同期との邂逅は微熱を灯して
峡が驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせていると、先に詩音の方が声を出した。
「え、エメちゃん本人さんなんでしょうか……?」
「そうだよ~。突然の事でビックリするのは当たり前だよね。っというか、私から言わせてもらうなら、ダイヤちゃんの魂がこんなにもアバターそっくりでちんちくりんで可愛くて、もう最高だよぉ!」
笑顔で抱き着く紗良樺に、初対面の詩音は緊張しながらもその好意を正確に受け取り、嬉しそうに抱き返す。
というか、詩音を見慣れていて一切考えもしなかったが、VTuberは本来現実の姿は立ち絵とは違うのが当然なのだ。おっとり穏やかギャルのような、少し茶目っ気のあるような猫耳キャラのイメージが頭に染みついていたが、現実の紗良樺はその逆をいくようなお姉さんのような雰囲気を纏っている。髪型も違うし、何より紗良樺の持つ山の標高は凄まじかった。それだけで全然人の印象は変わってくるわけで、峡は猫崎エメと菊石紗良樺の声が同じことに少々混乱していた。
詩音との抱擁に満足したのか、紗良樺は詩音を手放し峡へと興味を移す。
「それで、そちらの男の子は?見た感じ結構若そうだけど」
なんと名乗ったらいいか悩んでいると詩音が紗良樺に教えてくれた。
「私のマネージャーさん。とっても、優しい、人……」
「ほう」
思わぬ賞賛も付属され、峡は照れくさくなり頬を搔きながら顔を逸らしてしまう。その視線を逃さないように紗良樺は峡の顔を覗き込む。
「へえ、そんな素敵な人なんだ。さぞ優秀なスタッフさんなんですね」
「い、いえ。俺、いや、私、僕ははまだまだ未熟な見習い的な立場の人間でして……」
「そんな緊張しなくてもいいわよ~全然タメ口で。それに男の子なんだからもっと自分に自信をもって!胸を張れ!担当ちゃんの前なんだから、さ」
背中を叩きながらの激励に曖昧な笑顔で返す。それを紗良樺は自然なウィンクで受け取る。
「そう言えば、ダイヤちゃんの名前は何ていうのかしら?」
「あ、岩垣詩音って言いますっ、15歳です。よろしくお願いします」
「礼儀正しい良い子ね~。お姉さん35だから、なんか困ったこととかあったら遠慮なく相談してね。オバさん、の方が距離感正しいかしら?」
「えっ」
「はあいそこの思春期君?女性の年齢に対して露骨に反応しないの。君の名前も聞いていいかしら?」
「い、いえ。エメさんの方じゃなくて。ダイヤって15歳だったのかっと」
紗良樺の指摘に手を振り否定の意を表す。実際紗良樺の年齢に驚いたのは事実だったが、峡は詩音の年齢の方に驚いた。
確かに小さいなとは思っていたがそれはあくまでも背丈の話。まさか自分よりも年下だとは思ってもいなかった。多少の子供っぽさもVTuber由来のものかと思い込んでいたのだ。
峡の必死の否定に紗良樺は面白がって食い下がらずにからかい続けた。そんな最中にはたと紗良樺は峡の頭を撫でる手を止め「そうだ」と思い出したように突然の話題転換をした。
「詩音ちゃん達ってもう他のライバーとは会った?特に同期組とは」
「ううん、まだ誰とも会ったことはないよ」
「そうなのね。実は私はもう他のメンバーとは会っててね。今度初配信前に親睦会をしようって話をしてたのよ。良かったら詩音ちゃんも一緒にどうかしら?」
紗良樺からの親睦会の提案に詩音はどう答えたらいいかわからず峡に視線を送る。その意図を汲み取った峡は笑顔で詩音の背中を押した。
「いいんじゃないか?今まで引きこもってたんだからここで交友関係が出来るのはダイヤにとってもいいことだろ」
峡の後押しに詩音は頷く。それを見た紗良樺はスマホを取り出し、チャットアプリを開く。
「それじゃ、連絡先交換しておきましょうか。峡君スマホ出して」
「あ、僕ですか?」
「あなたはマネージャーさんなんでしょう?なら多少はライバーちゃんの予定も把握しとかないと」
「でも自分そのアプリ持ってなくて……」
「そうなの?ほらスマホ見せて。教えてあげるから」
そうして一つの小さな画面を覗き会話をする峡と紗良樺を詩音は外から眺めていた。紗良樺は詩音の頬が膨れているのに気づき、あえて気付かないふりをした。
「はい、これでフレンド登録完了っと。日時とかの予定が決まったらまた連絡するから、よろしくね。それじゃ、私はこれで失礼するかしら」
アプリをダウンロードし一通りの操作を方法を峡に教えると、紗良樺は背伸びをする。峡は姿勢を正すと紗良樺に感謝を込めてお辞儀をする。
「はい、今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」
「さようなら、紗良樺さん」
「うん、またね詩音ちゃん。それに、峡君も」
わざとらしく投げキッスを峡へ投げ、赤面する峡とその後ろで地団駄を踏む詩音を見ると、満足したようにそのまま紗良樺は去っていった。突然のことに峡は驚きながらも照れていると、横腹を詩音の殴られる。全然握力のこもっていないへなちょこパンチをずっと峡のお腹へ向けて放つ続ける。
「ちょ、何だよダイヤ。痛くないけど痛いからやめろって」
「別に~?先生はおっぱい大きい方が好きなんだなあって」
「はあ!?そ、そんなんじゃねえし!小さい方も好きだし!っていいからもう叩くのやめろ~!」
「ふ~んだ」
詩音の突然の攻撃は、スタッフさんが廊下に現れるまでしばらく続いた。