Track 3:南陽ルーキー争奪戦②
龍馬、祐介、そして延彦の3人は、空手部員を名乗る男子生徒4人に連れられ屋上へ続く階段を上っていた。
祐介「…おい、空手部はこんな辺鄙な場所で稽古してんのか?」
スネ夫男「黙って歩け」
祐介「…へいへい」
やがて、屋上への入口が見えてきた。このドアを開ければ屋上に出る。
モヒカン男が鉄製のドアを開ける。何もない、コンクリートと鉄柵だけの景色が広がる。
外山は、入口から見ていちばん奥にある貯水タンクの下辺りにうずくまっていた。どうやら気絶しているようである。そして、外山の横には、茶色の髪を肩まで伸ばした男が貯水タンクの柱に寄りかかり、だらしなく座り込んでいた。
スネ夫男「連れて来ましたよ、網場さん」
網場と呼ばれたその男子生徒は、ゆっくりと立ち上がった。体格は龍馬より少し小さいぐらいか。
龍馬たちはスネ夫男たちによって屋上の真ん中辺りまで押し込まれた。
網場「おう、ご苦労」
龍馬「なんだなんだ、オレらをこんな所まで連れて来やがって。お前らホントに空手部なのか?」
網場「ああ、そうだよ。オレは空手部の2年、網場ってモンだ」
龍馬「アミバ? ひょっとして南斗聖拳の使い手だったりするんか?」
網場「フン、よく言われたよ」
龍馬「だろうな。外見もそれとなく似てるぜ」
祐介「網場さんよぉ、オレらをここへ連れてきた目的は何だ?」
網場「あいつらが言わなかったか? スカウトだよ」
祐介「これがスカウトか? とても健全なスカウトとはいえねーな。外山までこんなにしやがって」
延彦「ああ。空手をやるなんてデタラメだろう?」
龍馬「ホントの目的を言えよ」
網場「…いやぁ、スカウトってのはホントだよ。オレらの仲間になんねーかと思ってさ」
龍馬「イヤだ。断る」
網場「おいおい、ストレートに言うなよ。仲間になって損はねーぜ?」
祐介「オレらにはメリットが見当たらん」
網場「金谷たちも許してくれるってさ」
龍馬「カナヤ? 誰だっけ?」
誰のことかわからず、祐介と延彦に助けを求める龍馬。
延彦「…あ、もしかしたら入学早々オレらがぶっ飛ばしたヤツらじゃねぇ?」
網場「そうだ。よく覚えてたな」
龍馬「あんた、あいつの仲間か? いったい何者なんだ?」
延彦「自分を倒した人間と仲間になろうと考えるなんて、どういうことだよ?」
網場「…まぁ、早い話がこの学校をシメちまおうってことだよ。金谷たちはお前らの強さを肌で感じた。シメるためにお前らの力を借りてーんだ。だからこうやってお迎えにあがったってわけだ」
龍馬「…なんだ、そんなことか。くだらねぇ。そんなことなら、外山を連れて帰らせてもらうぜ」
網場「断るのか。それがどういうことかわかってんだろうな」
龍馬「……いや、わからん」
祐介「!」
いつの間にか、龍馬たちの周りをスネ夫男たちが取り囲んでいた。
トンガリ男「言わなかったっけ? キミらに“断る”って選択肢はないんだよ?」
網場「どうしても断るつもりなら、組手につきあってもらうぜ」
龍馬「組手だって? どっちのルールでやるんだ? 伝統派か? フルコンタクトか?」
網場「フルコンタクトだ」
龍馬「フルコンか…」
モヒカン男「そういうことだ。覚悟しな!」
言うが早いか、モヒカン男は龍馬の顔面を目がけてパンチを放った!
