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11.ざらつく夜

 久々に、風俗へ行った。俺の自室は溜まり場になってしまったので、処理するにも難しい現状があるものもあるが、 自分でも、意外だなと、思いながらも、何かが“自分”をそこに向かわせていた。

  理由は、単純。金が入ったからだ。とある有名YouTube番組の出演料が振り込まれ、さらに、展覧会に出した作品が売れた。どこからともなくやってきた、中国人のバイヤーが、俺の作品を高額で買ってくれた。   

 円安効果もあるのか、「あなたの作品、良かった。とても良い、値段関係ない」みたいなことを言っていた気がする。

  通帳のアプリを開くと、預金残高は398万。 期間工で貯めた分を含めれば、もう少しあったはずだが、あれこれと使ってしまった。 ソサイエティの連中に酒をおごったり、古道具屋で昭和の8mm映写機を衝動買いしたり。 芸術は浪費だ! と思いながら、浪費そのものに少し酔っていた。

 繁華街は、相変わらず雑音とネオンで彩られていた。街の色温度が高い。

 入ったのは、少し古びた店だった。 フリーで入って、カーテンの向こうで待ち構えていた子は、少し太めの体型の、垢抜けていなくて、でも愛嬌がある子だった。話してみると、上京してきたばかりの学生だそうで、「サークルが合わなくて辞めちゃって、バイト探してたら、ここが一番稼ぎ良くて」と笑っていた。

  年齢を聞いた瞬間、少しだけ、心のどこかがチクリとした。 戸川と同じ歳だ。 バカだな、と思いながら、興奮してしまった自分を、どこかで突き放して見ていた。

 「気持ちいい」とか、そんな単語よりも、ただ、「人肌」の熱に安心していた。

  いろいろ 終わってから、銭湯に行った。 浴場の湯気の中に沈むと、何かがほぐれていく。 他の客が立てる水音や、背中を流す音が、まるで川の流れのように遠のいていった。

 出る頃には、もう夜が深く、冷たい風が肌を冷やした。 帰り道。ぼんやりと考える。何者かの冗談ような今の自分の暮らしは、どんなプロンプトで構成されているんだろう? と、

 大学の裏手にある資材置き場――俺の住処――へと戻ると、見慣れた光景があった。 ソサイエティの連中が、古いモニターで是枝裕和の映画を見ていた。『誰も知らない』だったか。 映像の中で、子どもたちがコンビニの廃棄弁当を分け合っていた。

  誰も何も言わない。 俺も何も言わない。ただ、冷蔵庫から発泡酒を三本取り出し、一本ずつ黙って開けて、音を立てずに飲んだ。

  酒の味は、炭酸の刺激だけで、少し苦かった。 戸川の姿はなかった。 いつもなら彼女は、クッションを抱きしめながら、毛羽立ったソファーの上で、眉間にしわを寄せてスクリーンを睨んでいそうなのに。

 まぁ、今夜はそれで良かったかもと思う。 いつの間にか、モニターには北野武監督の『アウトレイジ』が映っていた。 強面の大御所俳優たちが、「ぶち殺すぞ! ワレェ!」と口汚く罵り合う。


  映画が終わったころには、俺はすでにマットに寝転がっていた。 枕の下からこぼれたスケッチブックが、蛍光灯の明かりに白く反射していた。

  そのまま、目を閉じる。 夢の中でも、風俗嬢の手のぬくもりが、まだ指先に残っていた。けれど、浮かんだのはなぜか戸川の顔だった。 何なんだろうな、と思いながら、俺はそのまま不可思議な夢に意識を預けた。

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