17.熱と恐竜
学祭は、異様な熱気に包まれていた。
なんでも、来場者数は例年に比べて桁違いで、創立以来の過去最高記録になるかもしれないという噂が立った。
急遽、運営が朝から整理券を配りはじめた。校舎の中には、一般客もいれば、大手メディアの撮影クルー、YouTuber、果ては有名な暴露系配信者の姿まである。
各所には警備員が配備され、物々しい空気だ。 俺たちは、完全に客寄せパンダだ。
あの騒動のあと、今年の学祭は中止すべきだという声もあった。もっともな意見だと思う。けれど学校と運営は、話題性を武器にして開催を決行した。
良くも悪くも、注目されることは価値になるらしい。それに、金も落ちる。 学校側も学生たちも、命を削る勢いで運営に奔走していた。
「トウミさん! 次、映像研のトークショーです!」
戸川が叫ぶ。いまや俺のマネージャー代わりだ。 俺は答える暇もなく立ち上がり、サングラスをかけた。
ここ最近、顔を隠すつもりで付けていたが、いつの間にか“らしさ”になってしまった。
ショートフィルムは十五分。上映の後に登壇し、出演者や監督たちとトークを交わす。
「どんなテーマで演じましたか?」
「このシーンの意図は?」
などと、それっぽい言葉を並べながら、場をつなぐ。夜な夜な資材置き場で映画を見漁っていた経験が、こんなところで役立つとは思わなかった。
観客は超満員だった。映像研の連中は、目を輝かせながら「またゲストで来てください!」と言った。
俺は、少しだけ笑った。
「トウミさん! 次、ライブブースです!」
戸川がスケジュール帳を片手に走ってくる。紙の手帳かよ、と内心つっこみつつ、俺は言う。
「場所どこ?」
「西棟地下。機材はもう搬入済みです!」
控え室には、サウンド系の学生たちが集まり、ケーブルを引っ張りながら叫び合っていた。「ミキサーつなげ!」「こっちの音、死んでる!」湿気と熱気で空気はぬるく、埃っぽい。
俺はMacBookを起動し、プレイリストを確認する。構成とプログラムは槇村が組んでくれた。
DJがステージで叫ぶ。
「さあ! スペシャルコラボレーション! プロンプト・アーティスト、トウミー! マブチー!」
イェー!! という歓声。
だが、「帰れー!」や「ペテン師!」といった罵声も混じる。上等だ。
拳を突き上げ、ステージに躍り出る。音楽が流れる。MacBookを操作し、スクリーンに作品を切り替える。EDMなのかアンビエントなのかジャンル不明のサウンドが空間を震わせる。
客たちは踊り、叫び、スマホを掲げていた。光と音と画像の奔流。その中心で、俺はただ、次のタイミングを待っている。
終演と同時に、誰かが水を差し出す。
誰かとは戸川だ。
「十五分だけ休憩です! 次の――」
「ビール買ってくる」
「えっ、ビール!? トウミさん、ダメですって!」
「一杯だけ。じゃなきゃ、やってらんねえよ」
焼きそばとビール。学祭らしい組み合わせだと思った。売ってくれたのは、いつぞや恋愛相談を受けた女の子だった。「頑張って下さいね!」と言われたので、さっと右手を上げて応えておいた。
紙皿を持ったまま、芝生の上に座り込む。遠くで演奏するロックバンドの音がする。
「……なあ、戸川。あと、何本?」
「あと三本。次がある意味メインイベントですね。メディアの討論会」
「いやはや、なにがなんだか」
「まさか、こんなことになるとは……ですね」
「“こんなこと”って言うなよ。これが俺の人生だ」
焼きそばを啜りビールを一口、なんだか笑ってしまうほどに美味かった。
見上げると遠くに、補修を終えた、謎のタコのオブジェが目に入る。
なんだか、たこ焼きも食いたいなぁ、と思った。 目の前を、やけにリアルなティラノサウルスの着ぐるみ達が歩いていった。