第7話 お兄ちゃんになる日
依頼者は、
佐伯ゆかり(32)。
5歳の息子・歩を育てながら、2人目の妊娠が分かった。
ゆかりは十月十日の事務所で、
お腹をそっと撫でながら言った。
「今回の記録映像は、
“歩が兄になるまで”を残したくて……」
瀬戸要が優しく頷く。
「お母さんの記録だけでなく、
家族みんなの“十月十日”を撮るわけですね」
「はい。歩がまだ小さくて……
赤ちゃんが来ることを喜んでくれてはいるんですけど、
本当は寂しいんじゃないかって」
ゆかりの不安は、
十月十日がこれまでに何度も向き合ってきた“家族の変化”だった。
芦原監督が静かに言う。
「歩くんの心、そのまま残しましょう。
どんな不安も、どんな優しさも、全部」
幼稚園帰りの歩が、
ゆかりのお腹に耳を当てている。
「ねぇ、おかあさん。
赤ちゃん、もう起きてる?」
その声は嬉しそうで、
けれどどこか遠慮がちだった。
森川千夏が小さく囁いた。
「この子、自分でも気づいてないんだろうな……
“甘えたい気持ち”を」
歩は無邪気に笑うが、
ゆかりの手をつかむ指だけが強く見えた。
撮影が始まって1ヶ月。
その日、歩は布団の中から小さな声で言った。
「ねぇ、おかあさん……
赤ちゃん生まれたら、ぼくのこと、前みたいにぎゅーってしてくれる?」
ゆかりは驚き、そっと髪を撫でた。
「もちろんだよ。歩は、ずーっと大事な子だよ」
歩は少し安心したようにゆかりのお腹を撫でたが、
カメラの前で決して泣き顔は見せなかった。
芦原監督は録画を止め、
要に小声で言った。
「子どもって、寂しさを自覚するのが一番最後なんですよね。
それでも“お兄ちゃんになろう”としてる」
要は頷いた。
「だから記録する価値があるんです」
妊娠7ヶ月。
ゆかりのお腹はだいぶ大きくなっていた。
歩は、
お腹に向かって「おはよう」と声をかけたり、
幼稚園で描いた絵を“赤ちゃんのプレゼント”だと言って渡したり、
健気すぎるほどに兄になろうとしていた。
だが同時に、
抱っこをねだる回数が増えた。
ゆかりは歩を抱えながら、
カメラに向かって微笑む。
「この時期の歩は……
抱っこしてほしい気持ちと、
お兄ちゃんでいたい気持ちが、
半分ずつなんです」
歩はゆかりの肩に顔をうずめ、
小さな声で囁く。
「おかあさんのにおい、すき」
千夏のレンズが、
その一瞬をそっと記録した。
出産の日。
歩は祖母と一緒に病院に来ていた。
産声が聞こえた瞬間、
歩は耳を澄ませてから小さく言った。
「……赤ちゃん、ぼくより小さい」
祖母に手を引かれながら、
静かにゆかりの部屋へ向かう。
生まれたばかりの妹を見た歩は、
少しの間じっと見つめた。
その表情は、
驚きでも嫉妬でもなく――
“やっと会えた”という安堵に近かった。
歩はそっと妹のほっぺを触り、言った。
「こんにちは。
……ぼく、おにいちゃんだよ」
ゆかりは涙をこらえきれず、
歩の頭を撫でた。
「歩、ありがとう……」
十月十日のスタッフも皆、
その瞬間の優しさに胸を打たれた。
『お兄ちゃんになる日 —歩の十月十日—』
映像のラスト。
歩は赤ちゃんを抱いたゆかりの隣で、
こっそりゆかりの服をつまんでいた。
テロップが流れる。
「家族は増えるたび、
心もひとつ増えていく。
歩は“兄になる”だけでなく、
優しさをもうひとつ手に入れた。」
城戸の編集は、
歩の揺れた一年を優しく切り取っていた。
ゆかりが映像を見終えた後、
静かに言った。
「歩の気持ち……こんなにちゃんと残してもらえるなんて。
本当にありがとう」
十月十日のメンバーは笑顔で頷いた。
「家族の物語も、私たちの作品ですから」




