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The Great Punks  作者: 李中龍
13/14

Track 4:いじめられっ子の激情③

 沢村龍馬との出会いは、偶然によるものだったといえるだろう。

 4月下旬のある昼休み、校舎裏で赤田たちから「プロレスごっこ」と称した集団暴行を受けていたところを、たまたまトイレに立ち寄った龍馬が窓越しに見ていたのだ。

 龍馬は、その次の休み時間も栗林を自らの会話に混ぜた。栗林は、なんだかよくわからない気分になったが、決してイヤな予感はしなかった。龍馬たちが大変好意的に迎え入れてくれたからである。思えば、クラスの中では黒川と青谷以外でまともに会話する人物はいなかった。そういった事情もあってか、栗林は無意識に安心感を覚えていたに違いない。

 

 翌日――。

 龍馬、祐介、そして延彦の3人は、前日示しを合わせた通り、栗林を自分たちのグループに引き入れるべく行動を開始した。

 休み時間ごとに話しかけるだけでなく、この日は昼食にも誘ってみることにした。栗林もこれを快諾したので、龍馬たちは4時間目が終わると同時に学生食堂へと足を向けた。すると、後ろから美穂と明子が追いかけてきた。

明子「今日も学食?」

龍馬「そうだけど、そっちも学食?」

美穂「うん、そうだよ! じゃあさ、一緒に食べない?」

龍馬「いいよ! メシは大勢で食った方が楽しいし」

明子「あれ? 今日は栗林くんも一緒なの?」

龍馬「あぁ、何かと話が合うもんでな、食卓囲んで語ろうってことになって」

祐介「食卓って、お前んじゃねーんだよ」

栗林はクスクス笑っていた。楽しい人たちだ、と思った。

 学食での楽しいひと時は、あっという間だった。栗林は考えた。中学時代も含めて、最近学校の昼休みにこれだけ笑ったことがあっただろうか。龍馬たちは、自分に対して全く悪意を見せない。本当にフレンドリーである。もしかしたら、彼らと一緒にいれば赤田たちの地獄から抜け出すことができるのではないか。


 5時間目が終わって、龍馬がジュースを買いに1階正面玄関の隣にある自動販売機の前に立つと、昼休み同様、美穂が後ろから追いかけてきた。

美穂「リョウちゃん!」

龍馬「おう、どうした?」

美穂は龍馬の側まで駆け寄り、耳打ちするかの如く小声で話し始めた。

美穂「あの、栗林くんのことなんだけど……」

龍馬「ん? あいつがどうかしたか?」

美穂「彼、いじめられてるみたいなの」

龍馬「ほう」

龍馬が続きを促す。

美穂「一昨日、ミチヨさんたちと部室にいたら、ちょうど窓から遠くで栗林くんが黒川くんと青谷くんたちにいじめられてるのが見えちゃったのよ」

龍馬「そうか、やっぱり黒川たちがやってやがったか……」

美穂「やっぱり…って、リョウちゃん気づいてたの?」

龍馬「ああ、なんとなくな。オレも昨日裏庭でプロレスごっこしてるところを偶然見ちまったからよ。で、美穂ちゃんが見た時、栗林は何をされてた?」

美穂「恥ずかしくて言いづらいんだけど……服を脱がされて写メ撮られてた」

うつむき加減で、更にボリュームを落として美穂は言う。本当に恥ずかしかったのだろう。

龍馬「脱がされた……か。栗林自身が一番つらいわな」

美穂「そうだよね……。でも、リョウちゃん大丈夫?」

龍馬「何が?」

美穂「栗林くんと話したりして、リョウちゃんも黒川くんたちの標的になったりするんじゃない?」

龍馬「大丈夫だよ。狙いたけりゃ狙えばいいじゃん。それに、このまま黙って見過ごすわけにもいかねーだろ。あいつは一人で解決できなくて困ってるんだと思う。このまま放置したらあいつは不幸になるだけだ。とりあえずはあいつをいじめから引き離して、心を落ち着かせねーと」

美穂「…うん、そうよね。リョウちゃんの言う通りだわ。あたしったら何を心配してんだか」

美穂はばつが悪そうに苦笑いを浮かべる。自分はつまらないことを心配していたのだ、と思ったようだ。

龍馬「…まぁ、いじめられたヤツを庇うと自分までいじめられちまうからな。心配するのも無理はないよ。それでもオレは、栗林をいじめから引き離してぇ。いじめってのはやる方が100%悪りーんだからよ」

