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ラスボスの登場は早々に

 冷房の良く効いた応接間で、峡は一人湯呑みをすすっていた。見た目的には緑茶であるはずのそれは、緊張しすぎて何の味なのかもわからなかった。

 事態は1時間ほど前にさかのぼる。

 詩音の正体を言い当ててしまった峡は、自分で招いたことながらも予想外の展開に戸惑っていた。いや、ある種予想通りの展開ではあったのだが。

 逆に予想外だったのは詩音の方だろう。詩音は突然の出来事に困惑し、固まる他なかった。

 互いに硬直する中、先に動いたのは詩音だった。スカートからスマホを取り出し、電話を掛ける。峡もそれを見て現実に焦点が合わさるが、思考は未だに纏まっていなかった。

 液晶画面越しでしか出会うことはなく、直接接することなんてあり得ないVTuver本人が、今目の前に居る。それもあの二次元世界での立ち絵とそっくりな姿で。

 多少衣服や寝ぐせなどの違いこそあれど、紛れも無く星宮ダイヤ、張本人だという事実は間違いなかった。

 その非現実的な存在に触れたくて手を伸ばした時。

 気が付くと、峡の背後には黒スーツに黒サングラスを身に付けた、さながら某地上波鬼ごっこ番組の捕獲者のような姿の男が峡を囲んでいた。

 屈強な肉体に圧倒されていると、がっしりと両腕を掴まれ、抵抗も出来ぬままマンションから連れ出さた。そのまま黒いワゴン車へと押し込まれ、突然のハンターとのドライブデートスタート。

 サンシェードで車内からの綺麗な夜景は遮られ、気が付くとこの応接室に着いていた。

 何も状況がわからないが、この建物に入る時、一瞬見えた表札が正しければ、ここは『株式会社スタジオカラーストリーミングプロジェクト部門』。星宮ダイヤの所属する、ブイスターズプロジェクトの本部ビル。

 唯一手にしている情報の恐ろしさに、峡は思わず身震いする。のどの渇きを覚えながら待つこと十分ほど。湯呑みの中の緑茶から湯気が消えた頃、背後でガチャッと扉が開かれる音がした。

 

「すみません。急ぎの用があったものでして。お待たせしてしまいました」


 そう言って入って来たのは、爽やかなイケメンフェイスに紺色のスーツを着こなす若い男だった。その顔を見るや否や、峡は全身から汗を噴き出すのを感じた。今度は冷房が暖房になったらしい。感覚器官が仕事を放棄した。

 だが今ばかりはしょうがない。

 男はスーツの襟を整えると、ローテーブルを挟んだ反対側に座る。


「それでは。初めまして。私は株式会社スタジオカラー、ストリーミングプロジェクト代表取締役の浜里はまりすぐと申します」

「ええ、とてもよく知っております。いつも大変お世話になっております」


 男——————浜里は丁寧な仕草で名刺を差し出す。それに深々とお辞儀しながら恐る恐る受け取る。

 ヤバい、と本能が警告信号を出していた。

 ブイスターズプロジェクトの創始者にして最高責任者、浜里直。東大卒業後スタジオカラーに入社。新人ながらも目覚ましい活躍をし、新事業として話題のVTuverに目を付け、25歳という若さながら、会社の看板を背負う一大プロジェクトを生み出した男。

 ファンからは「ハマグリ神」と呼ばれ親しまれている浜里が、今自分の目の前に座っている。

 これまた普通ならば対面することも無いような大物に足が震える。

 峡が名刺を受け取ると、次はそちらがどうぞと浜里は視線で促す。名刺など持ち合わせていない峡は精一杯の敬意を表すために居住まいを正すと、背筋を伸ばして自分の名を名乗る。


「初めまして。石巻峡と申します。『シェル』というペンネームでライトノベル作家として活動しております」

「ラノベ作家さんなのですね。初めてお会いしました。どのような作品を書かれているのでしょうか?」

「雷撃文庫で、『ミリオタな俺は魔法ありのファンタジー世界でなお銃を握る』を第3巻まで出版させていただいております」

「ああ、今度4巻が発売されるのですよね。おめでとうございます」

「いえいえ、ありがとうございます……」


 帰りてええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!

