Track 2:Punk Rock High School③
健「いいかリョウ、ユースケ、ヤマさん、思い切りプレイするんだ! 手抜きしたら入部は認めねーからな!」
突如、突発的に「タイマンバンド演奏対決」が始まってしまった軽音楽部の部室。興味津々なのは健を初めとした3年生だけである。
龍馬「はい! わかりました!」
緊張感を吹き飛ばすように、龍馬が大声で返事をする。この局面で手抜きなどできるはずがない。
健「よし、いい返事だ。難波くんたちもこの後やってもらうけど、ぜってー手抜きはするなよ。バンドマンである以上、ステージ上で出し惜しみはよろしくねーからな」
難波「はい」
龍馬たちは向かい合い、演奏する曲目を相談する。
延彦「何をやる?」
龍馬「GREEN DAYだな。ここは少しでもやり慣れた曲のほうがいいだろう」
祐介「そうだな」
健「リョウ! 準備はいいか!?」
龍馬「はい! OKです!」
健「よーし、思い切ってやってくれ!」
ニコリと笑うと、龍馬はギターに手をかけた。
最初の曲は、前日に充代と愛子にも披露した「Welcome To Paradise」だ。
その頃、その充代と愛子は地学の補習に出ていた。
参加者は彼女たちを含めて10人ほど。みんな「早く帰りたい」というような顔をしている。
充代(早く終わらないかなぁ……)
愛子(部室に行きたい……)
2人とも考えていることは同じだった。
実はこの日、地学の小テストが実施された。彼女たちは成績が悪く、地学の教師が設定した合格点にあと一歩及ばなかったのだ。補習への参加は仕方のないことだった。
しかし、補習とはいっても、実際は追試と変わらない。教師が小テストに出題される内容をダイジェストで説明し、最後の15分で再び小テストを行うといった流れになっている。おそらく、所要時間は説明の部分と小テストの部分を合わせておよそ30分程度だろう。通常の授業に比べれば短い。だが今の充代と愛子には、その程度の時間さえうっとうしく感じられた。よほど龍馬たちと健のセッションを観てみたいのだろう。もっとも、当然ながら彼女たちはその予定が突然「タイマンバンド演奏対決」に変更されているなんて知らないのだが。
地学教師の説明は進む。
同時に充代と愛子の落ち着きが失われていく。
地学教師「おーい、黒谷、岡部、お前ら何をそんなにそわそわしてるんだぁ? トイレでも行きたいのか?」
見るからに落ち着きがなくなっていたのだろう、不審に思った地学教師が注意する。
愛子「あ、いや……」
充代「な、何でもないです……」
地学教師「…そうか。ちゃんと話聞いてないとまた追試だぞ」
充代と愛子は恥ずかしそうに「すいません」と、小声で言うと、軽く頭を下げた。
それから約5分後、教師の説明が終わる。
地学教師「じゃあ、これから追試を始めるぞ。制限時間は今日の授業と同じ15分。ただし、今回はテスト終了5分前までに回答し終えた者に限り退室してよろしい!」
その言葉に反応し、反射的に充代と愛子は同時に視線を地学教師に集中させた。
愛子「ホ、ホントですか?」
この時の愛子はわりと迫力があったという。
地学教師「あ、あぁ、ホントだ。でも、答案を提出する前に見直しだけは忘れるなよ」
愛子「はい! ありがとうございます!」
地学教師「アホゥ! 礼なら無事にテストを終えてから言え!」
教室中に笑いが起こる。愛子も自分がやや興奮気味だったことに気づき、その顔を一瞬で真っ赤に染めた。
充代「バ、バカね! 気持ちがフライングしすぎよぉ!」
隣にいる充代も恥ずかしそうだ。
愛子「ご、ごめん……」
それっきり愛子は黙りこくってしまった。
しかし、テストが始まってからの、充代と愛子の集中力は凄まじかった。
なんと、2人ともたったの5分半で全問解き終えてしまったのだ。
これには地学教師も驚いてしまった。
地学教師「お、お前ら、まさかカンニングしてないだろうな……?」
充代「してませんよぉ~! 実力です、ジ・ツ・リョ・ク!」
愛子「それじゃ、お先に失礼しまーす!」
充代と愛子は、疾風の如く教室を飛び出していった。
後に彼女たちは語る。
「あれは、人生で最大級の集中力を発揮できた日だった」と――。
最初の曲である「Welcome To Paradise」をプレイし終えた龍馬たち。
龍馬「ふぅぅーっ……」
