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六話〜紹介状 二〜




 東大陸を統べるルヴェリエ帝国の第二皇子に生まれたセドリック・ルヴェリエは、ついこの間十六歳を迎えたばかりだ。だが既に城を出て城下の外れに位置するこの屋敷で暮らしている。


 理由は多々あるが、その中でもっとも大きいのが皇位争いから逃れる為。

 セドリックには皇太子である兄、第三皇子の弟、第一皇女の妹の兄弟姉妹がいる。下の二人は皇位には余り影響はない。問題は兄だ。と言っても正直、昔から兄とは可もなく不可もない関係だが周りが五月蝿い。セドリックは、兄を押し退け皇位に就こうなどの野望は持ち合わせていないが、亡き母の生家がどうにかしてセドリックを皇太子延いては将来の皇帝に就かせようと躍起になっていた。

 余談だが、セドリックは騎士団に所属している。二年程前に第三部隊の隊長に就任した事を良い機会と思い、皇帝である父に掛け合い城を出る事にした。


 兄と争うつもりは全くない。きっとこれが最善策なのだとそう思った。


「君、こんなところでサボってていいの?」


「お前だって人のこと言えないだろう」


 執務室で書類を処理している中、友人であり同じく騎士団員で第二部隊隊長のアルバート・ブルダリアスは、ソファーで寛ぎながら剣を磨いていた。

 ルヴェリエ帝国では珍しい少し暗めの金髪は短く切り揃えられ、緑の瞳は真剣に刃を捉えている。

 

「僕は君と違って公務があるから休んでいるだけ。でも君のはただのサボりだ」


「違う、俺のは息抜きだ。日々厳しい鍛錬に身を置き、ボロボロになって疲れた身体を休めているんだよ」


 口調も態度も雑でとても貴族の子息には見えないが、これでも公爵家の次男というのだから驚きだ。


「ああ、そう、別にどっちでもいいけど。とにかく僕は見ての通り忙しいんだ。休憩するなら他所でしてくれる?」


 その後も、ぶつぶつと文句を垂れるアルバートを部屋から追い出した。

 

「失礼致します、セドリック様。お客様がお見えです」


 暫くして侍従のソロモンが部屋に入って来るなりそう告げる。まさかアルバートが戻って来たのか顔を引き攣らせるが、話を聞けば門番からの伝言でマイラの招待状を持った怪しげな娘が訪ねて来たとの事だ。

 正直面倒ではあるが、取り敢えず屋敷に入れるように指示をした。



「失礼致します」


 中に入って来た女性を見たセドリックは一瞬目を見張った。

 丁寧に纏め上げられた髪は、目が覚めるように明るく艶やかで美しい金色だ。

 金髪自体東大陸では珍しいが、アルバートのように暗めの金色ならば穂にいる。だが彼女のように明るく華やかな金色は見た事がない。その事から彼女が他所からきた事が窺えた。それにきめ細かな陶器のような白い肌にヘーゼル色の澄んだ瞳が際立つ。

 身なりは平民の物なので質素ではあるが、着飾った貴族の令嬢達よりも綺麗だろう。

 正に洗練された美しさとこういう事をいうのではないかと感じた。


(まあ僕は女性には興味ないから、どうでも良いけど)


「本日は、急な訪問にも拘らずお会いして下さりありがとうございます」


 とても平民には思えないが、彼女は姿勢も悪く挨拶の仕方も平民のそれだった。

 完璧にこなせる人間は中々いないが下級貴族の娘でも、姿勢やカーテシーくらいは覚えさせる。彼女の素性はまだ知らないが、平民に違いないと判断をする。

 ただたまに皇子妃の座を狙い、屋敷を訪ねてくる貴族の娘もいるので油断はならない。


「僕がこの屋敷の主人のセドリックだ。それで君、名前は?」


「ーー申し訳ありません、申し遅れました。私はリズと申します」


「それで要件は?」


「こちらのお屋敷で、雇って頂きたいんです」


 ソロモンから紹介状の話は聞いていたので分かってはいたが、どうしたものかと内心ため息を吐く。


「紹介状、あるんだよね? 見せてくれる?」


「はい、こちらです」


 紹介状をテーブルに置くように促しそれを回収する。

 失礼だと自覚はしている。だが女嫌いのセドリックには、女性から直で手渡されるのは厳しい。

 紹介状に目を通すと、確かにマイラ直筆の本物だった。

 内容は、この屋敷で使用人として雇い入れて欲しい事と彼女に関して記載がされている。年齢、名前、人柄から仕事スキルまでだ。読んだ限りでは、優秀で人柄も申し分はないだろう。だがーー


