十三話〜剣術大会 二〜
エヴェリーナはソロモンと共に最前列の席に座ると、ぐるりと円形の闘技場を見渡した。
まだ始まっていないが、既に白熱する観客達の勢いに少し引き気味になる。
貴族が大半と聞いていたのに、流石に落ち着きがないのではと思う。
「随分と賑やかなのですね」
「びっくりしちゃいましたか? 剣術大会では、賭博をするのが一般的なので皆さん興奮されているんですよ」
確かにローエンシュタイン帝国でも貴族達の中には賭博をする者もいたが、大っぴらにする風潮ではなかった。寧ろ品位を重んじる帝国貴族は嫌厭する者が大半だったのだが、どうやらルヴェリエ帝国では公然と行われているらしい。
ここに来る道中、大会の品位が〜などと勝手に考えていた自分が恥ずかしい。無意識に自分の見解を当然と思ってしまっていた。
「貴族なんてこんなものですよ。一皮剥けば、私達と変わらないただの人ですから」
顔に出ていたのか、ソロモンはエヴェリーナの心を読んだようにそう言うと笑った。
「そうですね……」
国が違えば常識も変わるだろうが、余りにエヴェリーナが知っている貴族とは違った。
西大陸では、ローエンシュタイン帝国のみならず連なる国々もまた何よりも気品さを重んじていた。規律正しく、平民と貴族の線引きは絶対でありソロモンのような考えの人間は初めてだ。
「それと、あちらにいらっしゃるお方が皇帝陛下です」
ソロモンの視線に促されエヴェリーナは視線を上へと向けた。
エヴェリーナ達の正面の最上列の一部には特別な席が設けられており、周囲は騎士や兵士達により厳重に警備されている。
「お隣に座られているお方が后妃陛下でーー」
皇帝の隣に座っているのが后妃、一段下がった列に座っている銀髪の長い髪の青年が皇太子。その隣は空席でその隣には銀髪の少女の第一皇女。更にその隣には暗い金髪のあどけなさが残る第三皇子が座っている。ただ第二皇子の席だけが空席なのが気になった。
「リズさん、そろそろ始まりますよ」
試合はトーナメント方式で行われる。
出場者は計二十人。
セドリックの出番は、三試合目みたいだ。
今日は、本戦であり予選は事前に行われている。騎士団員が主で、予選人数は数百人にも及ぶらしい。
エヴェリーナが思っていたよりも遥かに大規模な大会で驚いてしまう。
観客も一万人近いので、国を上げたお祭りと言ってもいいだろう。
ソロモンが、試合を観戦しながら色々と補足説明をしてくれる。
ただふと疑問に思う。
確かセドリックが、大会に出場する事を決めたのは最近だ。そんな大規模な予選もあるのに急に本戦に参戦など出来るものなのだろうか……。
「次の出場者、アルバート様ですよね?」
「みたいですね。アルバート様なら絶対に勝ちますよ」
セドリックの友人とは聞いていたが、どうやらアルバートも騎士団員だったらしい。
「ああ見えて、第二部隊隊長ですから」
「そうだったんですね」
セドリックが騎士団に所属していて隊長なのだから、もはや驚く事はなく納得をする。
「実は私も元騎士団員なんです」
「え……」
だが次のソロモンから告げられた事実には流石に驚いた。
「セドリック様管轄の第三部隊に所属していたんですけど、私には騎士が向いておらず辞めたんです。ただ騎士になるって大口叩いて出てきた手前、故郷にも帰れないし途方に暮れていた時、城を出るセドリック様から付いてこないかと声を掛けて頂いたんです」
(城を出るとは一体……?)
彼の話を途中まで苦労話としんみりと聞いていたが、城を〜辺りで頭に疑問符が浮かんだ。
「セドリック様は、お城で働いていらしたのですか?」
「ふふ、違いますよ。あれ、言ってませんでしたか?」
そう言ってソロモンが軽く笑った時、会場が更に騒がしくなる。これまで男性の声が主だったが、急に女性達の所謂黄色い声が響いた。
「セドリック様〜‼︎」
「頑張って下さい‼︎」
「セドリック殿下〜!」
颯爽と姿を現したセドリックをエヴェリーナは凝視する。その間も声援は鳴り止まず、隣ではソロモンが話を続けた。
「セドリック様は、この国の第二皇子なんですよ」
エヴェリーナは目を見張り衝撃を受ける。
「第二、皇子殿下……ですか?」
「はい。諸事情でお城を出られて、今はお屋敷で暮らしていますけど」
エヴェリーナは混乱しながらも、冷静に思考を巡らせる。
上級貴族かも知れないと思っていたが、まさかの皇子だとは思わなかった。
予備知識で、ルヴェリエ帝国には皇子が三人、皇女が一人とは知っていたが、確か皇太子より下は皆まだ十代だった筈。
爵位も賜っていないうちから城を出るなど、流石に予想外でそんな発想はなかった。
それよりも、この状況は不味いのでは……。
元とはいえエヴェリーナは他国の皇子妃だった。国同士ほぼ交流のないとはいえど、もし正体が知れたら色々と問題になりそうだ。
例えばスパイや暗殺の疑いをかけられるなど……。
「あ、リズさん、試合始まりますよ!」
視線こそセドリックを捉えているが、意識は完全に上の空で何も見えていない。そんな中、ソロモンの声に我に返る。
「始め‼︎」
掛け声の後に先程よりも更に大きな歓声が上がった。
対戦相手は小柄なセドリックよりも頭一つ分以上高く横幅も大きい。正直、見た目だけで判断するなら勝てる気はしない。だがセドリックは、相手からの攻撃を軽く受け流す。小柄で身軽故からか、俊敏な動きで相手を翻弄し程なくしてセドリックに軍配が上がった。
その後、セドリックは次の試合でアルバートと当たったが、勝ち進んだのはセドリックだった。素人目には互いに逼迫した様子に見えたが、ソロモン曰くセドリックの圧勝だという。
次々に勝ち進み、決勝まで残ったセドリックは毎年優勝しているという騎士団長と戦う事になった。
決勝ともなると騒がしかった会場は緊張感に包まれる。誰ものが息を飲み見守る中、接戦の上セドリックは敗北をした。