しかし、それをガッチリと受け止める龍馬。
モヒカン男「なっ!」
龍馬「……おい、フルコンタクト空手の試合じゃ、大抵顔面へのパンチは反則のはずだろ?」
網場「あ? オレらの知ったこっちゃねーよ」
龍馬「そうかよ…!」
龍馬が、モヒカン男の拳を掴む手の力を急激に強めていく。
モヒカン男「がぁっ……!」
モヒカン男の右腕に高圧電流が流れたような衝撃が走る。瞬時に拳を押し戻されるモヒカン男。
龍馬「ほあったぁ!」
間髪入れず、龍馬がモヒカン男の肋骨辺りに右足での横蹴りを突き刺す。
モヒカン男「うごうっ!」
激しい痛みで、モヒカン男がたまらず膝をついた。
龍馬「たっ!」
頭の位置が腰の高さまで下がったモヒカン男の顎を狙い、龍馬が左中段回し蹴り(※左ミドルキック)を叩き込む。仰向けに倒れたモヒカン男は白目をむいて気絶してしまった。
網場「……!」
龍馬「…まぁ、団体によっちゃあ顔面へのパンチが許されてる所もあるからな。オラ、続きやんぞ」
背負っていたギターをゆっくりとその場に下ろしながら、網場を睨みつける龍馬。
網場「…フン、なかなかやるな。まぐれで一人KOしたぐらいでうかれてんじゃねーぞ」
龍馬「別にうかれてなんかいねーよ」
網場「オレはおめーより1年年上なんだ。3分後にはその壁を思い知るはずだぜ」
龍馬「……」
龍馬は耳の穴をほじくりながら聞き流している。
網場「くそっ、なめやがって! おいお前ら、沢村はオレがやる! 残りの二人をやっちまえ!」
ムキになったような口調でスネ夫男、トンガリ男、丸尾男に指示を出す網場。
祐介「おいおい、こっちは3対2かよ。誰を攻撃しようか迷っちまうな」
延彦「とりあえずそれぞれで的を決めて、そいつを集中して倒しちまおう。そうすれば2対1でこっちが有利になる」
祐介「なるほど、それがいい。それでいこう」
龍馬「よし、いくぞ!」
龍馬、祐介、そして延彦の3人は一斉に突撃していった。
網場「なめんな!」
網場が龍馬に右ストレートを放つ。しかし、龍馬はこれを屈んでよけながら右中段逆突き(右ボディストレート)を網場の腹部に突き刺す。
網場「ぐっ…!」
網場は慌てて左のフックを打つが、龍馬は既にバックステップで距離をとっていた。
網場「野郎……!」
その頃美穂と明子は、健と共に体育館1階の小アリーナへ来ていた。「龍馬たちが空手部員を名乗る連中に連れて行かれた」という美穂と明子からの知らせを受けて、事の真相を確かめるべく空手部の部長である土岐に会うためだった(ちなみにこの日は空手部の稽古日になっていたのだ)。
美穂と明子から事情を聞いた土岐は大変驚いていた。
土岐「待ってくれよ! オレらはそんな野蛮なことはしないぞ!」
美穂「すいません…やっぱりそうですよね」
明子「ウチらもおかしいとは思ってたんです。疑うような言い方してすいませんでした」
土岐「いや、いいんだ。キミらはまだ新入生なんだし。それにしても、空手部員を騙るなんて、いったい誰が……」
健「心当たりはないのか?」
土岐「うーん……」
体格的には恒一と同じぐらい(身長171cm、体重62㎏ほど)の土岐は、刈りたての坊主頭をかきむしりながら必死に記憶の糸を手繰り寄せていた。
やがて、一人の人物に辿り着いた。
土岐「…まさか…網場……?」
健「アミバ? 誰なんだそいつは?」
土岐「ウチの2年なんだけど、今はいわゆる幽霊部員になってるんだよ。部活にも顔を出さないで、不良連中とつきあってるって聞いた。あいつならやるかもしれない…!」
健「空手部崩れが不良連中と……こいつは、もしかしたら…ちとめんど臭そうだな。事が大きくなる前に何とかしないと」
美穂「え? どういうことですか、それ?」
健「…いや、何でもねぇ。よし! じゃあそのアミバってヤツを捜すぞ!」
美穂「あ、はっ、はい!」
明子「そのアミバって人、どこにいるのか見当はつきますか?」
土岐「ごめん、最近は学校でも顔を見なくなったからわからないんだ」
健「だったらシラミ潰しに学校中捜すまでだ!」
美穂「そうですね」
土岐「ケン、こうなったらオレも一緒に行くぞ。部長として責任をとらなきゃいけないしな」
健「わかった。だけど責任をとる必要はねーと思うぜ」
土岐「……とにかく一緒に行かせてくれ」
健「おう」
?「ケン! オレも一緒に行かせてくれ!」
