも行くだろ?」
僕は首を振る。
「まだ、街には行きたくありません」
「先に帰るのか?」
「はい」
「分かった、、、」
「あ、、、あの、兄様。ハンカチを一枚アーリーン嬢にお願いします。先日汚してしまったので」
「俺が選ぶよ。アーリーン嬢に渡すハンカチだろ?」
「はい」
、、、ディーン様が選ぶのか、、、
「宜しくお願いします」
僕はディーン様に頭を下げた。
**********
一人で乗る馬車は広かった。兄様はディーン様の馬車に乗って行ってしまった。
僕は馬車に乗りながら外を眺める。
最近、何もかも上手く行かない。
こんな気持ちで良いのかな?
僕は屋敷に帰ると宿題をして、課題をする。明日の予習もしておかないと、、、。
*****
夕食の時間になって、僕が食堂に行くと、ディーン様もいた。
「ハンカチを届けに来たら、バートランドが一緒に食事をと、誘ってくれたんだ」
僕は微笑んだ。夜にディーン様に会えるなんて、ちょっと嬉しかった。
夕食後、ディーン様は僕の部屋に来たがった。
「どうぞ」
と部屋に招き入れると、応接セットの椅子に座る。
「はい、頼まれたハンカチ」
「有難う御座います」
「中身、確認して?」
僕はそっと袋から出した。白いハンカチ。小さな小鳥の刺繍がしてある。
「アーリーン嬢は、小鳥が好きなんだって」
「可愛い、、、」
「気に入った?」
「はい」
「明日、セオドアも行かない?」
僕は首を振った。
「どうして?きっと楽しいよ?」
「ディーン様は楽しんで来て下さい」
「そっか、、、分かった、、、」
「、、、」
「アーリーン嬢と楽しくダンスを踊って来るよ」
僕は瞬きをした。
「ファーストダンスを頼まれてるんだ、、、」
ファーストダンス?もう一度ゆっくり目を閉じて、開いた。落ち着かないと、、、。
「今日、、、指輪を買ったんだ、、、明日、渡せると良いな」
「指輪?」
指輪を買ったの?彼女の為に?どうして?
**********
セオドアがやっと俺の顔を見た。たった一言
「指輪?」
と言った時、彼の瞳に涙が溢れて来た。
一粒溢れた涙は、次々と溢れた。彼は何も言わず、ただ俺の顔を見て泣いた。
「どうして泣くの?セオドアは俺に興味が無いんじゃないの?」
彼の瞳が揺れる。
「指輪を買う程好きなんですね、、、」
泣きながら笑う。
「好きだよ、、、愛してる」
セオドアの顔が歪む。
「そうですか、、、」
ボロボロ涙を流して、眉間に大きな皺を作る。
「どうぞ、、、お幸せになって下さい」
俺はセオドアを引き寄せ、思い切り抱き締めた。
彼も必死に抱き着いた、
「、、、いや、、、いやです、、、アーリーン嬢の所に行かないで、、、お願い、僕の側にいて、、、」
「俺の事、愛してる?」
コクコクと頷く。
「愛してる!愛してるんです!子供の頃からずっと!だからっ」
俺はキスをした。
彼を押し倒し、彼の言葉に答える様に、強く深いキスをした。
彼は俺の首に腕を回し、身体を押し付けて来る。これ以上近寄れない程近寄り、もっとキスをしてとせがむ。
お互い上手く息が出来ず、偶に離れては直ぐに求め合う。
可愛い俺のセオドア、もっと俺を求めて、俺を必要として欲しい、、、。
俺が、彼のシャツを引き出し、身体を触ると彼は畝る様に反応する。俺はもう止められない、彼の首筋にキスをしながら、身体を弄った。
「ダメですっ!!!」
急に大きな声を出して、俺の身体を引き剥がす。
「これ以上したらっ!、、、アーリーン嬢が、、、傷付きます、、、」
涙を流しながら、良い子のセオドアに戻ってしまった。
セオドアはゆっくり身体を起こした。
「ごめんなさい、、、」
彼は、拭いても拭いても溢れる涙を流した。
「どうしてあやまるの?」
「、、、アーリーン嬢が好きなのに、僕もディーン様が好きでごめんなさい」
「俺が好きなのは、セオドアだよ?」
「、、、でも、、、指輪、、、」
「セオドアに買ったんだ」
彼は理解出来ていない。
俺はポケットから、小さな化粧箱を取り出した。そっと開くと細いリングが入っている。
