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The Great Punks  作者: 李中龍
6/14

Track 2:Punk Rock High School③

健「いいかリョウ、ユースケ、ヤマさん、思い切りプレイするんだ! 手抜きしたら入部は認めねーからな!」

突如、突発的に「タイマンバンド演奏対決」が始まってしまった軽音楽部の部室。興味津々なのは健を初めとした3年生だけである。

龍馬「はい! わかりました!」

緊張感を吹き飛ばすように、龍馬が大声で返事をする。この局面で手抜きなどできるはずがない。

健「よし、いい返事だ。難波くんたちもこの後やってもらうけど、ぜってー手抜きはするなよ。バンドマンである以上、ステージ上で出し惜しみはよろしくねーからな」

難波「はい」

 龍馬たちは向かい合い、演奏する曲目を相談する。

延彦「何をやる?」

龍馬「GREEN DAYだな。ここは少しでもやり慣れた曲のほうがいいだろう」

祐介「そうだな」

健「リョウ! 準備はいいか!?」

龍馬「はい! OKです!」

健「よーし、思い切ってやってくれ!」

ニコリと笑うと、龍馬はギターに手をかけた。

 最初の曲は、前日に充代と愛子にも披露した「Welcome To Paradise」だ。


 その頃、その充代と愛子は地学の補習に出ていた。

 参加者は彼女たちを含めて10人ほど。みんな「早く帰りたい」というような顔をしている。

充代(早く終わらないかなぁ……)

愛子(部室に行きたい……)

2人とも考えていることは同じだった。

 実はこの日、地学の小テストが実施された。彼女たちは成績が悪く、地学の教師が設定した合格点にあと一歩及ばなかったのだ。補習への参加は仕方のないことだった。

 しかし、補習とはいっても、実際は追試と変わらない。教師が小テストに出題される内容をダイジェストで説明し、最後の15分で再び小テストを行うといった流れになっている。おそらく、所要時間は説明の部分と小テストの部分を合わせておよそ30分程度だろう。通常の授業に比べれば短い。だが今の充代と愛子には、その程度の時間さえうっとうしく感じられた。よほど龍馬たちと健のセッションを観てみたいのだろう。もっとも、当然ながら彼女たちはその予定が突然「タイマンバンド演奏対決」に変更されているなんて知らないのだが。

 地学教師の説明は進む。

 同時に充代と愛子の落ち着きが失われていく。

地学教師「おーい、黒谷、岡部、お前ら何をそんなにそわそわしてるんだぁ? トイレでも行きたいのか?」

見るからに落ち着きがなくなっていたのだろう、不審に思った地学教師が注意する。

愛子「あ、いや……」

充代「な、何でもないです……」

地学教師「…そうか。ちゃんと話聞いてないとまた追試だぞ」

充代と愛子は恥ずかしそうに「すいません」と、小声で言うと、軽く頭を下げた。

 それから約5分後、教師の説明が終わる。

地学教師「じゃあ、これから追試を始めるぞ。制限時間は今日の授業と同じ15分。ただし、今回はテスト終了5分前までに回答し終えた者に限り退室してよろしい!」

その言葉に反応し、反射的に充代と愛子は同時に視線を地学教師に集中させた。

愛子「ホ、ホントですか?」

この時の愛子はわりと迫力があったという。

地学教師「あ、あぁ、ホントだ。でも、答案を提出する前に見直しだけは忘れるなよ」

愛子「はい! ありがとうございます!」

地学教師「アホゥ! 礼なら無事にテストを終えてから言え!」

教室中に笑いが起こる。愛子も自分がやや興奮気味だったことに気づき、その顔を一瞬で真っ赤に染めた。

充代「バ、バカね! 気持ちがフライングしすぎよぉ!」

隣にいる充代も恥ずかしそうだ。

愛子「ご、ごめん……」

それっきり愛子は黙りこくってしまった。

 しかし、テストが始まってからの、充代と愛子の集中力は凄まじかった。

 なんと、2人ともたったの5分半で全問解き終えてしまったのだ。

 これには地学教師も驚いてしまった。

地学教師「お、お前ら、まさかカンニングしてないだろうな……?」

充代「してませんよぉ~! 実力です、ジ・ツ・リョ・ク!」

愛子「それじゃ、お先に失礼しまーす!」

充代と愛子は、疾風はやての如く教室を飛び出していった。

 後に彼女たちは語る。

「あれは、人生で最大級の集中力を発揮できた日だった」と――。


 最初の曲である「Welcome To Paradise」をプレイし終えた龍馬たち。

龍馬「ふぅぅーっ……」

龍馬が大きく息を吐いた。前日とは違った緊張感があるのだろう。憧れだった健たちの目の前なのだから、無理もない。

 健は、「うん、うん」と、何か手応えを感じているかのような表情で小さく何度か頷く。

祐介(リョウのヤツ……気分がのってきやがったな)

