8.慟哭の時
メディアスタジオの照明は、異様に明るかった。
白すぎる光の下で、俺の影はどこまでも薄くて浅かった。サングラスをかけてても、その光は目の奥にじんわりと滲んでくる。
教授に、「そのサングラスは、キャラか?」と聞かれたので、堂々と「はい」と答えておいた。
〈生成AIはアートか?〉なんてテーマで、うちの教授と、他の学科の学生たちと、なんとなく対談形式みたいな形になっていた。
俺はまあ、持ち前の“現場感”というか、実際に手を動かしてる側の感覚を話していた。AIに絵を描かせるってのが、どれだけ面白くて、恐ろしくて、手ごたえがあるか――そういう話。
最初の二十分は、わりと良かった。司会役の学生の仕切りもそこそこだったし、教授はいつもどおり含蓄のあるコメントを挟んでくれて、俺の言葉にも、筋が通っているように感じていた。
でも、途中から、何かがズレ始めた。
「でも、それって、本当に“アート”って言えるんですかね?」
文化人類学を専攻してるという、痩せた眼鏡の学生が、言った。ゆるくパーマをかけた、なんだかロック・バンドのギター・ボーカルをやってそうなイケメン。 皮肉でも冷笑でもなく、本気で不思議そうに。俺の返答を促すでもなく、ただ、自分の疑問を投げただけのように。
「……どういう意味だよ?」
少々、乱暴な言葉遣いになった。
「いや、その……言い方は悪いかもですが……もう誰でもやってることじゃないですか? YouTubeでもXでも。他のプラットフォームでも、もう生成AIって、"素人"でも使ってるものですし」
その瞬間、喉の奥がちり、と熱くなった。
口の中に鉄の味がした気がした。
サングラスの奥で視界が細くなる。
視野が狭まってくるのを、自覚できた。
「じゃあ、聞くけど、あなたの言う“創作”って、何なんだよ。"素人"が」
思わず低い声がでてしまった。怒りというより、探るような問いのつもりだった。 時すでに遅し、その空気は張り詰めていた。
「え、いや、もちろん、思想とか、コンセプトとかがあって……それをどう表現するかが、アートだとは思いますけど」
急にしどろもどろになりやがって。若造が、喧嘩売るなら相手を選ぼうな、
「思想? コンセプト……? それ、なんかさぁ、テキトーに言ってない? 言葉がさ、軽いんだよなぁ。なんていうかさ、それで何か描いたことあんのかなぁ、あなたは? 実際に“生まれる瞬間”を体感したことあんのかなぁって?」
学生は一瞬黙った。けど、隣の女子学生がくすっと笑ったのが聞こえた。 その音が、妙に耳に貼りついた。
「まあ、馬淵さんはちょっと変わった経歴ですもんね。現場とか、バイト経験とか豊富そうですし……」
誰から聞いたか知らないが、その“豊富”って言葉に、俺の中で何かがひび割れた。
コイツも喧嘩売るのかよ、ああ、いいよ。いいよ!
買ってやるよ!
「まあ、豊富ですよ。現場でコンクリ練ったこともあるし、夜勤で部品にネジ締めたこともあるよ。手にできる仕事しか、俺には回ってこなかったからな。でも、それのどこが“変わってる”んだ?」
教授が、やんわりと口を開こうとしたけど、俺は止めなかった。 退屈な授業の一幕が浮かび上がった。
なんとなく引っかかっていた、ダ・ヴィンチもミケランジェロも、工房で働く青年たちだった。
「ルネッサンスって、知らないんすか?」
その言葉で、全員がぴたりと静止した。
「芸術ってさ、民衆から立ち昇ったものが革命を起こしたことあるわけじゃん? 職人が、現場の技術者が、神や王様のためじゃなく、自分たちの“生活”の中から生み出してきた。ルネッサンスはそういうもんでしょ? 上からじゃなく、下から、わき上がってきた創作が革命を起こしたんだよ。AIもそうだよ。え? わかんない? 今、それがまた起きてるんだって、わかんない? AIの登場で、“誰でも”が、また“描ける”ようになってんだよ。それがこわいの? え? こわいんだろ? お前ら、“選ばれた表現者”でいたかったんだよねぇ。仕事なくなっちゃうかもだもんねぇ?!」
言いながら、自分の手のひらが震えてるのに気づいた。 拳を握っても、止まらなかった。
「俺は今、そういう話をしてんだよ。普段授業受けてます? ちゃんと出てるの? え? 所詮あれでしょ? アーティスト気取りでしょ? いや、ごめんね! こんなことホントは言いたくないんだけど、バカなのかな?!って、正直思うよ」
誰かが息を呑んだ。
静寂。まるで、火薬庫に火をつけた後みたいだった。でももう止まれない。
「なめんなよ! 泥水すすって、金稼いで、どうにかこうにか美大入ったんだよ! お前らほとんど親の金じゃん?! 親が太いだけでしょ? え? 金稼ぐ能力あります? こちとら自分で金稼いで、お前らをバカにしたいがためだけにこの学校入ったんだよ! でもさぁ、面白れぇじゃん! アートって、いや、正直な話さ、俺アートなんて何も知らんよ! それでも、伝えたい何かがあるから、描いてんだよ。 お前にそれ、あんのかよ。お前ら、なあ?! そこのお前、カメラ回してる奴とかさ、そこのディレクター気取りの奴とかさ、なあ? 卒業したらどうすんの? テレビ局とか入れんの?! 難しくない? せいぜいそこら辺の野良YouTuberの制作の下請けじゃん?」
思いっきり笑いながら言ってやった。
もう、止まらなかった。カメラが回ってるとか、教授が横にいるとか、どうでもよかった。
「テメェらみたく何者かになりたくて、描いてんじゃねぇよ。俺は、俺のままで、ようやく何か言えそうな気がしたんだよ。テメーら学生のお遊びじゃ、それは救われねえんだよ! お前ら全員、しょせんモラトリアムのお遊びだろ!」
その時、教授が初めて、こちらを見ずに声をかけた。
「……馬淵。……もっとやれ」
たぶん、教授にとってもこれは“事故”だった。でも、どこか納得していたような目をしていた。
照明が、焼けるように暑かった。俺の影は、なおも薄くて、でも、確かにそこに在った。
「バカなんだよ! お前ら全員バカ! 芸術で食っていけるかよ! 社会にでたらお前らマジで役立たずだからな! ガキが! 資本主義の厳しさ舐めすぎなんだよ! 期間工なめんな! 一日に一万本のネジ締めてから言え! インパクト・ドライバー上手く打てねぇってだけでジジイどもに笑われるんだよ! 出荷検品ミスってクソみてぇなババァにドヤされたことあんのかよ?! テメェらは?!」
もう止まらなかった。