龍馬の目に力がこもっていた。よほどいじめが憎らしいのだろうと、それを見ていた美穂は思った。


 そのまた次の日になっても、龍馬たちは栗林を黒川や青谷の魔の手から引き離すべく、積極的に話しかけるなどの行動を続けた。

 放課後になって、延彦は独り軽音楽部の部室へと向かった。畑野にプロレスのDVDを貸す約束をすっかり忘れていたのだ。この日畑野は難波や恒一とバンド練習する予定だった。

 ドアを開けると、既に3人がセッティングを終えていた。

畑野「おぉヤマさん、来たか!」

延彦「すまんハッチ! お前がメールくれなかったらそのまま忘れて帰るところだった!」

畑野「まったく、頼むよ~。すげー楽しみにしてたんだからよ」

「悪い悪い」と言いながら、延彦は学生鞄の中からプロレスのDVDを取り出すと、畑野に手渡した。

畑野「何だよ、ちゃんとモノは持ってきてんじゃん。鞄の中には入れといたのに渡すのだけ忘れかけてたってことかよ」

言うと、畑野はいたずらっぽく笑った。

恒一「ウソ? ちょっとそのボケ面白いんだけど!」

難波「ヤマさんって天然?」

延彦「い、いや、天然じゃあないと思うよ(^^;」

必死で天然疑惑を否定する延彦。

畑野「あ、そうだヤマさん」

畑野の顔つきが、少し真面目になった。それを察してか、延彦の顔からも照れ笑いが消えた。

畑野「今日の昼休み、栗林ってヤツと学食でメシ食ってなかったか?」

延彦「ああ、一緒にメシ食ってたよ」

畑野「そうか。いや実は、こないだ玄関近くのトイレでそいつが不良っぽいヤツらに囲まれてるところに遭遇しちまってな」

延彦「不良?」

畑野「ああ。オレがトイレに入ったらそいつらパーッといなくなっちゃったんだけど、去り際、そいつがオレに助けて欲しそうな目で見てたのをよく覚えてる。で、たまたまうちのクラスに栗林と同じ中学から来たヤツがいて、今日お前らがそいつを連れて歩いてるのを見てな、“うまくいじめから逃れられたのかな”って言ったんだよ」

延彦「む…? どういうことだ?」

畑野「そのクラスメートの話だと、栗林ってヤツ、中学の頃に赤田ってヤツからいじめられてたんだって。その赤田は学年でも悪いヤツだったから怖くて誰も口出しできなかったらしいんだ。でさ、赤田もこの学校に進学してきてて、栗林をまたいじめ始めたんだと。それで、今日ヤマさんたちと一緒にいるのを見て、“うまくいじめから逃れられたのかな”って言ったらしい」

延彦「なるほどな。じゃあ、ハッチがトイレで遭遇したってのは……」

畑野「おそらく、カツアゲか何かされてたんじゃねーかな。実際のところ、ヤマさんたちは赤田と何かやり合ったりしたわけ? うちのクラスメートは、“赤田が玩具みたいにいじめてた栗林と一緒にいるんだから、何もないはずはない”なんて言ってたからさ」

延彦「いや、今のところは何もない」

畑野「そうか。それならいいんだけど。まぁ、お前らなら大丈夫か。入学早々上級生をブチのめすぐれーだからな!」

延彦「おい、大声で言うなよ。恥ずかしいだろ!」

畑野「あ、ごめん!」

慌てて両手で拝むポーズを作る畑野だった。


 一方、面白くないのは赤田たちである。これまで自分たちに従順だったと思われた栗林が、あっさり龍馬たちの所へ行ってしまった。赤田は、栗林に裏切られたような気がして、無性に腹立たしかった。こうなったら、無理矢理にでも再び自分たちの「遊び相手」に戻してやる。

 そこで赤田は、栗林を待ち伏せることにした。赤田にとって好都合だったのは、龍馬、祐介、延彦の3人はわりと近くから通っているため、電車通学ではない。逆に自分と栗林は同じJR北本駅を利用している。だったら、北本駅で栗林を捕まえればよいのだ。この2日間、どうしてこのことに気づかなかったのだろう。赤田は白田や黒川、青谷を連れて北本駅の改札口付近へ先回りした。

