第3話 はじめての実用と、新たな問題
試作した簡易トイレは、街外れの空き地に置かれていた。
木材で組んだ箱型の構造に、上部には簡易便座。後ろには水をためる桶。横には布を裂いて作った簡易紙。
見た目はまだ粗末だ。
だが、この世界の穴ぼこ便所と比べれば、革命的だった。
「じゃあ……最初は、あたしが使ってみるね」
リナは何のためらいもなく言った。
この世界では排泄は生活行為であって、隠すものではない。だから彼女も平然としている。
「使い方は説明した通りだ。座って、終わったら水を流す」
「うん」
リナは中に入り、すぐに戻ってきた。
「……すごい。座れるだけで全然違う」
「流れ方は?」
「ちゃんと下に行ったよ」
俺は桶から水を汲み、もう一度流す。
詰まりも逆流もない。成功だ。
「よし……最低限のトイレとしては合格だな」
その様子を、近くで見ていた住民たちが集まってきた。
「なんだそれは?」 「座るのか?」 「水を流すのか?」
興味津々だ。
俺は簡単に説明する。
「座って用を足して、水で流します。穴にそのまま出すより、においも少なくなります」
「ほう……」
年配の男が試しに使い、戻ってくる。
「……これは楽だな」
「腰が痛くならん」
「しゃがまなくていいのか」
一気に人が並び始めた。
この世界の人間は、トイレが不便でも「仕方ない」と思って生きている。
だが、便利なものを見せられれば、価値はすぐ理解する。
リナは俺の横に立って言った。
「ねえ恭平、これが増えたら、茂みに行かなくて済むね」
「ああ。街中に設置できればな」
「……生理の時も、ちょっと楽になる」
その言葉に、俺は引っかかった。
「“ちょっと”?」
「うん。出る量が多い時は、やっぱり……そのままだと、服が汚れやすいんだよ」
なるほど。
トイレを改善しても、生理そのものの不便さは残る。
「……いつもはどうしてるんだ?」
「布を当てるか、何もせずに流れるままにするか、だね」
「……洗濯は?」
「毎回は無理かな」
俺は頭を抱えた。
これは日本のトイレ改善とは別次元の問題だ。
――生理用品。
日本では当たり前にあるものが、この世界には存在しない。
「リナ」
「なに?」
「布を何枚か重ねたら、吸えると思うか?」
「……吸う?」
「血を布に留めるんだ。下着を汚さないために」
リナは少し考えてから言った。
「……それ、できたら、かなり助かると思う」
胸の奥で、何かがカチッとはまった。
トイレ改善だけじゃない。
“出るものをどう受け止めるか”も重要なんだ。
その日の夜、俺は紙の代わりに使っていた布を並べ、試作を始めた。
層を重ね、紐をつける。
形は不格好だが、目的ははっきりしている。
「……簡易ナプキン、ってところか」
リナが横から覗き込む。
「それ、使うやつ?」
「ああ。成功すれば、服を汚さずに済む」
「へえ……便利そう」
この世界では、生理も排泄も隠さない。
だからこそ、機能さえあれば抵抗なく受け入れられる。
トイレを作る。
紙を作る。
そして、生理用品を作る。
俺が日本で学んできた「当たり前」は、
この世界では「発明」になる。
外では、簡易トイレの列がまだ続いていた。
俺は木箱に腰掛け、夜空を見上げる。
「……本当に、便所から文明が始まるんだな」
「なにそれ?」
「独り言だ」
リナは笑った。
「でも、恭平のおかげで、あたしは楽になったよ」
その言葉が、何よりの報酬だった。
異世界トイレ改革は、
排泄から――
そして、女性の不便から、
本格的に動き出した。