落とさない様に小箱から取り出して
「右手を」
と言う。セオドアがおずおずと手を差し出した。
俺は薬指に嵌める。
「ごめん、ちょっと緩いね、、、」
と笑うと、彼は泣きながら首を振った。
「ディーン様、、、」
と名前を呼びながら、再び俺の首に腕を回し抱き締めてくれた。
「僕、ディーン様が大好きです」
「ちなみにね、、、こんな事もあろうかと、、、」
俺は、小箱の底からネックレスを取り出した。一度嵌めた指輪を外して貰い、ネックレスを通す。
彼の白い首にネックレスを着ける。彼は、俺が付けやすい様に、俺に近寄り身体に手を回して来た。
彼の香りがフワッとする。小さな金具を嵌め、ネックレスに通した指輪を見る。
「サイズは直せるから、二人で街に直しに行こう」
「はい!」
良かった、まだ街に行くのは嫌がるかと思ったけど、大丈夫そうだ、、、。
*****
俺はもう一度、明日のアーリーン嬢のパーティーに誘った。
「でも、、、一度お断りしてしまったし」
「一緒に行きたいんだ」
「急に参加しても大丈夫ですか?」
「大丈夫、そんなに大きなパーティーでは無いらしいから」
「、、、明日、迎えに来てくれますか?」
上目遣いでお願いされた。胸がキュンと鳴る。
「勿論、昼前に迎えに来るよ」
「お昼のパーティーなんですか?」
「そう、畏まる必要は無いよ。でも、指輪を外さないで」
とネックレスに触れた。
彼は頬を染めながら嬉しそうに
「はい」
と微笑んだ。、、、可愛い、、、。
**********
「セオドア様っ!」
「アーリーン嬢、今日は突然の参加で申し訳ありません。先日お借りしたハンカチのお礼です。ディーン様が選んでくれました」
「セオドア様、今日は4人だけの小さなパーティーです。楽しんで下さいね」
庭のガゼボにティーセットが置いてある。僕達が席に着くと、侍女達が準備を始めた。
「セオドアはどのお菓子が好き?」
ディーン様に声を掛けられ、一つ一つ眺める。
「どれも美味しそうで迷います」
「我が家のシェフは、お菓子作りも上手なの。どれもお薦めですわ」
「お!コレは美味い!」
と横でディーン様が言う。
「どれですか?」
と聞くと、フォークで刺して
「はい」
と笑う。
「え?あの?ディーン様?」
「ん?」
僕は困って、兄様やアーリーン嬢に助けを求める。でも、二人ともニコニコ笑うだけだった。
「あーん」
ディーン様が調子に乗ってる。僕はどんどん顔が赤くなる。
「早く、落ちちゃうよ!」
パクッ!
兄様とアーリーン嬢が小さく拍手をしている。ディーン様はそのフォークを使ってケーキを食べる。
「美味っ!」
僕は恥ずかしくて、ケーキの味も分からなかったのに、、、。
「アーリーン嬢、パーティーってお茶会の事ですか?」
「そうですわ。子供の頃、お茶会の事をパーティーと言いませんでしたか?」
僕はディーン様を見た。
「ディーン様、、、嘘吐いたんですか?」
「嘘?」
「ディーン様が、アーリーン嬢とファーストダンスを踊るって」
「あら、ステキ!音楽を準備しましょうか?セオドア様はディーン様と、私は、是非バートランド様と踊りたいですわ」
「それでは、アーリーン嬢、私とファーストダンスをお願いします」
兄様も調子を合わせている。
僕は何だか楽しくて、やっと自分らしくなったと感じた。
*****
「バートランドとアーリーン嬢が婚約したんだって?」
「うん、父上は大喜びだったよ」
「そっか」
と言いながら、彼は僕のシャツを引き抜く。
「ディーン様?」
「ん?」
「あの、、、何してるんですか?」
「ナニをしようかと思って」
「ちょっ、、、と?ダメですよ?」
「どうして?」
とキスをする。
「愛してるんだ」
真剣な眼差しで言われても、、、
「まだ、お昼ですよ?」
「じゃあ、夜なら良いんだね?今日は、セオドアの部屋に泊まるよ」
耳元で囁かれ、僕は心音が早くなって、、、夜まで我慢出来そうも無い、、、。
僕はそっとディーン様のシャツを掴み
「あんまり激しくしないで下さいね」
と見つめた、、、。
ディーン様、獣になる。