 小説家になって約3年。未だにこの自己紹介に慣れていなかった。

 恥ずかしい!恥ずかしすぎる!!もうちょっとどうにか出来ないかなこの挨拶・・・無事に帰れたら、何か新しい紹介文を考えよう。

 それよりも、峡は気付かれないように浜里を見る。峡の予想では、浜里は事前に峡の素性を調べ上げて来ている。

 自分で言うのもなんだが、作家『シェル』の書いてる小説はあまり売れていないどころか、極少数のニッチなファンによってのみ消費されてきた作品である。ミリタリー系を題材に置いていることや、昨今世の中に溢れかえっている『なろう系』に属することもあり、新規層が全く入ってこない。そのためSNS上でエゴサをしてもほとんど自分のツイートという、ファンからの声援どころかファンがいるのかすら怪しい始末だ。

 浜里がいくら見聞が広かったとしても、自分の小説を知っているなんてことは十中八九有り得ないことなのだ。

 というか、それ以前に浜里の発言からして峡がラノベ作家だということも知っている感じだった。一体いつ俺がラノベ作家だと知ったのだろうか?

 峡は疑問と緊張が混ざった目で浜里を見る。


「堅苦しい挨拶も済んだことですし、ゆっくりなされて大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


 こちらの緊張っぷりを見てか、少し笑った後にお茶を勧められた。勧められるままに湯呑をすすり一息つく。

 音もなく現れた秘書らしき女性の人が運んできたお茶を浜里も飲むと、「さて」っと切り出した。


「それで、どこで我が社の所属ライバーの住所を特定したんですか?」

「ごふっ」


 聞かれるとは思っていたが、こうも直球なのかと思わずむせる。ゲホゲホと咳き込みながら呼吸を整える。


「いえ、住所を特定してリア凸したわけではありません。私はただのウーバーのアルバイトで注文先にお届けに上がったところ、そこがたまたま御社のライバーご本人宅だっただけです」


 まるで面接でもするかのように、真摯に事実を伝える。背筋を汗が伝う。浜里からの質問は続く。


「それじゃあデビュー前の星宮ダイヤが彼女だと何故分かったんですか?」

「直前に新2期生のPVが公開されましたよね?それを見てたからです」

「おや?それでは貴方は、仕事中に動画を見ていたってことですよね?職務怠慢なのでは無いでしょうか?」

「あ……」


 墓穴を掘ったと気付いた頃にはもう遅かった。

峡は汗をダラダラと流し、視線をせわしなく動かし続けるが、どうしようのない事実は変えようがなかった。

  浜里は傍に立つ秘書に何かを伝えると、その秘書は静かに退室していった。カツカツとハイヒールの音が応接室に鳴り響き、ガチャッと扉が閉まる。静寂が訪れた部屋にいるのは、笑顔でこちらを見る浜里と追い詰められた被告人だけ。

 全身から汗を流したり視線が四方八方を右往左往したりと、誰の目にもテンパっている峡を見て、突然浜里は声を上げて笑った。


「いや、すいません。少し意地悪をしてみたかったんです。彼女が言う君がどんな人か。試すようなことをして申し訳ありません」

「は、え?……は?じょ、冗談……?」

「ええ。驚かせてすみませんでした」


 頭を下げる浜里に、理解が追い付かない。冗談?俺に?今?何で?

 理解が追い付かない峡に「そういうことです」と念を押す浜里の言葉に、そういうことなんだなあっと頷く。峡は思考を放棄することにした。

 番茶を啜ると、初めてちゃんと緑茶の味を感じた。柔らかな香りの中にあるほのかな茶葉の甘み。確かな渋みも感じられ、しかしそれでいてくどくない。

 普段は絶対に口にすることがないような高級感漂う緑茶に、お茶好きの峡はすっかり気を取り直していた。


「落ち着いたようで何よりです。ああ、これで星宮ダイヤに関する住所特定云々《うんぬん》の話は終わりなので安心して大丈夫ですよ。ところで石巻さん、話は変わりますが、ひとつお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん?なんでしょうか?自分にできることでしたら何でもしますよ!」


 滅多に飲めない美味しいお茶を飲めたことで気分が良くなった峡は笑顔で頷くと、浜里は「おいで」と誰かを部屋に呼んだ。

 「失礼します」と開かれた扉から現れたのは、話題の星宮ダイヤ、もとい岩垣詩音だった。


「峡さん、宜しければこの後、このの家に泊まってもらってくれませんか?」

「ふぇ?」


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