龍馬が大きく息を吐いた。前日とは違った緊張感があるのだろう。憧れだった健たちの目の前なのだから、無理もない。
健は、「うん、うん」と、何か手応えを感じているかのような表情で小さく何度か頷く。
祐介(リョウのヤツ……気分がのってきやがったな)
何度か小刻みに頷いている龍馬を見た祐介もまた、小さな笑みを浮かべていた。
龍馬たちの演奏を初めて聴く桐田たちは、顔だけで「ほぉ~」と言っている。
桐田「うーん、もうちょっとやってもらってもいい? あと、もう何曲か」
1曲だけでは判断しかねるのだろう。桐田がリクエストをする。
龍馬「はい、いいっすよ!」
龍馬も快くそれに応じる。少し緊張が解けたか。
龍馬「さーて、次どうしようか?」
祐介「次もGREEN DAYからやるか」
延彦「そうだな。昨日2曲目に何やったっけ?」
祐介「確か……“Nice Guys Finish Last”じゃなかった?」
龍馬「じゃあそれやろうよ。つーか昨日と順番一緒でよくね?」
祐介「いいよ。いちいち順番考え直すのも時間の無駄だしな」
延彦「よし。じゃあいくぞ」
2曲目「Nice Guys Finish Last」がスタート。
雁之助が足でリズムをとり始めた。健も首を上下に動かしながら楽しそうな顔をしている。
途中、龍馬が歌詞を忘れた。しかし、口でごにょごにょと適当に歌ったのが逆に周囲の笑いを誘った。横でベースを弾いている祐介でさえ笑ってしまっている。
2曲目を終えた龍馬たち。
祐介も延彦も、パンクした自転車のチューブから漏れた空気のように勢いよく吹き出した。
祐介「おっ、お前、何だよさっきの! 適当にごにょごにょと歌いやがって!」
龍馬「ごめん! 歌詞忘れちゃったんだよ」
延彦「てかリョウ、あれ何て言ってたんだ?」
龍馬「“エロイムエッサイム エロイムエッサイム”…って」
祐介「“悪魔くん”かよ!」
再び笑いが起こる。
健「はっはっはっ! 何でそこで“悪魔くん”なんだよ!」
健たちも腹を抱えて笑っている。
ちょうどそこへ、補習を終えた充代と愛子がやって来た。
充代「あれ? もう始まっちゃってんの?」
健「おう、おせーぞお前ら」
充代「しょうがないじゃん、補習だったんだから」
愛子「あれ? でも今日はケンとリョウくんたちのセッションじゃなかった?」
健「いや、そのつもりだったんだけどよ、熱烈に入部を希望する新入生がこんだけ来たもんだからさ、ちょっくら“タイマンバンド演奏対決”でもやろうかなーって思って」
愛子「タイマン……?」
愛子は部室の隅っこで楽器をいじっている難波たちに目を留めた。
愛子「あ、もしかしてキミらも入部希望の1年生なの?」
難波「はい、そうです」
充代「確かHi-STANDARDやってたっていう……」
難波「あ、はい」
充代「おぉ、じゃあこの後キミらの演奏も聴けるのかな?」
難波「はい、そうみたいです」
健「おいおい、他人事みたいに言うな(笑) この次出番なんだからちゃんと準備しとけよ」
難波「あ、はい。すいません」
難波は恥ずかしそうに笑った。それを見て、充代もクスッと笑う。
龍馬「あのぉ~……」
健「何だ?」
龍馬「次の曲、やっていいっすか?」
健「ん? あ、ああ、いいよいいよ! どんどんやってくれ!」
それから龍馬たちは4曲ほど演奏した。
龍馬「この辺で今日はやめときます。ありがとうございました!」
健たちに頭を下げ、龍馬たちは自らの出番を終えた。
健「総評は後でまとめてやる。難波くんたち、準備はいいか?」
次は難波たちの出番である。
龍馬たちの演奏中にチューニングを済ませておいたため、セッティングはごく短時間で済んだ。難波が頭の上で丸印を作る。
健「よし、じゃあいってみよう!」
数秒の静寂が流れると、畑野のフィル・インが押し寄せてきた。Hi-STANDARDの「Turning Back」だ。
その後、間髪入れずに「Standing Still」をプレイ。どうやら、Hi-STANDARDのアルバム「Making The Road」を1曲目から順番に演奏するつもりなのだろう。彼らのファンなら、それだけでもテンションが上がるものだ。
メインヴォーカルは、ベースの難波が受け持つ。本人たちと同じスタイルだ(何の偶然か、苗字まで同じである)。
祐介(な…何だこいつら……同じ高校生か?)
