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月に恋した男

作者: 清水進ノ介

月に恋した男


 昔、昔、ずうっと昔。まだ人間が、石の斧や槍を持って、狩猟生活をしていたころ。とても足の速いことで知られた、一人の男がいた。

 定めた獲物はどこまでも追い、必ず仕留めた。ひとたび狩りに出れば、必ず肉を獲って集落へと帰った。男はたくさんの女から、子供を作りましょうと頼まれた。誰もが男のような、優秀な狩人を、子供を欲しがったのだ。


 しかし男は、頑なにそれを断った。お前達のような女は、俺にふさわしくないとすら言い放った。なぜなら男には、意中の相手がいたからだ。

 それは、月だった。

 ずうっと昔、太陽や月は、神だと信じられていた。宇宙に浮かぶ、大きな石っころなどではなく、人格ある存在だと信じられていたのだ。

 子供の頃から、男は月に恋をしていた。ある時には、豊満に大きな光を放つ。またある時には、魅力的な曲線美を披露する。いじらしいことに、闇へと隠れ、姿を見せぬ時まである。この世のどんな女より、男の目には、月が魅力的に映ったのだ。


「おおい、月よ。お月さんよ。この俺が呼んでいるのだ。早く俺のところへ下りてこい」

 男は何度も、月に向かって呼びかけた。仕方のないことだが、その問いかけが返ってくることはない。月は毎日、暗闇を晴らすように、ふわりと浮かび上がる。しかし時が経てば、世界の果てのどこかへと、姿を隠してしまう。男にはそれが許せなかった。優秀な狩人であるが故の傲慢さが、男の中にはあったのだ。どうしても月を自分のものにせねば、気が済まなかったのだ。


 男はある日、決意した。

「お前が下りてこないのなら、俺が捕まえに行ってやる。俺には誰にも負けぬ俊足がある。お前が下りてゆく、あの世界の果てまで、走り通してみせよう」

 男は走った。夜の間中、月を目指して走り続けた。昼は獲物を狩り、食べ、そして眠る。そして月が浮かぶのと共に目覚め、また夜の間中走り続けた。


 幾日走り続けたかは分からない。数か月かもしれないし、数年かもしれない。時には草木がうっそうと茂る森の中を、干からびた砂漠を、険しい山々をも超えてきた。一心不乱に走り続ける日々の中で、かつての傲慢さは消え、男の中に残ったのは、恋する女に会いたいという純粋さだけだった。その一途な想いが、男の脚を動かし続けたのだ。


 そしてある時、不思議なことが起きた。男はいつものように、月を目指して夜通し走っていた。すると男の体が、突然ふわりと浮かび上がり、月へと向かい昇り始めたのだ。

「おお、お月さんよ。これでようやく、お前に会える。会いに行くよ。お前さんのもとまで……」

 しかし男はふと気になり、地上へと目を向けてみた。

 そこには、ここにいるはずの自分がいた。

 それがどういう事か、男には理解ができなかった。しかし男には、そんなことはもはやどうでもよかった。


 男は月へと昇り続け、やがて光を放ち始める。そして男は光の粒となり、どこかへ消え、満月の光は、地上に残された男の体を、優しく包み込んだ。男の顔は、とても、とても、幸せそうだった。


おわり

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