四話〜迷子の少年〜
ラルエットの市街で宿を探さなくてはならないが、街を散策したり食事をしている内に午後になってしまった。その為、どの宿も満室で入れない。
少し焦りながらエヴェリーナが歩いていた時だった。前方に蹲る子供を見つけた。
「あの、どうかされましたか?」
道端で蹲る少年に声を掛けると顔を上げた。
「えっと、迷子になっちゃって……」
「それはお困りですね。私で宜しければお力になりますよ」
「本当? あのね、実はボク目が見えないんだ。それでーー」
少し躊躇う様子を見せながらも、少年は迷子になった経緯を説明してくれた。
彼の名前はロニーで、年齢は九歳。家は食堂を営んでいるそうだ。そんな彼は生まれ付き目が不自由らしいのだが、近所に住む子供達に度々嫌がらせを受けているという。
「皆優しい人ばかりだけど、ディック達だけはいつもボクに意地悪なんだ」
ディックとは近所に住むロニーを虐めている子供の一人だ。他にも数人いるそうで、ロニーは彼等に強引にこの場所まで連れて来られ置き去りにされたそうだ。
「母さんと一緒に行った事がある場所なら自力で帰れるんだ。でも沢山歩いたし、ここがどこか分からなくて。杖もディックが持って行っちゃったみたいだし……」
始めは気丈に振る舞っていたが、話をしている内にロニーは徐々に顔を歪ませる。
きっと不安だったに違いない。まだ九歳で、ましてや目が不自由なのだ。見知らぬ場所に置き去りにされるなど怖いに決まっている。
「お家の場所の説明は出来ますか?」
「うん、出来るよ」
「でしたら一緒に行きましょう」
日没まで後僅かで、それまでに宿を探さなくてはならないが、このまま彼を見放す事など出来ない。
エヴェリーナはロニーと手を繋ぎゆっくりと歩き出した。
ロニーから聞いた地区や店の名前を頼りに、店の人や道行く人に場所を聞きながら小一時間くらい掛けどうにかロニーの家に辿り着いた。
予想以上に時間が掛かり、あんなに遠くに置き去りにした少年達に憤りを覚える。
もしあのまま日没を迎えていたら大変な事になっていた筈だ。嫌がらせにしても度が過ぎる。
店の扉には閉店の札がぶら下がっており中には誰もいなかったが、暫くすると外から褐色肌で長身の女性が入ってくると「ロニー‼︎」そう言って駆け寄り抱き締めた。
「なんとお礼を言っていいか……。お嬢さん、本当にありがとう」
「いえ、偶然通り掛かっただけですから、お礼を言われる程の事では」
「いいや、お嬢さんがいなかったら今頃どうなっていたか……」
「そうだよ! お姉さんがいなかったらボク、お家に帰れなかったもん。だから母さん、ちゃんとお姉さんにお礼してあげて」
「はいはい、言われなくても分かってるよ」
それから何だかんだと引き止められ、気付けば窓の外は真っ暗だ。
エヴェリーナは促され食堂のテーブルに着く。すると目の前には大量のご馳走が並べられていった。
「二階に寝床用意したから使って」
食事を終えると疲れたロニーが座ったまま寝てしまった。
エヴェリーナは長居してしまったと、帰ろうとするがマイラに引き止められ結局泊めて貰う事になった。正直、野宿の文字が頭を過ったのでありがたかった。
エヴェリーナはベッドに横になる。
宮殿で使っていたベッドの何倍も質素なベッドやシーツだが、とても心地いい。
嫁いでからずっとゆっくり眠る事が出来なかった。
宮殿を出て、ジュリアスの側を離れ先ず感じたのは解放感だった。
離縁を言い渡された時はただ虚しさだけを感じていたが、今はもう何の懸念も責務もないと思うと心が軽い。
残してきた人達の事を考えると色々思う事はあるが、後の事は皇太子や再婚相手のメリンダがどうにかしてくれるだろう。
(もう、いいよね……)
エヴェリーナは瞳を閉じると直ぐに深い眠りに落ちていった。
夜明けに目を覚ましたエヴェリーナは、身支度を整える。
窓を開ければ涼やかな風が流れ込み、差し込む朝日に照らされた。
「おはようございます」
「なんだい、もう起きたのかい? もっとゆっくり寝ていたら良かったのに」
一階へ降りて行き、朝食の準備をしていたマイラに声を掛ける。
「よく眠れたかい?」
「はい、お陰様でゆっくり休ませて頂きました」
「そうかい、それなら良かったよ」
「あの、ご迷惑でなければ何かお手伝いをさせて頂きたいのですが」
「息子の恩人に手伝いなんてさせられないよ。お嬢ちゃんは、そこに座ってゆっくりして。もう直ぐ朝食が出来上がるからね」
昨夜も夕食を出して貰った。
タダで泊めて貰った上に食事までご馳走して貰い申し訳なくなる。
お金を支払うと申し出ても先程のような調子で断られてしまった。
エヴェリーナが諦めて食堂の適当なテーブルに着くと、ロニーが起きてきた。
「おはようございます、ロニー」
「おはよう、お姉さん」
見えていない筈なのに、杖もない状態でふらつく事なく真っ直ぐに近付いてくるとロニーはエヴェリーナの向かい側に座った。
その様子に素直に感心してしまう。
「家の中なら杖がなくても自由に動き回れるんだ」
察したようにそう言われ、目を丸くする。
彼は人の僅かな気配の変化に敏感なのだろう。そしてきっと沢山努力してきたに違いない。
「朝ごはん出来上がったよ」
暖かいスープにパンにジャム、オムレツにソーセージ、サラダ。
テーブルには沢山の食事がマイラによって並べられる。
彼女はロニーの隣に座ると、祈りを捧げ三人で食事を始めた。
昨夜は、ロニーの事を虐めている少年達の話題で終わってしまったので、改めてエヴェリーナは自己紹介をする。
「西大陸なんて、随分と遠くから来たんだね。まだ若いのによく一人で来れたもんだ。偉かったね」
そう言って笑う彼女の言葉には全く悪意がない。
ただエヴェリーナはもう直ぐ十九歳になるのに、子供扱いされ少し恥ずかしくなる。それに聞いた所、マイラは二十代後半らしいので余計だ。
「ロニーが目が不自由だと分かった夫は逃げちまってね。それからはこうしてロニーと二人で暮らしている」
この地に来たばかりで情報が必要だと考えたエヴェリーナは、大まかにどこから来て今仕事先を探している事を説明し、更に良い機会だとマイラにルヴェリエ帝国の事を色々と聞く事にした。そんな中で話はマイラとロニーに関する事になり、彼女の夫が失踪したと知った。
「だから遠慮なんてしなくていいんだよ。仕事が見つかるまで、うちにいたらいいさ。ここにいれば寝床と三食は保証するよ」
「ボクも、お姉さんがいてくれたら嬉しい!」
出会ったばかりの人にお世話になるのは申し訳なく気が引けるが、いつ仕事が見つかるかも分からない状態だったので二人からの提案に甘える事にした。