第10話 城のトイレ騒動
城に簡易トイレを作った翌日、俺は呼び出された。
「森下恭平、来い」
案内されたのは、城の中庭。
そこには、貴族らしき人間が十人ほど集まっていた。
全員、露骨に不機嫌そうだ。
「聞いたぞ。城に“便所”を作ったそうだな」
「……はい」
白髪の貴族が鼻を鳴らす。
「汚物を、城の敷地内に置くなど正気か?」
「外へ流す構造です」
「問題はそこではない」
別の貴族が言った。
「“便所”という存在そのものが下賤なのだ」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「……つまり?」
「高貴な者は、臭いものに近づかぬ。
それが身分の証だ」
(なるほど……)
この世界では、
臭い=汚い=下の身分、
という価値観が強いらしい。
「だが、領主様は気に入られた」
役人が割って入る。
「使いやすいと」
貴族たちは顔をしかめた。
「領主様が奇行に走っただけだ」
「長年の習慣を変えるなど――」
そのときだった。
「……あ」
若い貴族の一人が、顔を青くした。
「どうした?」
「……腹が……」
彼は慌てて庭を出ていこうとしたが、間に合わない。
「ま、待て……!」
結果は――最悪だった。
その場の空気が、一瞬で凍った。
「……」
「……」
誰も言葉を発しない。
臭いが、広がる。
俺は、静かに言った。
「……今、皆さんが嫌っている“臭い”は、
トイレを使えば、防げます」
若い貴族は震えながら言った。
「……あれを、使えば……?」
「はい。流せば、消えます」
貴族たちは互いの顔を見た。
「……本当に?」
「試してください」
しばらくの沈黙。
やがて、年配の貴族が言った。
「……一度だけだ」
彼は城のトイレへ入った。
数分後。
「……」
出てきた彼は、驚いた顔をしていた。
「……臭いが、残らん」
「流したからです」
「……服も、汚れん」
「座る構造です」
若い貴族も続いた。
「……確かに、楽だ……」
ざわめきが起きる。
「……思ったより、悪くない」
「下賤というほどでも……」
価値観が、少しずつ崩れていく音がした。
その夜、城では議論が起きた。
「貴族用と、使用人用を分けるべきだ」
「いや、同じ構造でいい」
「掃除役を置け」
トイレは、
ただの設備じゃなく、
“身分の象徴”になりかけていた。
部屋に戻った俺は、リナと話した。
「ねえ……恭平」
「ん?」
「トイレって、身分まで変えちゃうんだね」
「……人が同じことをする場所だからな」
「同じ?」
「排泄は、誰でも同じだ」
リナは、少し考えてから笑った。
「それ、変な話」
「でも、事実だ」
次の日、正式な通達が出た。
「城のトイレを増設する」
「街にも基準を作る」
反対派はいた。
だが、事故の記憶は強烈だった。
臭いより、
不便より、
“失敗の方が恥ずかしい”。
それが、彼らの本音だった。
俺は城の裏庭で、新しい図面を描いた。
(トイレは、
便利なだけじゃない。
考え方を変える道具だ)
異世界トイレ改革は、
いよいよ――
“城の常識”を塗り替え始めた。




