Track 2:Punk Rock High School④
意外な結果だった。
突如、甲本健の発案で行われた「タイマンバンド演奏対決」は、両バンド引き分けという形で決着をみたのだ。
龍馬「ケンさん、引き分けっすか? 明らかに彼ら(=難波たち)の方がうまかったですけど……」
理由がわからず、目を丸くしている龍馬たち。
健はニコリと笑みを浮かべ、龍馬たちの方へと歩み寄る。
健「……リョウ、よく“音楽はハートだ”っていうだろ? あれってどういうことだと思う?」
龍馬「さぁ……よくわかりません」
健「そうか。じゃあさ、“カッコいいバンド”って、どんなバンドだと思う?」
龍馬「うーん……演奏が上手なバンドとか…ですか?」
健「演奏が上手……まぁ、確かにそうだな。演奏が上手だってこともカッコいい要素の一つだ。だけど、オレはそれだけじゃ人の心を動かすのはなかなか難しいと思うんだ」
祐介「他に何かが必要だってことですか?」
健「そうだ。その“何か”が、実はハートなんだ」
龍馬たちは黙ってそれを聞いている。健は更に続ける。
健「“今ステージでプレイしててすげー楽しい!”って気持ちやその他の感情のような、目には見えないモノを音に乗っけて、観てる側の人間に伝えるんだよ」
龍馬「伝える……?」
健「おう。うまいバンドなんか観てるとわかるだろ? アクションとか表情とかさ」
龍馬「あぁ…なるほど」
健「リョウ、お前はさっき“勝ち目がない”って言ってたな。確かに今の演奏レベルだけだと難波くんたちの方が上だ。でもな、ハートの部分じゃお前らのほうが上だ」
龍馬「え?」
健「その場を楽しんでたのがよくわかった。ライブ経験がないのにたいしたもんだ。普通は演奏するだけでいっぱいいっぱいになるぜ、初めのうちはな」
龍馬「へぇ…そういうモンなんすか」
健「そうだよ。難波くんたちだって、今日初めて人前で演奏しただろ?」
難波「はい。ちょっと緊張しました」
龍馬「えっ? じゃ、じゃあ、演奏するだけでいっぱいいっぱいだったんか?」
難波「うん。あんまり周りを気にしてる余裕はなかったかもね」
恒一「確かに、見えてなかったっちゃあ見えてなかった」
畑野「…オレはよくわからん」
龍馬「へぇ~……そんな風には見えなかったけどな」
健「――まぁ、そういうわけで引き分けだ。技術も気持ちの伝え方も、ちゃんとバンドやってりゃそのうち身につくさ。技術と気持ちの両方が身についた時、お前らは最強のバンドになるだろうぜ」
そう言う健の目は輝いている。きっと、龍馬や難波たちの成長が心の底から楽しみなのだろう。
龍馬「マジすか?」
健「ああ、マジだ。だからしっかり練習しろよ!」
龍馬「わかりました! 精神と時の部屋に入ってでもガッツリ練習します!」
祐介「は? 何だそりゃ?」
健「はっはっはっ! 何で精神と時の部屋が出てくるんだよ!」
祐介「まったく、調子にのって意味不明なこと口走ってんじゃねーよ」
桐田「ケン、ひとつ聞いていいか?」
健「何だ?」
桐田「お前さ、ホントは1年の演奏を純粋に見たかっただけじゃねぇ?」
健「あ、わかった?」
延彦「えっ? そうだったんすか?」
恒一「じゃあ、もともと勝敗をつける気もなかったとか?」
龍馬「それだったら、初めからセッション大会みたいにすればよかったんじゃ……」
健「いやいや、対決の方が盛り上がるだろ? やる方の本気度も違ってくるだろうし」
慌てて弁解する健。若干納得がいかない様子の龍馬たち。
健「まぁ、引き分けだったからよかったじゃねーか! これからみんなでセッションして遊ぼうぜ! な?」
龍馬「……まぁ、いいか! やりましょうケンさん!」
実際、龍馬は気にしていなかったようである。
健「おお! わかるなリョウ! 早速やるか!」
龍馬が再度ギターをセッティングしようとした時である。
部室の扉が開く。ものすごい勢いで開いたので、部室にいた全員が入口の方を見た。
扉の向こうに立っていたのは、地学教師だった。先程まで充代と愛子の補習を担当していた、あの教師だ。
地学教師「……やっぱりここだったか」
肩で息をしながら、地学教師は険しい表情で充代と愛子の顔を順々に睨んだ。そのただならぬ雰囲気を察した充代が、地学教師に尋ねる。
充代「あ、あの、どうしたんですか?」
地学教師「“どうしたんですか?”じゃない! 黒谷! 岡部! 今すぐ地学室に来い!」
愛子「え? どうしてですか?」
地学教師「バカモン! さっきの再テスト、お前ら二人揃って解答欄が一つずれてたぞ! これから再々テストだ!」
充代&愛子「えぇー!?」
地学教師「とにかく、いますぐ地学室まで来るんだ! テストを受けないと成績がつけられんぞ!」
そう言い残して、地学教室は踵を返して地学室へ戻って行った。
健「ぶわっはっはっはっはっ! お前らアホだなぁ! もうちょっと落ち着いてやれよ!」
桐田「しかも二人揃ってるし! なかなかないぜ、こんな珍事は!」
健たち3年生は爆笑している。
充代「う、うるさいなぁ! 誰にだってミスはあるでしょ!」
顔を真っ赤にしながら、必死に反論する充代。
南「あのさ、早く行った方がいいんじゃない? 成績つかなかったら大変だよ」
ボソッとささやくように南が充代と愛子を促す。
充代「わっ、わかってるわよ! アイコ、行こう!」
愛子「う、うん!」
充代と愛子は急いで部室を飛び出して行った。
こうして、龍馬たちは軽音楽部への入部を認められた。そして、憧れだった甲本健との再会や共に軽音楽部を盛り上げていくことになる仲間の難波隆太や横山恒一、畑野章との出会いを果たした。この時より、彼らのロックでパンクな高校生活が本格的に始まる。