 

 改札口を通り抜けて、栗林はいきなり両脇を掴まれた。

 掴んだのは、黒川と青谷だ。驚きのあまり、栗林は声が出なかった。黒川と青谷は、無言のまま栗林を駅近くの駐輪場に連れ込んだ。

 赤田と白田は、駐輪場の奥にいた。栗林は、目を見張った。だんだんと体が硬直していくのがわかる。瞬時に、どうして自分がここへ連れて来られたのかを察知した。

赤田「よ~ぉ。最近楽しそうじゃねーか、えぇ?」

栗林は、何も言わなかった。否、言えなかったのだ。すると赤田は、表情をそれまでの嫌らしい薄ら笑いから一転させ、栗林を睨みつけるようになった。

白田「どうして呼ばれたか、わかってるよな?」

わかっていたが、ここはあえて答えない栗林。

赤田「お前さ、オレらといるよりあいつらといる方が楽しいか?」

栗林「あいつら…?」

次の瞬間、黒川に腹を殴られた。突然だったため、栗林は思わず咳き込んでしまった。

赤田「とぼけんなよ。お前のクラスにいる沢村ってヤツのことに決まってんだろうが。何あいつらと仲良くメシなんか食ってんだ? あ?」

栗林「…さ、誘われたんだよ。向こうからね」

赤田「誘われた? 誘われたからホイホイついてくのか?」

青谷「なんか、調子よくね?」

黒川「同じクラスになった縁で仲良くなってやったのに、オレらのことはどうでもいいんだな」

白田「そういうのって、裏切りじゃね?」

黒川「そうだ。裏切りだ」

青谷「この薄情者が」

栗林「裏切りって、そんな……」

黒川「オレらが何か間違ったこと言ってるか?」

黒川が詰め寄ろうとしたところを、赤田が制する。

赤田「まぁまぁ。何もこいつが独断で裏切ったとは限らないだろ。こいつにそこまでの知恵があるとは思えねぇ。沢村たちが裏切りを強要した可能性だってありそうじゃね?」

黒川「おお、なるほど! それもあり得る!」

赤田「だろ? そう思ったら何だか沢村ってのがムカついてきてよ。学校からいなくなんねーかなーって思ってな」

黒川「どうするんだ?」

赤田「とりあえず、栗林に沢村をやらせようぜ。あいつボスっぽいし、そうでもすりゃ周りも大人しくなるだろ」

栗林「えっ?」

赤田「“えっ?”じゃねーよ。やるんだよ、お前が。裏切りを強要されてムカついてんだろ? 中学からの友達を怒らせて気まずいんじゃねーのか? ん?」

栗林「べ、別に彼らはそんなことしてるわけじゃ……」

赤田「え? じゃあ断るの? 別にいいよ。その代わり、こいつを学校中にばらまくけど」

赤田は、ニヤニヤ笑いながら、携帯電話に保存してある栗林の裸が露わになった画像を突きつけてきた。

赤田「恥ずかしいよな~、こんなのが学校中に出回ったらよ」

青谷「あー、それは恥ずかしい! ばらまかれたくないよぉー!」

勿論、栗林自身も画像をばらまかれたくない。

赤田「じゃあ、やってくれるよな? オレら、友達だからな」

そう言って、赤田は栗林の肩を叩いた。なんだか、妙に痛く感じられた。


 翌日、栗林は朝から明らかに挙動がおかしかった。無理もない。自分を好意的に受け入れてくれた龍馬をこの手で叩きのめせと強要されているのだから。断れば、裸にされた時の画像を学校中にばらまかれる。そんな一生心の傷になりそうなことは何としてでも避けたい。

 栗林の判断力は、確実に狂っていた。

 

 追いつめられた栗林は、とうとう放課後に龍馬を裏庭(あの倉庫前)まで誘い出すことにした。

栗林「沢村くん、ちょっと相談したいことがあるんだ。二人だけで話がしたい」

龍馬は一瞬訝しげな表情を見せたが、これを承諾した。

龍馬「すまん、ユースケ、ヤマさん、ちょっと待っててくれ」

栗林に先導される形で、龍馬と栗林は裏庭へと向かった。

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