膨れていく世界
この世界は何度もやり直されている。誰かが世界の改変を願えば、次の日にはそれが当たり前の日常になる。
人々は皆、変わったことを覚えていない──忘却こそがこの世界の呼吸のようなものだから。
だが宇宙だけは違う。願いが叶うたびに、宇宙はほんの少し膨らむ。人の望みを収める袋のように、不可視の縫い目をきしませながら。
誰かは願った。
「夜を明るくして」──闇は薄まり、町と町は光の直線で結ばれ、情報は途切れなく流れた。
別の誰かは願った。
「生きる目標を見失わないように」──社会には、終わりなき目標と役割が溢れ、働く場所も遊ぶ場所も尽きることがなくなった。
そして誰かは願った。「月と太陽は、地球から見れば同じ大きさに」──子どもたちはその出来すぎた奇跡を平然と学ぶ。
さらに誰かに願われた。「人の世が終わらないで」──時間は途切れず続き、数多の歴史が作られた。
世界は今日もそれらを叶え、宇宙は音もなく膨らんでいく。
だが、完璧ではない。願いと願いがぶつかり、世界がほつれることがある。
作りかけのビル。用途を忘れられたピラミッド。感情の抜けた街のざわめき。裕福と貧困の境目に残る、誰かの願いの影。夜になると、街灯のひとつが必ず別方向を照らしている。そうした歪みの前で、世界の縫い目はわずかに裂ける。人々が忘れても、宇宙はその裂け目の痛みを覚えている。
今日も私たちのすぐ外側で、願いの重さに押されながら、宇宙は静かに膨らみ続けている。
ここはそんな、誰かが願った後の世界だ。あり得ないほど世界は、人に合わせてくれる。
けれど私は知っている──満たされた願いの裏側には、歪んだ裂け目が、気づかれないまま、ほんのわずかに広がり続けていることを。




