世界を救え。……世界を救え??
なんだかよくわからないまま「とりあえず別室に移動しよう」と言われた私は、あれよこれよという間に煌びやかな部屋に移動させられた。
先程のイケメンに促されて、驚くほどふっかふかなソファに座り、隣にバッグを置く。
これ、絶対お高いやつだ……高級ソファってこんな感じなんだな。
汚さないようにしよう、と戦々恐々した私は小心者だろうか。
イケメンも目の前のソファに腰掛けて、大人達はそのそばに立った。まるで彼の人に仕えているかのように。
あ、大人に混じって私と同年代くらいの美少年だ。イケメンと同じ髪色で、どこなく面影がある。もしかして、親子なのだろうか。
香り豊かな紅茶が運ばれてきて、とりあえず飲んでみる。あ、すごく美味しい。渋みもなくて、フルーティーな香りが鼻から抜けていく。
うっとり味わう私をイケメンが上から下まで観察するように見た。
「御客人は不思議な格好をしているな。それが異世界の服装なのか?」
不思議とは。今の私は普段着る出勤用の白いブラウスに黒いズボンという、なんとも女っ気のないシンプルな出立ちのだが。
そう思いながらも頭の隅で、やはりここは本当に異世界なんじゃないかという考えがよぎる。
でもそんなことって、本当にあるの?
「さて、そろそろ話をさせてもらおう」
イケメンが尊大に言い放った。
状況を知るためにも、まずは情報収集だ。私もピシッと背筋を伸ばす。
一言も聞き漏らすまいと全身を耳にして彼の言葉に耳を澄ませる。
「まずは、貴君の意見も聞かずに勝手に喚び出したことを、深く詫びさせてもらおう」
すまなかった、と丁寧に頭を下げるイケメンの後頭部を見ながら、イケメンは何をしてもイケメンなんだなぁとズレたことを思う。
周囲の大人達も、彼に倣うように頭を下げている。
しばらくそうしてからスッと姿勢を戻したイケメンは、やはり無表情のまま再び口を開く。
「私はスィッジャーシィ・マユ・アスカルだ。この国―――アスカル王国の国王をやっている」
「……どうも」
一応そう返すと、ジッと無表情で凝視される。視線が鋭すぎて、目に穴が開きそうだ。
……これは、名乗れってことだろうか?
周囲を見ると、大人達も私を凝視しながら耳を傾けている。
その様子に、思わず嘆息した。
「……名乗りませんよ。あなた方が信用できるかどうかもわかりませんし、下手に名乗って悪用されたら困りますからね」
スパッと当然のことを言い放つと、途端に大人達が顔を真っ赤にして怒り出した。
そのうちの一人が、わなわなと全身を震わせながら一歩前に出る。
「き、貴様!! 陛下に対してなんと無礼な……っ!!」
汚らしく唾を飛ばして叫ぶ大人を制したのは、私ではなく国王だった。
冷たい視線を投げかけ、凍りつくように動きを止めた彼に薄い唇で淡々と言葉を紡ぐ。
「貴様こそ無礼だ。彼女は我々が、我々の都合により喚び出した。これは拉致と同じこと。それなのに、一体どうしたら信用できると言うのだ?」
「む……、し、しかし……」
「くどい。貴様は黙っていろ」
なおも食い下がる大人を一刀両断した国王は、私に向き直って「部下がすまなかった。謝罪する」と再び頭を下げた。
……自分のことじゃないのに、真摯な人だ。
思えば私の上司もそうだった。私が何かヘマするたびに、私の代わりに頭を下げて……。
この、まるで人間とは思えない美貌を持つ人でも、上司というのは変わらないのだなと、思わず苦笑してしまった。
「いいですよ。それより、この状況を教えてくれません? ここはどこです? 呼び出したって言っていましたが、私を呼び出して何をさせたいんですか?」
私は職業柄、世界の情勢や特徴については詳しい方だ。だがアスカル王国なんて国名、聞いたことがない。
それに、言語。
なぜ相手は日本人じゃないのに、私は言葉を理解できているのだろう。
息を詰めて身構える私に、国王が大きく頷いて言い放つ。
「単刀直入に言おう。ここは貴君らの言う異世界だ。貴君には世界を救ってほしい」
はい、異世界召喚確定! 全く嬉しくない事実ですありがとうございました〜〜〜!!
いや笑えねぇ(死んだ目)。
ハハハと乾いた笑いをする私に、美少年が憐れみの目を向けてくる。あぁ、ガラスのハートが傷つく音がする……。
……うん、よし。とりあえず続きを聞こう。
異世界召喚が本当なら、私が喚び出されたのには意味があるはずだ。
そうじゃなきゃ、異世界召喚なんて不確かなものを行うはずもないし。何かきっと、どうしようもないことが起きたんだろう。
息を吸って吐いて呼吸を整えて、国王に向き直る。
律儀に待ってくれていた彼に軽く頷くと、話の続きを語り始めた。
「この世界には、古代より魔王の言い伝えが各地で語り継がれている。かつて存在し、最期には討たれた凶悪の権化―――」
いかにも異世界の定番なキャラが登場だ。魔王て。
まさかそれを倒せとか言うんじゃあないよね。……ないよね??
