打算ありの優しさであって彼女のためではなかった
なんちゃってアジア系の話を書きたくてようやくできた。
生まれ変わったら王族だった。
王族と言っても100人以上いる王族で、たまたま女官に手を付けた王族など末端も末端にすぎない。妻の実家が権力を持っていて、後宮でも大きな顔が出来る王子ならいざ知らず、家がそこそこの立場が弱い鬱憤の溜まっている王子や側室からすれば不満のはけ口として女官の息子として産まれた王子など丁度良いサンドバックだろう。
つまり、王子だヒャッハーなどできなかった。
(あっ、違った。王族ではなくて、皇族だ)
なんちゃって和風……いや、中華の文化も混ざっているからなんちゃってアジアな国に王子……いや、皇子として産まれた俺は心の中で愚痴りながら足を進めている。風向きからすればこちらであっていると思うのだがと頭上を見ると、
「あった」
何番目だったかの兄によって投げ捨てられた着物。兄からすれば何着もある着物の一つかもしれないが、実家の支援もないお手付きで生まれた皇子にとっては貴重な着物だ。大事にしないと罰が当たる。
木の幹の太さ。枝など足を引っかけやすい形なのか確認すると誰も見ていないのを確認して木に登っていく。
(前世では木登りしたことなかったんだけどな……)
正直、前世よりもハードモードだ。いっそここから出て行けばいいのだが、まだ未成年であり、もしもの時のための予備である皇子はこの後宮から出られない決まりなのだ。
つまり、そんな行き場の無い鬱憤をより弱い奴にぶつけているというわけだ。
「俺も前世の記憶が無かったらとっくの昔に壊れていただろうな」
逃げ場のない環境に耐えられず。
「いや、とっくの昔に壊れてその影響で前世の記憶が戻ったかもしれないか」
無事木の上に上り終え、着物を回収できた。
「あっ、こんなところに果物か」
前世では見たことない木だったけど実が成っている。味はどうかなとか熟しているかなと恐る恐る口に運ぶ。
「あっ、美味い」
味は桃に似ているな。食事も満足に取れない……実家の支援の無い皇子では食事は質素なもので時折、ライバルは排除したいという思考とか甚振る名目で毒とか腐った野菜とか使用されているのだ。食べ物を大事にしろよと前世日本人の魂が宿っているからそんな事を思ってしまう。
「これドライフルーツにしたらしばらく食事に困らないかな。試してみても……」
とぶつぶつ呟いていたらふと木の下が喧しくなってきた。
そこには煌びやかな着物に身を纏った女性陣たち。その女性陣が取り囲んでいるのは巫女装束に身を包んだ一人の少女。
「橘さまの正妃になるのは杏さまよ。いるかいないか分からない竜の巫女という立場で正妃になろうなど身の程知らずが!!」
とひと際煌びやかな女性の隣にいる女性が巫女装束の少女を持っていた扇で叩いている。
巫女装束の少女はすでにぼろぼろの格好でよろよろと、
「わ……私、そんなつもりは……」
と弱々しく反論するが、
「言い訳は無用!!」
と別の女性に足蹴にされる。
「…………」
正直見ていて不愉快だった。何か方法ないかなと思って辺りを見渡すと桃もどきを食べている虫を発見した。
これならいいかと思って桃もどきを落とす。
「えっ?」
いきなり落ちてきた桃もどきにびっくりしているとその桃もどきに虫がこびりついているのに気づいて、
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
と悲鳴を上げると一目散に逃げていく。
この騒ぎに他の人が来たら大変だと思ったのですぐに木から降りると巫女装束の少女の腕を掴んで、
「こっち」
と片手に着物を抱えて少女を引っ張って物陰に隠れる。
迷路のような後宮を走り回って、ひとまず安全な場所に辿り着く。
「大丈夫。助けるのが遅れてごめんね」
砂で汚れてしまった巫女装束を払い落とすように軽く叩く。
少女と言いながらも多分外見年齢は自分よりも年上だ。精神年齢は前世を合わせると自分の方が上だけど。
「い、いえ……大丈……」
ぐぅぅぅぅ
盛大なお腹の音が響いた。
一瞬自分かと思ったけど、すぐにそうではないと気付く。
「「……………」」
顔を見合わせていると少女の顔がたちまち真っ赤になり、
「ご、ごめんなさい……」
と謝ってくる。
「いや、良いけど……」
腕に持っている服の中には桃もどき。
「食べる?」
「えっ、でも……」
ぐぅぅぅぅ
再び聞こえるお腹の音。
「…………イタダキマス」
恥ずかしそうに小声で告げて、そっと桃もどきを受け取る。
