出会いはいつも突然に・・・って、次元超えることある?
七月。夏の日差しが湿気の含んだ居心地の悪い暑さを押し付けてくる頃。1DKの狭いアパートの一室は、直射日光をモロに侵入させサウナ状態だった。
そのサウナ室の住人である石巻峡は、汗でシャツが肌に貼りつき、今すぐにでも近所の銭湯に行ってシャワーを浴びたかった。
しかし、今ここでパソコンから離れるわけにはいかない。
理由はただ一つ。
推しが、そこにいるからだ。
デュアルモニターの片面で、最推しのVTuver、現想ミライが配信をしていた。
銀色に輝く髪に、透き通った水色の瞳。とある雑誌で集計された『顔が可愛すぎるVTuverランキング』では堂々の一位を飾り、現在ではチャンネル登録者数七十五万人超えと、圧倒的な人気を博している。
VTuverとは、近年ネット上に現れた次世代型配信者のことで、Live2Dで作られた立ち絵を動かしながら、ゲームの実況や雑談配信などを行う二次元上の存在。令和の時代となった今、その人気は急上昇し続け、ネット上だけでなくコンビニなどでもコラボ商品が発売され、様々な場所で注目の的になっている。
可愛い声と共に表情豊かに笑みをこぼすミライはウィンクを一つするとのどの調子を整える。
「ミラリスの皆~!最後にもう一曲歌っていくよ~!」
月に一度の定期カラオケ配信も終盤に差し掛かったタイミングで、峡はすかさずスーパーチャットを用意をする。金額は当たり前のように上限の5万円。添えるコメントは目立ちすぎず、粋がりすぎない程度に、いつものと変わらない定型文を書き込む。最後にエンターキーを押し、コメントの波に投下する。
しばらくした後、時差でミライの配信画面に乗る。
「皆スパチャありがと~!あ、シェルさん赤スパありがとね~!」
押しに名前を呼ばれる幸福感に愉悦し、天井を仰ぐ。傍から見ればキモいかもしれないが、これこそ峡が配信を楽しむ中での醍醐味なのだからスパチャはやめられない。
配信の終わり際は今日の配信はどうだったか視聴者の反応を見るためミライはよくコメント欄を読んでくれる。そのタイミングでスパチャを打てば高確率で拾ってくれるのだ。赤スパなら必ず拾ってくれる。後日スパチャお礼配信もありまするが、やはりリアルタイムで触れてもらえた時の喜びは他に変えられない特別なものがある。
しかし、大金をはたきながら推し事に現を抜かすほどの暇など峡にはなかった。
「こらぁ峡にい!そろそろバイトの時間でしょ……って、まーたVTuverの配信見てる。今日は誰?ミライちゃん?」
汐見亜紗梨はインターホンを鳴らさずにボロアパートの扉を開けると、我が物顔で乗り込んできた。
顔を見るなりすぐさま罵倒の言葉。陰キャ根暗引きこもり無職ニートには礼儀とも言える態度だ。
峡はグッと背伸びをしながら厨二病感満載でキザッたらしく振り返る。
「またとは何だまたとは。推しが精一杯頑張って配信をしている。推しが精一杯に笑顔を振りまいて活動をしている。それだけで毎日スパチャをする理由には充分だろう!?」
「うっわ、ガチ恋勢キッモ。無職の引きこもりになったってのに、そこにアイドルガチ恋属性まで追加したら、いよいよ救いがないね……もし野垂れ死んだらお仏壇には来てあげるよ。手は合わせないけど」
「そこまで来たなら線香のひとつぐらい立てて行けよな」
「やだよ、煙たくなる」
「なんだとお!?数少ない友人との別れだぞ。しっかりと泣きじゃくってくれよな」
「人前で泣くとか恥ずかしくて私まで死んじゃうよ。それに、私クラスにも友達たくさんいるから、私と小安君ぐらいしか話相手のいない峡にいとは違うんですぅ」
「くそ、本当に生意気な小娘だな……」
「高校生ラノベ作家になって給料手に入れたからって、調子乗って上京してきたと思ったら先月打ち切りになって無職になったダメ人間にとやかく言われる筋合いはないと思うんだけど?」
「ぐっ、痛いところを……」
わざとらしく胸を押さえ倒れるフリをするが、亜紗梨の視線はスマホに夢中だった。静かに心の中で涙を流しながら一ヶ月前の事を思い返す。
「来月末に発売予定の第四巻をもって、シェル先生の作品は打ち切りとなります」
担当編集から伝えられた一言を峡は理解できなかった。
ライトノベル作家として高校生ながら社会人並みに収入を得ていた峡は、高校生でデビューしたという肩書きに完全に驕りきって自堕落な生活を送っていた。
