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18.狂乱舌禍

 討論会の会場が、急遽メディアスタジオからエントランスホールに変更されたのは、客が入りきらないという実に現実的な理由だった。


 開始一時間前、音響科の連中が悲鳴を上げながらミキサー卓を運び、メディア科のディレクターたちは無線越しに叫び散らしていた。装飾を引き受けた空間デザインの連中は、タペストリーを間違えて印刷したらしく、テーマと無関係な“古代の舟”が天井からぶら下がっている。


 俺はといえば、その脇でビールを煽っていた。戸川に三回止められて、四回目は無視した。正直、少し緊張していたのかもしれない。


 壇上に座った瞬間、スマホの海に呑まれた。何十台、いや、何百台もレンズがこちらを向いている。


 リアルタイム配信も入っているという。観覧席は超満員。 テーマはもちろん――“令和の美大闘争について”。


 普通なら腰が引ける。実際、メディア科の演出担当は手を震わせ、ゲストの造形科の連中たちは顔が引きつっていた。


 だが、俺は違った。ちょいとばかり、アルコールの力を借りたからだ、 


「だからよ、他人の批判する前に、お前らがやってること冷静に考えろって。でかいだけのタコのオブジェ、あれなんなん? 金があれば小学生でも作れるわ」


「なっ! 侮辱だ! 撤回しろ!」


「撤回? どうやって吐いた言葉撤回できんだよ? これだけカメラ回ってる中で? 吐いた唾は飲めぬってやつだよ!……バカなの?」  


 会場がざわめき、またも炎上の気配。


 討論は泥仕合になった。壇上の空気は濃密で、笑いと怒号と、妙な高揚感が入り混じっていた。


 バン! と音とともに客たちの後ろから駆けてくる。作業着に安全帽、ゲバ棒を携えた謎の一団。


「馬淵トウミを追放しろー!」

「今度こそ退学だぁ、コラァ!」


 彼らは壇上になだれ込み、俺の前に立ちはだかった。


「おーおー、やったろうぜぇ!」


 俺は机を蹴り飛ばした。紙コップが宙を舞い、誰かのノートPCがひっくり返る。


「馬淵先輩を守るっすよー!」


 叫んだのは槇村だ。


 壇上裏手から、ソサイエティの連中も続いた。まるで合図を決めていたかのように、ステージに乱入し、造形科の連中と取っ組み合いを始めた。いや、プロレスだった。どう見ても“本気でふざけている”。


「静粛に! 落ち着いて! テレビも来てるんですよ!」


 司会者の声がマイクを通して木霊するが、誰も聞いていない。いや、聞こえていないのだ。今この瞬間、この空間だけが現実で、あとはどうでもいい。  

 カメラのフラッシュが暴風雨のように明滅する。


 観客も撮影クルーもスマホを構えたまま沈黙した。何かを待っていたのだ。もしかすると、この"事件"を。


 けれど、誰も殴らない。誰も泣かない。血も流れない。


 全員が、“最高の場面”を演じている。狂乱という名の美術パフォーマンスを。


「私たちは自由です! 自由の果てに芸術を欲しています! 創作とは、闘争と破壊から!」


 戸川がどこからか拡声器を手に入れ、わけのわからないことを叫ぶ。目は本気だった。いや、本気のふりをしている。彼女の新たな一面をみた気がする。しかし、本気で遊ぶ、それが俺たちの表現だった。


 槇村は一年坊主とプロレス技を掛け合い、造形科の女子は赤いペンキをステージにまき散らす。その塗料に足を取られ滑り転ぶ奴らも続出。まるで血みどろ。 もう滅茶苦茶だ。


 メディア科のディレクターは「カメラ止めるな!」と目を血走らせ本気で叫んでいた。


 芝居だ。でも、俺たちは本気だ。だから芝居だってことも本当だ。


 そして俺は、笑った。


 壇上のど真ん中で、叫んだ。


「アートをなめんなコラァ!!」


 一瞬、静寂。


 そのあとで、地鳴りのような歓声とシャッター音が続いた。


 画面越しには見えないだろう。だが、確かにそこには、一体感があった。歪で、不格好で、バカバカしい、けれど熱のある連帯が。


 こういうのを、"芸術"とか、"青春"って言うんじゃねえのかよ! 知らんけどな!

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