一口齧っただけで少女の顔がほころぶ。おいしいからね。分かると頷いているが少女はそんな挙動不審な自分に気付かずに食べ続けている。
「ありがとうございます。おいしかったです」
桃もどきでべたべたになった手と顔を何か拭くもの無いかなと辺りを見渡して、さすがに持っている服で拭いてもらうのは困るなと思ったので、何かないかと探していたら、形や大きさが水を溜めやすそうだなと思ったものに気付いたのでそこに水を入れて持ってくる。
こういう時、前世で見ていた子供番組って役に立つんだなと思ってしまう。布とかが無いので手で拭いてもらうしかないのは申し訳ないが、この着物が自分の持っている唯一と言っていいまともなモノなので汚すわけにはいかないのだ。
「まだまだ私も修行不足ですね……」
顔と手を拭き終わって意気消沈というか落ち込んでいるので食べ方が汚かったから淑女としてはしたないと思ったのかと首を傾げると。
「絶食の修業中だったのに……」
「ちょっ、ちょっと待ってっ!!」
絶食。いや、そういう修行もあるけど、育ち盛りの子供がそれを行うと成長に大きな影響を与えるだろうし、それに何より。
「竜を崇めている神官たちはぶくぶく太ってたくさん食べているけど」
後宮を冒険しているとよく見えるのだそういうのを。そう、三大欲の二つを堪能している神官たちを。
後宮なのにいいのかと疑問を抱いたけど、まあ言わぬが花というか面倒ごとに巻き込まれそうな気がするので見なかったことにする。
ああ、そういえばそれをしていた側室が言っていたセリフが、
「”お布施だから気にしなくていいよ”」
だったな。お布施ならなんでも受け取れるんだなんて都合のいい言葉なんだろう。
「そっ……そうですねっ!! お布施なら……」
自分に言い聞かせるような言葉を告げて、
「ならば、”竜神さまの加護がありますように”」
と祈りの言葉を述べてくれる。
「本当にありがとうございます。あっ、自己紹介をしていませんでした。私芙蓉と言います」
頭を下げて自己紹介をされる。
「あっ、俺は、柳」
名乗りながら竜巫女の芙蓉って聞いた事ある気がするなと首を傾げてしまう。まあ、兄の婚約者とか正妻だと言われていたから噂で聞いたんだろうとその時は特に考えなかった。
ただ、彼女の言葉のおかげかそれからほんのちょっとしたいい事が続いたのでそれからも彼女を見かけると、お布施と称して持っていた食べ物を分けていた。というのもその後も何度か嫌がらせを受けている……というか皇太子の兄すら冷たく当たっている様を目にして、ほっとけないという気持ちになったのもあるし、お布施を続けて行けばなんとなくいい事が続きそうな気がしただけで完全な自分勝手で利己的な考えだった。
ほら、ジンクスって続けていくといい事があるような気がするというあれ的な意味だったのだ。
そんな日々を続けてきて、ある日突然兄である皇太子の言葉を聞いて雷に打たれたような衝撃に襲われた。
「竜巫女なんてそんな眉唾物になんで付き合わないといけないんだ。第一、芙蓉という名前に似つかわしくない凡庸な見た目だし、芙蓉じゃなくて【不要】の方が正しいんじゃないか」
「ふふっ、太子さまお上手ですわ」
いつものごとく散歩をしていて、そろそろ成人を迎えるから後宮から出られるが、貧乏お手付きな皇子に行先はないから神殿勤めか一庶民になるしかない。皇族が庶民など醜聞になるからと神殿に仕えることになるが、生活はよいとは思えないのでまだ脱走して暮らした方がましだろうかとまあ世間知らずなのは自覚しているので確認しないと何とも言えないなと考えていたのだが、そんな矢先に聞こえた芙蓉を侮辱する言葉。
そこで芙蓉を馬鹿にした事に怒りを覚えたというわけではない。怒りを覚えてもそれに対抗するすべはないし、芙蓉の扱いの酷さはすでに知っている。
問題は兄の言ったセリフ。
『芙蓉じゃなくて【不要】の方が正しいんじゃないか』
それは、前世読んだ何かの作品にあったセリフだ。
(確か内容は…………)
竜の巫女である芙蓉は婚約者を含む貴族や神殿関係者の人達に冷遇されてきた。そんな彼女を疎ましくなった皇太子が彼女を偽の巫女だと罪を被せて殺そうとした矢先に竜が降臨して彼女を連れ攫い彼女を冷遇した皇太子たちを含む国を滅ぼしました、めでたしめでたし……。
「って。駄目だろう!!」
これ以上聞き耳……いや、偶然聞こえただけだろうけど、これでばれたらやばいと少し離れた場所に移動して耐えられなくなって口を開く。
