1.試験会場
試験会場の扉を開けると、ひりついた空気が押し寄せた。 広いフロアのあちこちで、受験生たちがうつむき加減に何かを描き、組み立て、あるいは壊している。床には破かれた紙、折れた鉛筆、ちぎれた布切れ。
匂いも混ざっていた。スプレーの匂い、木材を削った粉塵、ペンキの残り香。
ひと目で場違いだとわかった。 けれど、ためらいもせずに歩を進める。
遅刻ギリギリの到着だった。時計を見る余裕もなかったが、担当教員らしき人がこちらをちらりと見て、名簿に何か書き込んだ。
受付の机に学生証を模した紙と名札が置いてあり、「A-17」と書かれている。そこが自分の席だとわかった。適当にうなずいて受け取り、そのままフロアの奥に進む。
周囲の学生の手元を見ると、皆それぞれの“表現”に取り組んでいる。デッサン、模型、映像編集、毛糸や砂まで使っている者もいる。
全体が無言の競技場のようだった。 A-17の席につくと、リュックからスマホとモバイルバッテリー、そしてモバイルプリンターを取り出して机に並べた。
電源を入れ、ポケットWi-Fiの接続を確認。使い慣れた画像生成アプリを立ち上げる。
「プロンプト入力」とだけ書かれたウィンドウが開く。周囲は鉛筆を走らせる音ばかりで、誰もこちらに注目していない。
画面にこう打ち込んだ。 "魚、夜の湖、太古の記憶、四次元、割れたガラス玉から覗いた世界"。
意味はない。語感だけで選んだ単語たちだった。完成した画像は、青く淀んだ湖面の奥に歪んだ魚の骨が浮かび、背景には幾何学的な空間がうっすら広がっていた。
イメージというより、ノイズに近い。それをそのままA4に出力。プリンターの音が静かな部屋にかすかに響いたが、誰も気にしなかった。
さらに三枚、似たような手順で生成して印刷した。今度は「雪の降るジャングル」「星を食べる巨人」「骨の教会」といった言葉が並んだ。 全て即興。下書きも構想もない。印刷された紙を無造作にテーブルへ並べ、数枚は切って貼り合わせたりした。テープも糊も、そこにあったものを使った。
担当教員が巡回してきたとき、軽くうなずくだけで、何も話しかけてこなかった。 他の受験生にかけていた声と比べて、露骨な無関心だった。
試験が終わると、片付けは早かった。プリンターをしまい、テープを巻き戻し、椅子を戻す。 ほとんどの学生がまだ作業に没頭している中、真っ先に退出した。 誰の視線も気にならなかった。
数週間後、アパートのポストに見慣れない封筒が届いた。白地にシンプルな大学名だけが印刷されている。玄関の前で封を開けると、中には合格通知書が一枚、折られずに入っていた。「◯◯美術大学 先端情報芸術表現学科 合格通知」
他の文面はほとんど読まず、ソファに投げて寝転んだ。 スマホのカメラを起動し、封筒と通知書をざっと撮影する。すぐにSNSに投稿した。 《美大受かった。何かの間違いかもしれんが、通うか。》
「いいね」がすぐに数件ついた。