何度か小刻みに頷いている龍馬を見た祐介もまた、小さな笑みを浮かべていた。

 龍馬たちの演奏を初めて聴く桐田たちは、顔だけで「ほぉ~」と言っている。

桐田「うーん、もうちょっとやってもらってもいい? あと、もう何曲か」

1曲だけでは判断しかねるのだろう。桐田がリクエストをする。

龍馬「はい、いいっすよ!」

龍馬も快くそれに応じる。少し緊張が解けたか。

龍馬「さーて、次どうしようか?」

祐介「次もGREEN DAYからやるか」

延彦「そうだな。昨日2曲目に何やったっけ?」

祐介「確か……“Nice Guys Finish Last”じゃなかった?」

龍馬「じゃあそれやろうよ。つーか昨日と順番一緒でよくね?」

祐介「いいよ。いちいち順番考え直すのも時間の無駄だしな」

延彦「よし。じゃあいくぞ」

 2曲目「Nice Guys Finish Last」がスタート。

 雁之助が足でリズムをとり始めた。健も首を上下に動かしながら楽しそうな顔をしている。

 途中、龍馬が歌詞を忘れた。しかし、口でごにょごにょと適当に歌ったのが逆に周囲の笑いを誘った。横でベースを弾いている祐介でさえ笑ってしまっている。

 2曲目を終えた龍馬たち。

 祐介も延彦も、パンクした自転車のチューブから漏れた空気のように勢いよく吹き出した。

祐介「おっ、お前、何だよさっきの! 適当にごにょごにょと歌いやがって!」

龍馬「ごめん! 歌詞忘れちゃったんだよ」

延彦「てかリョウ、あれ何て言ってたんだ?」

龍馬「“エロイムエッサイム エロイムエッサイム”…って」

祐介「“悪魔くん”かよ!」

再び笑いが起こる。

健「はっはっはっ! 何でそこで“悪魔くん”なんだよ!」

健たちも腹を抱えて笑っている。


 ちょうどそこへ、補習を終えた充代と愛子がやって来た。

充代「あれ? もう始まっちゃってんの?」

健「おう、おせーぞお前ら」

充代「しょうがないじゃん、補習だったんだから」

愛子「あれ? でも今日はケンとリョウくんたちのセッションじゃなかった?」

健「いや、そのつもりだったんだけどよ、熱烈に入部を希望する新入生がこんだけ来たもんだからさ、ちょっくら“タイマンバンド演奏対決”でもやろうかなーって思って」

愛子「タイマン……?」

愛子は部室の隅っこで楽器をいじっている難波たちに目を留めた。

愛子「あ、もしかしてキミらも入部希望の1年生なの?」

難波「はい、そうです」

充代「確かHi-STANDARDやってたっていう……」

難波「あ、はい」

充代「おぉ、じゃあこの後キミらの演奏も聴けるのかな?」

難波「はい、そうみたいです」

健「おいおい、他人事みたいに言うな(笑) この次出番なんだからちゃんと準備しとけよ」

難波「あ、はい。すいません」

難波は恥ずかしそうに笑った。それを見て、充代もクスッと笑う。

龍馬「あのぉ~……」

健「何だ?」

龍馬「次の曲、やっていいっすか?」

健「ん? あ、ああ、いいよいいよ! どんどんやってくれ!」

 それから龍馬たちは4曲ほど演奏した。

龍馬「この辺で今日はやめときます。ありがとうございました!」

健たちに頭を下げ、龍馬たちは自らの出番を終えた。

健「総評は後でまとめてやる。難波くんたち、準備はいいか?」

 次は難波たちの出番である。

 龍馬たちの演奏中にチューニングを済ませておいたため、セッティングはごく短時間で済んだ。難波が頭の上で丸印を作る。

健「よし、じゃあいってみよう!」

 数秒の静寂が流れると、畑野のフィル・インが押し寄せてきた。Hi-STANDARDの「Turning Back」だ。

 その後、間髪入れずに「Standing Still」をプレイ。どうやら、Hi-STANDARDのアルバム「Making The Road」を1曲目から順番に演奏するつもりなのだろう。彼らのファンなら、それだけでもテンションが上がるものだ。

 メインヴォーカルは、ベースの難波が受け持つ。本人たちと同じスタイルだ(何の偶然か、苗字まで同じである)。

祐介(な…何だこいつら……同じ高校生か?)