「―――御客人には、その魔王を倒してほしいのだ」
そのまさかだったよ(死んだ目)。
今日はよく目が死ぬ日だな……。
思わず身体が崩れそうになったが、根性とプライドでなんとか保った。イケメンの前での痴態は一生の恥。
「……かつて倒されたのであれば、今はもういないのでは……?」
「半分正しい。が、半分は間違いだ。魔王は息の根を止められたのではなく、封印されたのだ」
「封印……」
またしても異世界な言葉だ。
封印、封印か。それって殺すのとどう違うんだろうか? どっちも抑え込んでいるんだし、違いがない気が……あっ。
頭に思い浮かんだ考えに、恐る恐る声をかける。
「もしかして……その封印が緩んできているとか、もうすぐ解けそうだとか……?」
国王が頷く。
どこなく、空気が重くなった気がした。
「その通りだ。理解が早くて助かるな。魔王の封印が施されたのは二百年以上も前のこと。当時の魔王討伐隊が張った封印など、今はボロ切れ同然になっている」
「ボロ切れ同然」
「おかげで封印の石から漏れ出た瘴気によって、魔物や魔獣の出現が世界的に増加している。迅速に対処しなければ、国どころか世界が傾くだろう」
「世界が傾く」
段々とスケールが大きくなっている。怖い。
国王は抑揚の乏しい淡々とした口ぶりだが、内容はそんな淡々と語っていいものではない。
嘘ですよね、と言いたくても、部屋中の空気が緊張に張り詰めていて、それが嘘ではないと嫌でもわかってしまう。
指先が冷えて、微かに震えている。
私は怖いのだろうか。双肩に乗せられた期待があまりにも重く、恐れているのだろうか。
「それ、は……この世界の人達だけで、倒すっていうのは……?」
「……魔王の魔力は、この世に二つとない闇の魔力だ。通常、魔力には対極する属性がある。その属性の魔力に触れると、吐血したり皮膚が爛れたり骨が溶けたりするのだが―――」
待って最後。
「―――逆に言えば、その属性以外ならば接しても異常はない。だが闇属性だけは別で、どんな属性をも拒絶する。常人にとっては毒となる代物だ」
「…………」
手を顎にかけて、ゆっくりと国王の言葉を咀嚼する。
皮膚が爛れるやら骨が溶けるやらの衝撃発言は置いておいて……。
魔力という言葉があるくらいだから、この世界には魔術があるという認識でいいのだろう。
闇属性の魔力は、常人にとっては毒となる……。そこで私を喚んだということは、私には毒とならないということ?
「……この世界の魔力と、私の元いた世界の魔力は別物。だからこうして異世界から“闇属性を拒絶しない魔力を持つ人間”を喚び出した……?」
独り言のように考えを呟くと、国王が微かに目を見開いた。
その反応は正解ってことですかね、そうですか。
当たってないでほしかったよ。
「御客人の推測通りだ。この世界を救えるのは、この世界の住人でない貴君だけ。どうかこの世界を、救っては頂けないだろうか」
国王と大人達が、丁寧に頭を下げる。この光景も三度目だ。
世界を救う……かぁ。
こんな小娘に向かって頭を下げて、世界を救ってほしいと願うなんて。
きっと相当切羽詰まっているんだと思う。
だけどなんだかまだ夢みたいで、信じきれないというのが私の感想だった。今こうしてホワイトブロンズの髪がさらりと落ちているのも、夢みたいな気がする。
頬を抓ったら、夢から醒めるだろうか。
まさに夢心地のままぼんやりと浮かんでいた私の考えは、次の国王の言葉で全てが吹っ飛んだ。
「勝手に喚び出しておいて、帰還方法すら掴めていない我々が言えたことではないが、どうか―――」
……帰還方法が、掴めていない?
嘘でしょう?
それってつまり。
帰る方法が、ないってこと?
「かえ、れ、ないん……です、か? ……うそ、ですよね?」
震える唇から搾り出した声に、誰も顔を上げてくれない。冗談だと、笑ってはくれない。
嘘だと言ってくれない。
沈黙は雄弁と言うけれど、まさにその通りだった。
ひゅっと、喉の奥からか細い音が鳴る。
私は、帰れない。帰る方法がない。
そのことを認識してすぐに、腹の底から湧き上がってきたのは、とてつもない恐怖と悲しみと―――身体の芯から揺さぶる怒り、だった。
だって、帰れないって。
なに、それ。
私はなんの特徴もない平々凡々な人間だ。
仕事も大切な人もちゃんといる、普通の人間だ。
毎日のささやかな幸福を掬い取って、大事な人との関わりを慈しんで。
そうやって、大変だけど幸せな日々を楽しんでいたんだ。
なのにいきなり喚び出されて、挙句に魔王を倒せって言われて、帰ることもできない、なんて。
勝手に期待をかけて、勝手に喚び出して、愛着も何もない名前すら知らない世界の命運を勝手に握らせて、勝手に、勝手に、全部全部お前らが勝手に―――!!
「―――ふっざけんなっ!!」