親元を離れて仕方がなかった峡は急遽進学先を地元の高校から東京の学校へと変更。親の制止を振り切り、一人都会の地に足を踏み入れた。
しかし、一作書きたいものを書き上げ、大成してしまったせいで峡はある程度満足してしまい、創作意欲は霧散していた。ただダラダラと、ただなあなあと、流されるままに過ごしていた。なんとなく思いついたことを書いて消し、いつしか面白いのかもわからない謎の文字集を作り続けていた。そんなことをしていたら当然売り上げの伸びるような面白いものが書けるはずもなく。
結果、担当編集の打ち切りの言葉に言い返すことも出来ず、静かに返事をして通話を切るしかできなかった。
その後、親友の紹介で配達業のアルバイトになんとか漕ぎ付けたが、ただ惰性で推しの配信を見て、推しに投げ銭を貢ぐ日々。大人でいう無気力に酒に溺れるのと大して変わらない現状に、峡自身も嫌気が差していた。
峡は椅子から立ち上がると冷蔵庫から缶のコーラを取り出す。プルタブを開けるとプッシュっという気持ちのいい音と共に香料マシマシの匂いに脳を刺激され、腰に手を当て勢いよく缶を煽る。
時計を見るとすでに十八時過ぎ。そろそろバイトの時間になる。まだ配信は続いているが、バイトをポカすわけにいかないので、泣く泣くパソコンをシャットダウンする。
毎日コツコツ働き、少しずつ貯蓄を貯めていく。
せっかくあの両親の元を離れて上京してきたのだ。
「こんなところで終わってたまるか……」
「ん?なんか言った?」
「可愛い推しに貢ぐために頑張るぞ!」
「キッショ」
汗でぐっしょりのTシャツを脱ぎ捨て「こっち投げんな汚い!!」タンスから新しいTシャツを取り出し着替える。
動きやすいようにウエストポーチを身に着け、ペットボトルのお茶を入れる。
最後に配達会社の企業ロゴが入ったキャップを被り、専用のリュックを背負えば準備完了。
「それじゃあ亜紗梨ちゃん、バイト行ってくるから帰る時はしっかりカギ閉めといてね」
「ふぁ~い。うぃってらっひゃ~い」
戸棚からポテチを取り出している亜紗梨に一声かけると、ランニングシューズを履き、玄関を出る。
扉を開けると、沈んで行く夕日が視界を埋め尽くす。久しぶりに数新鮮な空気を目一杯吸い込み、玄関先にある自転車に跨る。
スマホを取り出しイヤホンを繋げ、ミライの配信を再生する。カラオケ配信はすでに終わり、今は配信後のスパチャ読み雑談タイムなので、画面を見なくても声が聞こえるだけで充分楽しめる。
早速配達用のアプリに注文が入ってきた。
注文内容は弁当屋チェーン店で……お子様プリンが五つだけ。
主食となるものが一つもない。何かの注文ミスだと思うが、だからと言ってただの配達員の独断で決めるわけにもいかない。
不備があった場合は、その場でもう一度注文してもらうしかない。
「さて、今日も精一杯働きますか!」
キャップを深く被り直すと、自転車のペダルに力を入れ夕暮れの住宅街を駆けていった。
□ □ □
「ありがとうございましたー」
弁当屋で注文の品を受け取り、自転車に跨る。弁当屋でメインとなる弁当を一つも買わずにお子様用のプリンだけを買っていく客が今までいただろうか。
大通りの坂を軽快に下り、目的地である新築の高層マンションを目指す。
「さて、それでは今日はこの辺で終わりたいと思います!最後にひとつ、ブイスタ公式さんからお知らせがありまーす!」
イヤホンから聞こえる推しの声が、楽しい一時の終わりを知らせる。
しかし、ブイスタ公式からのお知らせという情報が気になる。
ブイスタとは、正式名称「ブイスターズ」というVTuver企業の一つだ。
多くのVTuverが界隈で成長するために尽力する中、考案されたのが「企業として雇って、企業全体でバックアップをしていく」というグループ制度だ。
企業によって形態は様々で、初心者のスタートアップをメインにするところや、完全に抱え込んでアイドル事務所のように売り出していくところなんかもある。
ブイスターズはどちらかというと後者側の企業のひとつでありながら、前者のようなフラットさが売りとなっている、今話題沸騰中の新規グループである。
そんなブイスタには現在四名のVTuverが所属しており、その中でも『現想ミライ』はエース級の人気を誇っていた。
そんなブイスタ公式からのお知らせとは、一体何だろうか?