延彦(ドラムが、パワーだけじゃなくて細かいフィルまでしっかりできてる。リズムのズレもほとんどない…。いったい誰に習ったんだ?)

龍馬(クソッタレめ……なんだか自分がアホらしくなってきたぜ)

龍馬たちは、度肝を抜かれていた。同学年とは思えないほどの演奏レベルを誇るのだから、無理もない。充代や愛子もこれには驚いていた。

充代「な…なんて子たちなの……。とても高校生とは思えないんだけど」

愛子「……すごい……」

 健は、ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら難波たちの演奏を観ている。この対決の勝者を、既に決めているのだろうか。しかし、この場は負けても仕方がないことを龍馬たちは悟っていた。今の状態では、どう逆立ちしても難波たちには勝てない――。

桐田「さすがだな。無茶ぶりなのにもかかわらず、堂々としてるぜ」

健「無茶ぶりって言うな」

雁之助「でも、すげーよ。ある意味ライブより緊張する場面でも淡々とこなしてるもんな」

健「…そうだな、“淡々と”こなしてるな」

 一瞬にして部室にいたほとんどの人間を驚かせた難波、恒一、畑野の3人。淡々とした表情とは対照的に、高校生離れしたテクニックを見せつける。

 ベースプレイだけでなく、歌唱力でも魅せる難波。当然の如く自在に4本の指をフレット上で遊ばせる恒一。力強さと安定感のあるテクニックでしっかりと土台を支える畑野。

 プレイで勝てないのなら、せめて技術だけでも盗もうと難波たちを観察する龍馬、祐介、延彦の3人。

龍馬(あの難波ってヤツ、見た目もさわやかだけど声もいいモン持ってやがるな……。中学の時は女にモテてたんだろうなぁ……)

龍馬は、難波が少しうらやましくなった。「自分もさわやかな顔立ちだったら……」と、わずか一瞬だが妙な妄想にふけってしまっていた。

龍馬(あの横山ってのも、どうやったらあんなに指が動くんだ? どんな練習してんだよ)

延彦(あのドラムは、オレよりも手首が柔らかい。だから細かいフィルもできるんか)

祐介(無駄のないベースだな。ドラムと同じぐらい安定している)

気づけば龍馬たちは難波たちを凝視していた。その目はかなり真剣だ。

美穂「ね、ねぇリョウちゃん」

美穂が小声で龍馬に話しかける。

美穂「あの人たちもウチらとタメなんだよね?」

龍馬「そうみたいだね。だけど、とてもタメとは思えないよ」

美穂「うん…。リョウちゃんたちも上手かったけど、あの人たちもすごいよ」

龍馬「ああ……」

龍馬は、再び観察に戻る。

 難波たちは6曲目に差し掛かっていた。6曲目はHi-STANDARDの名曲「Stay Gold」だ。イントロとラストのサビ前のフレーズがかなりカッコいい。ほとんどつかえることなくイントロのフレーズを弾きこなす恒一。

龍馬(こ、こいつ、「Stay Gold」のイントロを軽々と弾きやがった! オレはまだ練習中だってのに…!)

悔しそうに苦笑いする龍馬。やはり、ここは負けを認めるしかなさそうだ。


 それから難波たちは、更に1曲演奏して出番を終えた。健たち3年生は彼らに拍手を送る。 

健「おし、みんなお疲れ!」

龍馬「ケンさん、オレら勝ち目ないっすよ。うますぎじゃないっすか……」

健「待てよリョウ、ジャッジをするのはオレだ」

「そうだった」というような顔をして、龍馬は黙りこくる。

健「よーし、じゃあ判定の結果を言うぞ」

部室にいた全員が健に視線を集める。


健「判定は…………引き分けだ」

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