第9話 領主の招待
役人が来てから三日後、今度は正式な使者が現れた。
馬に乗った兵士が、簡易トイレの前で止まる。
「森下恭平。領主様がお呼びだ」
周囲がどよめいた。
「……城、ですか」
「そうだ。今すぐ来い」
断る選択肢は、なかった。
俺とリナは、馬車に乗せられて城へ向かった。 高い石壁。
大きな門。
完全に“偉い人の住処”だった。
「……場違いじゃない?」
リナが小声で言う。
「今さらだ」
広間に通されると、玉座に座る男がいた。
壮年の貴族。落ち着いた目。
「お前が、街に便所を作った者か」
「……はい」
「面白いことをしたな」
怒ってはいない。
むしろ、興味深そうだった。
「なぜ作った?」
「……不便だったからです」
俺は正直に言った。
「臭いし、病気も出ます。清潔にした方が、街は長持ちします」
領主は顎に手を当てた。
「病気、か」
「糞尿は、放っておくと広がります」
「……ふむ」
しばらく考えたあと、こう言った。
「城にも作れ」
「……は?」
「試してみたい」
俺の心臓が跳ねた。
「城の中に、ですか?」
「そうだ。貴族用の便所だ」
周囲の家臣がざわつく。
「前例がありません」
「汚れものを城内に?」
領主は手を上げた。
「静かにしろ」
そして俺を見る。
「できるか」
「……できます」
即答だった。
この世界で、一番“影響力のある場所”に作れる。 失敗すれば終わる。
成功すれば、世界が変わる。
城の裏庭に案内された。
「ここに作れ」
排水路もない。
床も土だ。
(……条件、最悪だな)
リナが囁く。
「でも……チャンスだよね」
「ああ」
俺は図面を描いた。
「水はここから引く。流す穴は、外に向ける」
「外に……?」
「城の外に捨てる」
役人が顔をしかめる。
「そんなことをしたら――」
「今も、城の中に溜めてるだろ」
黙った。
事実だったからだ。
三日かけて、城の簡易トイレが完成した。
木枠。
座れる板。
桶と水。
「……これが、便所か」
領主は中を覗いた。
「座って用を足し、流すだけです」
「……楽だな」
実際に使ったあと、領主は言った。
「臭いが、少ない」
「流しているからです」
「……なるほど」
その夜、城で話し合いが行われた。
「街にも増やす」
「他の街にも作る」
「管理する組織を作れ」
話がでかくなっていく。
リナが耳打ちした。
「ねえ……これ、あたしたち、逃げられなくない?」
「……無理だな」
領主が言った。
「森下恭平」
「はい」
「お前を、街の衛生担当に任命する」
「……衛生?」
「便所を作る係だ」
役職ができた。
俺の知らないところで、 トイレは――
“街の設備”から
“政治の道具”になっていった。
城を出たとき、空は夕焼けだった。
「ねえ、恭平」
「ん?」
「最初は、あたしのためだったよね」
「ああ」
「なのに……」
「国の話になった」
二人で笑った。
「とんでもないことになったな」
「うん。でも……」
リナは少しだけ誇らしそうだった。
「役に立ってるよ」
異世界トイレ改革は、
ついに――
“領主公認”になった。