延彦(ドラムが、パワーだけじゃなくて細かいフィルまでしっかりできてる。リズムのズレもほとんどない…。いったい誰に習ったんだ?)
龍馬(クソッタレめ……なんだか自分がアホらしくなってきたぜ)
龍馬たちは、度肝を抜かれていた。同学年とは思えないほどの演奏レベルを誇るのだから、無理もない。充代や愛子もこれには驚いていた。
充代「な…なんて子たちなの……。とても高校生とは思えないんだけど」
愛子「……すごい……」
健は、ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら難波たちの演奏を観ている。この対決の勝者を、既に決めているのだろうか。しかし、この場は負けても仕方がないことを龍馬たちは悟っていた。今の状態では、どう逆立ちしても難波たちには勝てない――。
桐田「さすがだな。無茶ぶりなのにもかかわらず、堂々としてるぜ」
健「無茶ぶりって言うな」
雁之助「でも、すげーよ。ある意味ライブより緊張する場面でも淡々とこなしてるもんな」
健「…そうだな、“淡々と”こなしてるな」
一瞬にして部室にいたほとんどの人間を驚かせた難波、恒一、畑野の3人。淡々とした表情とは対照的に、高校生離れしたテクニックを見せつける。
ベースプレイだけでなく、歌唱力でも魅せる難波。当然の如く自在に4本の指をフレット上で遊ばせる恒一。力強さと安定感のあるテクニックでしっかりと土台を支える畑野。
プレイで勝てないのなら、せめて技術だけでも盗もうと難波たちを観察する龍馬、祐介、延彦の3人。
龍馬(あの難波ってヤツ、見た目もさわやかだけど声もいいモン持ってやがるな……。中学の時は女にモテてたんだろうなぁ……)
龍馬は、難波が少しうらやましくなった。「自分もさわやかな顔立ちだったら……」と、わずか一瞬だが妙な妄想にふけってしまっていた。
龍馬(あの横山ってのも、どうやったらあんなに指が動くんだ? どんな練習してんだよ)
延彦(あのドラムは、オレよりも手首が柔らかい。だから細かいフィルもできるんか)
祐介(無駄のないベースだな。ドラムと同じぐらい安定している)
気づけば龍馬たちは難波たちを凝視していた。その目はかなり真剣だ。
美穂「ね、ねぇリョウちゃん」
美穂が小声で龍馬に話しかける。
美穂「あの人たちもウチらとタメなんだよね?」
龍馬「そうみたいだね。だけど、とてもタメとは思えないよ」
美穂「うん…。リョウちゃんたちも上手かったけど、あの人たちもすごいよ」
龍馬「ああ……」
龍馬は、再び観察に戻る。
難波たちは6曲目に差し掛かっていた。6曲目はHi-STANDARDの名曲「Stay Gold」だ。イントロとラストのサビ前のフレーズがかなりカッコいい。ほとんどつかえることなくイントロのフレーズを弾きこなす恒一。
龍馬(こ、こいつ、「Stay Gold」のイントロを軽々と弾きやがった! オレはまだ練習中だってのに…!)
悔しそうに苦笑いする龍馬。やはり、ここは負けを認めるしかなさそうだ。
それから難波たちは、更に1曲演奏して出番を終えた。健たち3年生は彼らに拍手を送る。
健「おし、みんなお疲れ!」
龍馬「ケンさん、オレら勝ち目ないっすよ。うますぎじゃないっすか……」
健「待てよリョウ、ジャッジをするのはオレだ」
「そうだった」というような顔をして、龍馬は黙りこくる。
健「よーし、じゃあ判定の結果を言うぞ」
部室にいた全員が健に視線を集める。
健「判定は…………引き分けだ」