冷遇した面々が罰せられるのは別にいい。だけど、国を滅ぼすのは間違っている。皇太子や神殿のしていることを知らない民の方が圧倒的に多いのに滅ぼすのはやり過ぎだ。まあ、神の基準で分別するなんて難しいかもしれないけど……。
「何が駄目なの?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
考え事をしていたら後ろから声を掛けられて驚いて声が出てしまう。
「あっ、ごめん。こんなに驚くとは思わなかったわ」
と謝ってくるがすぐに楽しそうに笑いだす芙蓉。
「笑ってる」
「だって、いつも周りを警戒している柳にしては珍しいんだもの」
ふふふっ
心底おかしそうに笑う芙蓉に、笑われて恥ずかしいやらさっきの話を聞かれていなかったかとかドキドキしてしまう。
「で、何を考えていたの?」
じっと覗き込まれて、こちらを窺う様に付き合いが長いからバレていたのかと苦笑いを浮かべて、
「いや……、そろそろ成人だから神殿に送られると思うんだけど」
本当は前世読んでいた話の内容を思い出して、その世界に転生してしまったことでその作品の不条理さを責めていたところだ。だけど、実際にはそんなことを言えないのでその前まで考えていたことを伝える。
「神殿っ!! ど、どこっ⁉」
興奮したように言いだすのでなんでそこまで興奮するんだろうとちょっと引いてしまう。
「さあ? まあ、でも、環境の悪いところだったら脱走しようかなと思っている」
と先日作った干し芋を袖から取り出して渡す。
「ありがとう。どうしたの。これ?」
「んっ。数年前に後宮を散策していたら塀が壊れていたところを見付けてそこから外に出て芋を見付けたって、話をしたっけ? こっそり育ててきたけど、ようやくコツをつかんだのかたくさん作れたからお裾分け」
相変わらず食事量少ないでしょうと尋ねる。
「で、でも……柳も食事量が少ないでしょう。先日またこっそり毒を盛られていたって聞いたけど」
ああ、確かに毒を盛られた。だけど、最近になって解毒剤の作り方が書かれてある書物も探索して見つけたし、薬草も発見した。……たぶん、何代か前の側室が自衛のために育てていたのだろう。幼少の時は行動範囲は狭かったが大きくなるにつれてそういう箇所をいくつも見つけることが出来るようになったのだ。ちなみに薬草の他にいくつか古い道具も見つけてこっそり薬を作って外に販売している。
これらもすべて、芙蓉と知り合ってから運がいい方に巡ってきたと判断している。
「芙蓉のおかげで食事も手に入りやすくなったし、薬の知識も得たから劣悪な環境の場合……というかたぶん劣悪だろう。兄たちもいるから」
王太子やその予備の兄たちやそこそこ家柄の良い兄たちなら新しい公家とか宮家を作れるだろうけど、所詮お手付きとかは難しい。
そんな場所でまともに育てればいいが、憂さ晴らしとか鬱憤が溜まっているとしたらまたサンドバックの日々だろう。
成人前だけの我慢ではなく、今度は一生の。
「だから、それなら出て行って庶民として暮らした方がましだろうから」
まあ、いくら冷遇されていたとしても生活基盤はだいぶ落ちるだろうが、それでもそっちの方がましだと思うのだ。
「塀を潜った時にさ、たまたま行商人の老人に会ってさ、その時自分のお弁当だったのに分けてくれたのが嬉しかったんだよね。まあ、優しい人ばかりじゃないだろうけど、神殿で暮らすよりもさ、たぶんその方が俺に合うんだよな」
まあ実際暮らしてみないと分からないだろうけど。少なくともサンドバックよりはまともだ。
「芋も作れるようになったし、薬草も育てて薬も作れてきたし、お金も少しは稼げてる。まあ、生活するにはかつかつだけど」
庶民の暮らし、助けてくれた優しい人。それらを会話に混ぜるのはわざとだ。
あの前世の話がこの世界と同じとは思わないが、あの物語の竜巫女芙蓉を助け出す時に国が滅んだ。だけど、今目の前にいる芙蓉に国には民がいて民は悪い人ではないと伝えればもしかしたら芙蓉が酷い目に合って、竜が降臨した時に芙蓉が民を救うように伝えてくれるかもしれない。
「どちらの選択をしても芙蓉に会えなくなるな」
本当は物語通り芙蓉が酷い目に合うのなら防ぎたいが、成人したら芙蓉に会えなくなる。身分は元皇子になって、皇太子の正妻になる芙蓉とは身分の差があり過ぎるのだ。
「あっ……」
芙蓉が何か言い掛けたが言葉にならなかったようだ。
「幸せに……って、無理かもしれないけど、もしいやだったら逃げていいから」
