後編
数日経っても、村は彗星の話題で落ち着かない様子でした。
村では、新しい噂が次々と生まれていました。
「本当は、大きな火の玉が落ちてくるんだって」
「しっぽの部分に触れると、息ができなくなるらしいよ」
「彗星が通りすぎる時、火の粉が降ってきて火事になるって」
そんな新しい噂は、瞬く間に村中を駆け巡りました。
日に日に大きくなっていく赤い彗星と共に、みんなの恐怖心も大きくなっていくようでした。
ポランは、彗星が怖いものではないと懸命に話しましたが、みんなは信じてくれませんでした。
だんだんと外を歩く人は少なくなり、村はひっそりとしました。
その日の新聞は、彗星がやってくる日を告げるものでした。
彗星が3日後の深夜、この辺りを通りすぎると書かれていました。
そして、火事が起きた時のため、水を用意しておくようにしましょう、とも書かれていました。
大きく書かれた彗星の絵も載っていて、それはまるで、ごうごうと燃える火の玉のようでした。
「本当に、火の玉のようだ……」
「火の粉を降らせるかもしれないぞ」
初めて見た彗星の姿に、大人たちは震え上がっているようでした。
「……決めた。レオン、僕決めたよ」
放課後、レオンと一緒に、新聞を見ていたポランが静かに言いました。
「何をだい?……まさか、彗星を見に行くとか、言わないよな?」
「いや、そのまさかだよ。自分で見て確かめなきゃ」
「本当に彗星が落ちてきたら、どうするんだよ」
「その時は、1番近くで彗星が見られるさ」
そう言うと、ポランはニカッと笑いました。
「危ないよ、やめときなよ……」
レオンは、心配そうに言いました。
「……もう決めたんだ」
ポランは、うんと頷きながら言いました。
「1番見やすいのは、ヒマワリが咲く丘だな。僕1人でも見に行くからね。こうしちゃいられない、早く準備しなくちゃ」
ポランは、ブツブツと独り言を言いながら、レオンをその場に残し帰っていきました。
レオンは、その後ろ姿をじっと見つめていました。
彗星が、やってくる日になりました。
どこの家も、外に大きな樽いっぱいの水を用意していました。
日が暮れる頃にはもう、外を歩く人はいませんでした。
ポランは、夕食の時に何度もママから「外に行かないように」と念を押されました。
「うん、分かっているよ」
その度に、気のない返事を返しました。ポランは、少し胸がチクッとしました。
ポランは、家族が寝静まったことを確認すると、出かける準備を始めました。
何枚もセーターを重ねて、帽子をかぶり、マフラーを巻いて――寒くないようにたくさん着込みました。
そして、ノートと鉛筆をいれたリュックを背負い、こっそり持ち出しておいたランタンを手に持ちました。
準備ができると、ポランは立ったまま目を閉じ、集中し始めました。
こうすると、周りの音が消える魔法を使える気がしていました。
この村には、確かに魔法を使える人はいました。しかし、子どものポランは、まだ魔法が使えるかどうかも分かりませんでした。
「よし」
ポランは、そろりそろりと玄関から外へ出ました。
魔法は成功したようでした。誰も起きてきません。
ポランはホッと息をつきました。
「――バタン!」
玄関のドアが、大きな音を立てて閉まりました。
ポランは、心臓が止まるかと思うほどドキドキしました。
そっとドアに耳を当てて、中の様子をうかがいました。
しばらくしても、物音は聞こえてきませんでした。
ポランは、ランタンの灯りを付けて、ヒマワリの咲く丘へ急ぎました。
村の外れに、毎年夏になると、ヒマワリがいっぱいに咲く小高い丘がありました。
今はヒマワリもなく、少し寂しいその場所は見晴らしがよく、彗星を見るのにピッタリな場所でした。
ポランはヒマワリの咲く丘に着くと、雲ひとつない空を見上げました。
赤々と光る彗星は既に大きく見えていました。長い尾を引いて、夜空を染めています。
辺りは赤く照らされ、まるで火の海の中にいるようでした。とても不思議な光でした。
とても明るいので、ポランはランタンの灯りを消しました。
「やあ」
突然、声をかけられてポランはまた、心臓が止まるほどびっくりしました。
振り返ると、赤い光に照らされたレオンが、そこに立っていました。
「怖いんじゃなかったの?」
「君が心配だったんだよ。でも、綺麗だ」
レオンは、空を見上げて続けました。
「怖いけど……とっても綺麗だ」
ポランもまた空を見上げました。
彗星は、赤々と燃えているようにも見えましたし、キラキラと輝く宝石のようにも見えました。
「僕には、大粒のルビーのしずくに見えるよ。女神様からの贈り物だ」
二人は、それから口を閉ざし、ただただ静かに空を見上げていました。
少しずつ、彗星は遠ざかっていきました。
すると、彗星の尾の先からたくさんの流れ星が生まれました。
白、黄色、赤、青……色々な光の筋が夜空を埋め尽くしていきました。
「わあ……すごいね」
「うん……」
二人は、言葉を失うほど綺麗な景色に目を奪われました。
「ポラン!」
「レオン、勝手に外に出たらダメじゃない」
突然の声に、二人はハッとしました。振り返ると、心配そうな顔をして両親が駆け寄ってきました。
「ママ、パパ、見てよ!こんなに綺麗なんだ、悪いことが起こるはずないよ」
ポランとレオンは興奮しながら必死に大人たちに言いました。
しかし、大人たちが空を見上げる頃には、流れ星は消えていて辺りは真っ暗でした。
「なにもないわよ。彗星は何もせずに去ってくれたのね。良かったわ、ケガがなくて」
よほど心配していたのでしょう。抱きしめられた腕の中で、ポランとレオンは、ばつが悪そうな顔で見合わせました。
彗星は、ぐんぐん遠ざかり、もう小さな赤い星になっていました。
それから、村にはいつもの日常が戻ってきました。
ポランとレオンは、次の日とっても怒られました。そして、二人ともしばらくの間家のお手伝いが増えました。
でも、二人は気にしていませんでした。
新聞には、『炎のしずく去る 被害なし』と、小さな記事で書かれていました。流れ星のことは書かれていませんでした。
でも、二人は確かに見たのです。あの美しい光の雨を。
「僕、たくさん勉強して、天文学者になるよ。そして、彗星の謎を解き明かすんだ」
ポランは、まっすぐ空を見上げながら言いました。
「応援するよ。僕たちが見たものが何だったのか、いつか教えてくれ」
二人は、一緒にニカッと笑いました。
その次の冬は、少しだけ暖かい冬になりました。




