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2.食堂にて

 学食のカレーは、見事なまでに不味そうだった。

  見た目通りの味というやつで、粘度も低く、ルーというよりソース。200円。これを毎日食うやつがいたら、そいつはもう立派な修行僧だと思う。

  俺は有り余る財力(他の学生達に比べれば)をもってして、そこにトンカツを載せてグレードアップしてやったのだ。 なんとサラダまで付いている。


  ざっと見渡せば、同じような髪型と服装の群れがテーブルを囲っている。 MacBookの背面に意味深なグラフィックのステッカーを貼って、サブカル風を装ったやつが多い。

 あれで通ると思ってるあたり、みんなまだ子どもだなと思う。 こっちはホームセンターの靴にユニクロのワークパンツ。浮いてる自覚はある。でも俺には似合ってるし、どこで何をしてきたかで人間の質は決まるもんだ。


  カレーを半分ほど食ったところで、視界の端に人影が立った。


「あの、すみません、……あのときの、ですよね?」


 声の主は、試験会場で向かいにいた女の子だった。静かに筆を走らせていた子だ。

 思い返せば、あの場ではマトモな動きをしてた数少ない一人だったかもしれない。


「AOのときの?」


「はい。AIの画像を出してた人……ですよね?」


「うん、まあね」


 曖昧に返して、またカレーに向き直る。正直、誰かに説明する気もない。


「変わってました。あれ、すごく印象に残ってます」


「そう? 印象に残るのは、まあ、悪くない」


  彼女は笑った。真っ直ぐな目をしている。こういう素直なやつ、悪くない。 変な理屈をこねて自分の深さを語りたがるやつより、ずっとましだ。


「私、戸川です。油画志望で」


「へえ、油絵。⋯⋯俺は、東海とうみ。馬渕東海。昭和じゃない、平成生まれの三十歳」


「……えっ?」


 言わなきゃよかったかなと思ったが、まあいいか。驚いた顔を見て、ちょっと愉快になった。


「三十歳って……」


「うん。いろいろ回り道してきた。まあ、そういうのが許される大学なんだろう、ここは」


「前は何を?」


「建築系のバイトとか、夜勤のコンビニ、期間工、とか」


 彼女は言葉を失っていた。別に自慢するような話じゃないけど、こういうリアクションを見ると、やっぱり若いな、と思う。


「それで、どうして美大に?」


「住めるって聞いたから」


「えっ?」


「住み込みできるっていう噂があってね。住めて、合法的に遊べるなら、ちょっと面白そうだなって。ああいう試験方式なら、何かしら引っかかるかもって思って」  


「へ、へえ……」


 目を丸くしている。 こっちは真面目に話してるつもりなんだけどな。


「あの……プロンプトって、どんなの使ってたんですか?」


「魚、夜の湖、太古の記憶、四次元、割れたガラス玉から覗いた世界、そんな感じ」


「それはどういう……?」


「意味はない。思いついた単語をそのまま並べただけ。考えてない風に見せたかったから」


「それで……合格したんですね?」


「うん。だから運が良かっただけ」


  その証である、合格通知はフォトフレームに入れて飾った。あの日、あれを開けてから、近所のスーパーで一番安いビールを買って、漫画喫茶に逃げ込んだ。 誰にも会いたくなかったし、誰に話すような話でもなかった。


「これから、どんなことを勉強なさるんですか?」


「さあ。テキトーに、かな」


 立ち上がって、トレイを片手に言った。


「またね、戸川さん」


「あ、はい。また」


 食堂の外、冷たい風が吹き抜ける。どこかの学生が派手なカメラを回していた。演出臭い芝居と、学外感満載の照明。妙に意識の高そうな声がキャンパスの空に響いている。

 ポケットからスマホを取り出し、合格通知の写メを見る。なんとなく、笑いがこみ上げてきた。

  俺はクラゲのように生きてきた。 波に揺蕩い、器用に流れ流されて。これからもそうだろう、 誰よりも生きるコツを知っている、知恵のあるクラゲだ。 食うに困ったことはないし、流れ着く先でそこそこ上手くやってきた。

  芸術がなんだかはよく分からないが、こんなにも簡単に芸大の学歴を手に入れられたのだ。 預金はとりあえず期間工で貯めた分はある。 こんなバカバカしい箱庭世界を必死に泳ぎ切ろうとしている若者たちが微笑ましくすらある。

 長い人生、たまにはこんな時間を過ごすのも悪くはないだろう。

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