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十話〜変人〜



 朝、セドリックが屋敷を出ると、庭にリズの姿があった。彼女もこちらに気がつくと小走りで近付いてくる。


「セドリック様、おはようございます」


「おはよう」


「お出かけですか?」


「うん、今日は所用があってね」


 一ヶ月に一度、騎士団では各隊の隊長、副隊長を集めて会議が行われている。流石に参加しない訳にはいかず、今日は登城するしかない。


「そうなんですね。あ、少しお待ち頂けますか」


 何かを思い出したように声を上げると、彼女は花壇へ行き直ぐに戻って来た。


「こちら、今朝咲いたスミレの花です」


 小さな純白の花を差し出され、セドリックは後ろに控えている護衛のブライスに目配せをすると、彼は無表情でリズから花を受ける。


「ありがとう」


「いえ。お気をつけて、いってらっしゃいませ」


「行ってくる」


 セドリックは馬車に乗り込むと、窓の外を眺めながら

 リズを正式に雇い入れてから半月が経つ。

 彼女に関しては、正直不明点が多い。

 人を見る目が確かなマイラの紹介故、刺客の線はないだろう。

 ただソロモン達の報告によれば、彼女は自身の事を話したがらないらしい。出身はやはり西大陸みたいだが、国やこれまでどうやって暮らしてきたかなどは曖昧に話しているようだ。まあ所謂訳ありといった所か。

 

 セドリックは、先程リズから貰った花を手弄る。

 純白の花と彼女の笑顔が重なる気がした。


 彼女が何者だろうが関係ない。

 今は自分の屋敷の侍女だ。

 真面目に働いて、害をなさないならそれでいい。誰にでも人に言えない秘密が一つや二つあるものだ。無理に追及する必要はないだろう。


 

 




 暫く来訪がなく平和な日々を過ごしていたが、また性懲りも無くアルバートがやってきた。

 ソファーに座ると、早速剣を取り出し磨き始める。

 その姿に先日の騎士団の会議で、全く話を聞いていない様子を思い出す。隣に座る第二部隊の副隊長が項垂れており哀れだった。だがかくいうセドリックも、欠勤ばかりなので顔を合わせれば副隊長からいつもくどくどと説教をされているのだが。


「アルバート、剣を磨くなら他所でやってよ」


 以前まではサボっている事に呆れていたが、今は剣を磨いている事が気になって仕方がない。

 何故ならリズがお茶を持ってきたからだ。


(手元でも狂ったら、危ないだろう……)


 最近、リズがお茶を淹れる事がある。

 お茶に関してこれまで特に拘りはなく特別美味しいと感じた事はなかったが、リズはお茶を淹れるのも上手く、彼女が淹れたお茶をセドリックは気に入っている。ジルやソロモン達と同じ環境で淹れた筈なのに不思議だ。

 それにしても、アルバートにまで振る舞う必要はないだろうに。


(ジルもソロモンも一体なにをしているんだ)


 彼はどこでも剣を磨くような変人だ。彼女を近付けるのは色んな意味で危険だ。


「君が噂のリズ嬢か。俺はセドリックの友人のアルバート・ブルダリアスだ。よろしくな」


 どうやら護衛騎士の誰かがリズの話を洩らしたらしく、第三部隊のみならず他の部隊にまで噂が広がっているみたいだ。女嫌いの第二皇子が、屋敷に若い侍女を雇い入れたと。

 


「こちらで働く事になりました、リズと申します」


「ああ、そうだ! 今磨いている彼女は、クリスティーヌっていうんだ」


 剣をこよなく愛しているアルバートは、剣に名前をつけ更に剣に当然のように話しかける、やはり変人だ。

 彼との付き合いは長いが、今更だがよく友人になったと我ながら感心をする。


(僕、どうやって友人になったんだろう……。いや、どうしての方が正しいか)


「?」


 暫し昔に思いを馳せていると、目の前で繰り広げられているおかしな光景に我に返った。


「リズ、お茶が一人分多いよ」


 ソファーにはアルバート一人しか座っていないにも拘らず、何故かカップが二つ並べられている。


「そちら、クリスティーヌ様のものです」


 当然のようにそう言われたセドリックは呆気に取られた。

 

「リズ嬢、君はなんて素晴らしい人だ! こんな気遣いを受けたのは生まれて初めてだ!」


「だろうね……」


 そう呟くと顔を引き攣らせる。

 彼女が寛大なのかはたまたアルバートと同じ分類の人間なのかは分からないが、後者でない事を祈りたい。


 リズが退室した後、アルバートはいつになく機嫌が良い。時折り「クリスティーヌ、お茶を飲むか?」などと言っているのが聞こえてくる。正直、早く帰って欲しい……。鬱陶しい。


「いや〜、女嫌いのお前が新しく侍女を雇い入れたって聞いて驚いたが、あんなに良い人なら納得だ」


「まあ、確かに彼女は真面目で仕事熱心だし、良い人材だね」


「ほう〜」


 アルバートはニヤニヤとしながら意味深長な視線を向けてくる。

 

「言いたい事があるなら、ハッキリ言ってくれる?」


「いや、さっきも思ったが……彼女の事、好きなのか?」


「は……?」


 一体何を言うのかと思えば、冗談が過ぎる。


「彼女が隣にきても平然としてたしさ。それとも女嫌いを克服したのか? ああ! なるほど、リズ嬢に克服させて貰ったのか!」


「そんな訳ないだろう⁉︎」


「なんだ、俺はてっきり男としての悦びを身体で教えて貰ったのかと思ったんだが」


 何故かアルバートは残念がり、言われたこっちが恥ずかしくなった。

 

 女性嫌いを克服した訳ではない。

 至近距離は遠慮したいが、そもそも会話する程度なら我慢は出来る。だが触れるのは絶対に無理だ。想像しただけで嫌悪感を覚え、全身が粟立つ。それに女性に触れられると、発疹が出来る。これは精神的なもので、自分ではどうしようもない。

 それ故に、舞踏会などでダンスはした事がなく、社交界にも必要最低限しか顔を出す事もない。

 年齢的にも、周りからそろそろ婚約者を決めろとせつかれているのが最近の悩みだ。


「そう言えば、もう直ぐ剣術大会だろう? セドリックは、今年も不参加なのか?」


「別に興味ないし」


「また団長が残念がるな。一回くらい出てみればいいのにさ」


 自分で言うのもなんだが、剣の腕には自信がある。最近は公務ばかりで稽古を怠ってはいるが、朝の鍛錬だけは欠かさずにしていた。ただアルバートのように剣命でもなければ騎士道に人生を捧げるつもりもない。そもそもが騎士団に入団した動機も不順である。


「アルバートは参加するんだろう?」


「当然だ。今年は必ず決勝まで残ってやる」


 優勝ではなく決勝までなどアルバートの人柄を考えると謙虚に思える言い回しだが、それにはちゃんとした理由がある。

 剣豪と呼ばれる副団長は毎回不参加だが、騎士団最強である団長は必ず参加する。その時点で誰も優勝など出来ないのだ。毎年優勝するのだから、いい加減遠慮すればいいもののと誰もが思っている。


(本当、大人気ない人だよね)


「まあ頑張って。僕は高みの見物してるから」


 セドリックは自分には関係ないと、軽く笑った。

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