背後から健を呼び止める声がした。一同が後ろを振り返ると、背が高くスラッとした男子生徒がこちらに駆け寄ってきた。
近くまで来ると、爽やかな顔立ちだが本当に背が高いのがわかる。190cmはあるだろうか。制服姿だからわからないが、おそらくはバスケットボール部かバレーボール部の生徒だろう。
健「進藤! どうした? 今日バスケ部は練習じゃないのか?」
この進藤という男子生徒は、どうやらバスケット部員のようだ。
進藤「練習どころじゃねーよ! ウチの外山が空手部の連中に連れて行かれたらしいんだ!」
土岐「何だって!?」
健「トヤマ?」
明子「えっ!? 外山くんが!?」
進藤が外山について説明する前に、明子が驚きの声をあげた。
進藤「おっ、もしかして外山の知り合い? クラスメイトか何かかな?」
明子「いえ、クラスは違うんですけど、ウチら中学時代バスケ部だったんで彼の存在は知ってたんです」
美穂「外山くんは有名でしたから」
進藤「そうか。じゃあ、沢村と佐山って1年生について何か知ってる?」
美穂「沢村って、沢村龍馬くんと佐山祐介くんのことですか?」
進藤「そう! 上加中バスケ部出身の」
明子「あの…二人ともクラスメイトですけど」
進藤「え? マジ?」
健「ちょっと待てよ進藤。そいつら二人ともウチの1年だぜ。トヤマってのとどんな関係があるんだ?」
進藤「いや、目撃者の話だと、外山は“沢村と佐山ってヤツの秘密を教えろ”って言われて連れて行かれたみたいなんだ。外山のヤツ、昼間に学食で沢村くんと佐山くんに“バスケ部へ入らなければ秘密をばらす”とかなんとか言って騒いだらしくて。あいつ、上加中出身の二人をバスケ部へ入れたがってたからなぁ…。おそらく空手部のヤツらもそれを聞いて外山を連れ去ったんだろう」
健「トヤマってヤツを連れ去った空手部とリョウたちを連れ去った空手部は、おそらく同一人物――土岐が言ってたアミバって野郎だろうな。そして、トヤマはあいつらの秘密とやらをしゃべらなかった。だから次にリョウたちを連れて行った……」
土岐「網場のヤツ…何のために……」
明子「そうですよね、目的がわからないですよね」
健「相手が不良連中だってことを考えると、“秘密をばらされたくなければ自分の仲間になれ”とかなんとか言って舎弟か何かにしちまうつもりなんじゃねーかな」
明子「仲間…?」
美穂「どうして仲間にする必要があるんですか?」
健「よくヤンキーマンガとかにある“天下獲り”だよ。裏で学校を仕切ろうっていう、アレさ。そのためには力のある人間を味方につけるのは大事なことだからな。見た感じ、あいつらは強そうだ。だから目をつけられちまったか」
美穂(確かにリョウちゃんたちは強いけど…)
美穂には、その辺の心理が到底理解できそうになかった。
健「…そもそも、リョウとユースケにどんな秘密があったんだ?」
美穂「いえ、二人とも“秘密なんかありゃしない”って言ってましたよ」
進藤「もしかしたら、外山のヤツ、デマカセまで言って勧誘しようとしたんじゃ…!」
健「そこまでしてあいつらをバスケ部に入れたかったのか。すげー執念だ。でも、既にあいつらは軽音部員だ。そこんとこちゃんと言って聞かせないとな、部長として」
進藤はバスケットボール部の部長だったようだ。
進藤「…そうだな。なんだか申し訳ない」
健「謝るのは事が済んでからだ。リョウとユースケをヤツらの仲間にするわけにはいかねぇ! 行くぜ!」
美穂「はい!」
健「…でも、全員で固まって動くのは効率が悪いな。よし、二手に分かれよう。美穂ちゃんとアッコちゃん(※明子のこと)はオレと一緒に1階から捜そう。土岐と進藤は3階からあたってくれ」
美穂「はい!」
明子「わかりました!」
土岐「わかった」
進藤「いいぜ」
健「見つけたらケータイに連絡をくれ」
健たちは体育館を飛び出した。土岐と進藤が影を縫うように階段を駆け上がっていく。健と美穂、そして明子も片っ端から1階の各教室を見て回る。
1階にはいないようだ。仕方なく2階へ上がる健たち。
?「あのガキどもはこんな所にはいねーぜ!」
健「?」
健たちの背後から声がする。
振り返ると、ヒゲ面の中年男性教師が立っていた。健たちは見ていないが、昼間に龍馬が20円を手渡した、あの教師だ。
健「あっ……!」