あの兄相手だと幸せになれない気がするし、物語の設定だと冤罪を掛けられて殺される。それならばいっそ逃げてしまえばいい。
「人のこと言えないけど、芙蓉を利用する人たちから逃げていいと思う」
俺も結構利用したからなと告げるときょとんとした顔をした芙蓉の傍から立ち去った。
それから数年たった。
神殿に向かう途中で無事に脱走をして持ってきていた薬草の苗や種芋を使って細々と田舎で暮らしている。まあ、最初は村人に警戒されたが薬草で作った薬や種芋で村の食糧難や医者不足を補えたので今ではすっかり受け入れられている。
田舎の村なので皇帝や皇太子……竜巫女の情報は入りにくいが、竜巫女が皇太子の正式な妻になるのが決定したようだ。
そういえば、竜巫女や竜を崇めている神官や神殿の由来をあまり知らなかったのだが、この村に辿り着いてようやく由来を知った。
この国はもともと水に恵まれない土地だったそうだ。そこに一人の青年が神に祈り水を望んだ。それに竜と竜の娘が応えて竜の娘を幸せにするのなら水を与え続けると約束したのだ。青年は最初の王になり竜の娘は竜の巫女として何度も何度も転生して竜巫女として国で幸せの日々を過ごしているので水が豊富とか。
…………ああ、物語の国消滅に納得いった。水が無くなれば滅ぶよな。ちなみに後宮にあった歴史書とか神殿の教えでは竜神が初代王に忠誠を誓って国が出来たとか。神殿の神官が祈ったことで竜巫女を授けられて竜巫女を通して竜に水を配るように伝えているとか。王族と神殿だけでここまで食い違っているのだ。どれが真実といえないだろうけど、村で聞いた方が正しいと思うのだ。その方が収まりがいい。
「芙蓉は元気かな~」
物語通り冤罪で捕らえられていても助けれないから無事だといいけど。
「――なら、確かめたらどうですか?」
ふと声を掛けられる。
「来ちゃった」
楽しげに微笑む芙蓉の背後には一匹の竜。
「あの馬鹿皇太子に変な事言われたから腹が立って出てきたの。最初は国を滅ぼそうと竜神さまが言っていたけど、ムカつくのは歴史を改変して竜神のことを敬っていない皇族だし、神殿も私腹を肥やして竜神を崇めていませんでした」
ならばもういいかと竜に頼んで出てきたと告げてくる。
「だから追いかけてきたよ。柳」
そう笑っているが、その理屈で言えば……。
「俺もお前を利用してきたよ。お前の加護がありますようにという言葉で運がよくなったから利用してきたし、竜の巫女のお前のことを表立って庇わなかったし、神殿ならば竜巫女の仕事で会えたかもしれないけど、兄たちがいるからと逃げたし」
恨まれてもおかしくないと告げると芙蓉は一瞬きょとんとして、
「利用してきた人が民のためなんて考えるわけないでしょう。自分が飢えているのにお布施なんて言って食事を分けることもないし、逃げていいなんて言わない」
芙蓉の目が深い紺碧色に染まる。
「それを言ったら私も綺麗な巫女と違いますよ」
そっくりでお揃いですねと腕を掴んで組んでくる。
「竜巫女を幸せにしてください」
耳元にささやかれて、この時どんな反応をすればいいのか分からなかったが、
「じゃあ……、芙蓉の幸せを考えないとな」
「一番幸せになる方法を知っているのに惚けるのね」
頭を掻きながら告げると芙蓉に揶揄われる。
まあ、芙蓉が何を求めているが何となくわかっているが、すっごく後ろめたい気持ちになっているのだ。
せめてこちらの決心を固めてからと思ったけどその決心を決める前に芙蓉によって外堀を固められるのはそれからすぐのことだった。
皇帝の住んでいた都は寂れていた。
「み……水……」
あちらこちらと水は豊潤にあるのに水を求める者はがりがりな身体でフラフラになって歩いている。
それをそっと見ないふりをして目を背ける民。
彼らはかつて皇族や貴族。神官と呼ばれてきたモノたち。
彼らは竜巫女を冷遇して、ありもしない罪をでっち上げて殺そうとしたことで竜に呪われたのだ。
彼らは水を求める。彼らは水に触れられない。
彼らが水を求めて井戸に近付くと井戸の水は一瞬で涸れて、植物もカサカサに乾いていく。それでも彼らがその場から離れると井戸の水は戻り、野菜も水気を含んだものに変化するのだ。
その変貌に誰もが恐れをなして彼らに近付かない。彼らに同情した者たちも同じように変貌したのだ。
だからこそ、人々はそっぽ向く、自分たちが巻き込まれないように――。
人々はその呪われた者たちに関わりたくないので皇都を次々と出ていくのであった。
呪いのシーンを一番書いてて楽しかった。