「あの、何か問題でもありますか」


「いや、ないよ、うん……」


 暫し黙り込むセドリックは、不意に声を掛けられ戸惑い情けない返事をした。


「うちの屋敷、侍女は一人しかいないから仕事量多いし大変だと思うけど」


「全く問題ございません。掃除、洗濯、調理、その他雑務等何なりとお申し付け下さい」


 正直、気が進まないし断りたい。

 この屋敷には、言った通り侍女が一人しかおらず他は全て男性であり執事や侍従、後は護衛や衛兵だけだ。理由はセドリックの女嫌いだからなのだが、正直女手が足りていない。

 侍女のミラは元々セドリックの乳母で、セドリックが普通に接する事が出来る数少ない女性だ。だが彼女は四十も過ぎており、気の利かない男性達へ指示をしたり補佐をしたりするには体力が厳しく、いつも大変そうだ。

 予々侍女がもう一人必要だと思ってはいた。それをどうやら以前ソロモンがマイラに話した事があったらしく、覚えていたマイラが彼女をよこしたというのが事の経緯だ。

 彼女に全く落ち度はないのは分かりきっている。だがやはり女性は無理だ……。


「……分かった。そんなに自信があるなら雇おう」


「ありがとうございます」


「でも、僕は使えない人間を雇うような殊勝な人間じゃない。だから一ヶ月、様子を見させて貰う。もし一ヶ月後、使えないと判断したら即解雇する。それでもいいかな?」


「はい、構いません。宜しくお願い致します」


 一ヶ月の試用期間を設ける事に同意した彼女は、即席で作成した契約書にサインをした。

 途中お茶を手に執務室に入ってきたソロモンに採用した事を告げると、心底驚いていた。まあそれはそうだろう。自分でも、急展開で少し驚いている。

 

「取り敢えず、一ヶ月。宜しく頼むよ」


「はい、善処致します」


 その後、ソロモンに声を掛けて彼女の事を頼み二人は部屋を後にした。

 入れ違いに家令であるジルが部屋に入って来る。

 彼は昔からセドリックに仕えており、城を出る時に連れて来た使用人の一人だ。歳は二十歳程上で、確りとしており信頼も出来る。


「宜しいのですか? 身元の確認も不十分なのにも拘らず、雇い入れてしまって」


「マイラからの紹介だからね、問題ないよ。それに追い返して後から何か言われたらたまったもんじゃないよ。彼女と取引出来なくなるのは痛いから」


 表向きマイラは一見女手一つで子供を養い食堂を営む普通の女性だが裏では情報屋をしている。 

 聞いた所によれば、子供を身籠るまではそっちが本業だったらしいが、子供が生まれて今の生活に落ち着いたようだ。本来ならば裏の仕事からは足を洗いたいのだろうが、如何せん子供の父親が逃げたので生活する為には仕方がないのだろう。

 こちらとしては、優秀な情報屋で助かっているのでこの先も続けて貰いたい所だ。

 公務をするにあたり、帝国貴族達の動きや地方の情報から他国の水面下の情報に至るまで手に入る。

 叔父からの紹介で信頼も出来るので、言い方は悪いが使い勝手がいい。そんな理由から、彼女とは良好な関係でいたい。


「害になりそうな感じではなかったし、取り敢えず一ヶ月様子を見るよ」


 というのは建前で、一ヶ月後適当な理由をつけて解雇する予定だ。

 彼女には申し訳ないが、女嫌いのセドリックにはミラ以外の女性が自邸にいる状況は耐えられない。

 どこか適当な奉公先でも探して紹介状を渡せば、マイラも納得するだろう。



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