第8話 役人が来た日
トイレが有料になって、十日ほど経ったころだった。
朝、管理役の男が青い顔で走ってきた。
「恭平! 役人だ!」
「……役人?」
トイレの前に行くと、見慣れない男が二人立っていた。
黒い外套に、胸には街の紋章。
明らかに、権力側の人間だった。
「お前が、この“便所”を作った者か」
「……俺です」
「勝手に公共施設を作り、金を取っていると聞いた」
嫌な予感しかしない。
「街の許可は取っていないな?」
「……はい」
役人は鼻で笑った。
「なら、違法だ」
周囲がざわつく。
「違法って……」
「ここは領主様の土地だ。勝手に建物を建て、商売をしていいわけがない」
管理役の男が言い返した。
「でも、街は助かってる!」
「関係ない」
役人は冷たかった。
「壊すか、管理権を差し出すか、どちらかだ」
リナが前に出た。
「なんでですか!」
「税だ」
「……税?」
「金を取っているなら、税を納めろ」
俺は、ようやく理解した。
(ああ……これは“文明”じゃない。“利権”なんだ)
俺が言う。
「いくら払えばいいんですか」
役人は指を立てた。
「収入の三割」
「……多すぎる」
「嫌なら、壊す」
空気が凍る。
壊されたら、街は元に戻る。
糞尿が道にあふれる日々に。
俺は歯を食いしばった。
「……分かりました。払います」
役人は満足そうに頷いた。
「賢いな」
去り際、こう言い残した。
「次は、生理の布も対象だ」
その夜。
トイレの前で、俺とリナは座り込んだ。
「……結局、上に取られるんだね」
「そういう世界だ」
リナは地面を見つめる。
「でも、壊されなかった」
「それが、代償だ」
管理役の男が言った。
「値上げ、するしかないな」
「……一回、銅貨二枚か」
不満は出た。
「高い!」
「前は一枚だった!」
でも、誰も使うのをやめなかった。
臭い道に戻るより、マシだからだ。
数日後、役人がまた来た。
「順調か」
「……はい」
「領主様も興味を持っている」
「興味?」
「他の街にも作れと言っている」
俺の背筋が寒くなった。
(これは……広がる)
トイレは、衛生を変えた。
金を生んだ。
そして、権力を引き寄せた。
夜、リナが言った。
「ねえ、恭平」
「ん?」
「これ……止められないよね」
「ああ」
俺は空を見上げた。
「もう、街が必要としてる」
最初は、彼女のために作った。
次は、街のためになった。
そして今――
“領主の目”に、映った。
異世界トイレ改革は、
ついに――
国の話になり始めていた。