赤信号で止まったタイミングで一度歩道に寄り、スマホを見る。
配信画面からミライの立ち絵が消え、画面が暗転する。
しばらくすると、PVが流れ始めた。軽快なBGMにあわせてダイヤ、サファイア、ルビー、エメラルドの4つの宝石が浮かび上がる。それぞれの宝石の中には人のシルエットようなものが描かれている。宝石達はそれぞれピックアップされ画面に表示されると、砕け散り、中にいたシルエット達が露わになる。
まず最初にエメラルドの子が出てきた。
薄い緑色のふわふわショートヘアーにエメラルドの髪飾り、穏やかそうなおっとりとした垂れ目。そして何より目を引くのが、頭の上についている猫耳。緑の毛色の耳は体の動きに合わせてピクピクと動き、自然と目を引き寄せられる。表情からも感じられる緩い雰囲気がより一層猫っぽさを醸し出していて、それがまた可愛いさを助長している。
「初めまして~。ブイスターズ二期生の、猫咲エメで~す。皆さん、よろしくね~」
『猫耳来ちゃあ!!』『ブイスタ初じゃん』『耳可愛い』と、見たことも無いVTuver、つまり新たなライバーのかッ票にコメント欄は大混乱の渦だった。しかも、ブイスタ初のケモミミ持ちにコメント欄はもうお祭り騒ぎ。
突然の大発表に釣られ、スパチャでコメント欄が赤く染まる。
大盛況の中、続いてサファイアの子が出てくる。
青空のような透明がかったストレートヘアに雲のような白のインナーカラーが添えられ、そこに視線を誘うサファイアを型取ったヘアピン。綺麗に整った表情からは、可愛いよりもクールでカッコイイという印象が強い。制服風な衣装も相まって、さながら優等生の風紀委員長といった感じだ。
「ブイスターズ二期生としてデビューする、青空サフィアと言います。皆さん、サフィと気軽に呼んでくださいね。呼ばないと……どうなるか、分かってますよね?」
『PVで脅してくるの草』『ヤンデレ最高』『こりゃ喜んで豚になるブッヒー』と、これまたコメント欄の反応も大盛り上がりでブッヒー。
初見でここまでインパクトを与えてくると、数か月後のデビューまで印象強く記憶に残り続けるだろう。サフィアは今後のVTuver人気度ランキング上位もあり得るかもしれない。活動が始まってからの活躍が楽しみ過ぎる。
続いて、ルビーの子が前に出る。
夏の日差しのような輝きを帯びる赤髪を短く揃え、ルビーを型取った髪飾りを付けている。クラスに一人はいる陽キャ女子というよりは、いつまでも男子と一緒に遊んでる、隣の席の幼馴染女子感の強いザ・元気を象徴するような姿に、暗い春を過ごした非リアとしてはあまりにも眩し過ぎて何故か静かに泣けてくる。
「初めまして、ブイスターズ二期生の、焔ルビィだ!皆よろしくな」
『赤髪来たアアア!!』『八重歯可愛い』『ドッチボールしたい』とコメント欄。
ブイスタは可愛い子だらけのイメージが通っていたけど、ここで今までとはガラッとタイプの違う子がデビューするとは。これは新規ファンもたくさん増えそうだ。あと『焔』って名前が最高に厨二心をくすぐってきて、つい口の中で転がしたくなる。
最期に、ダイアモンドの子の番になる。
四人の中ではロリ枠と思われる彼女は、銀色に輝く髪をツインテールに結び、ダイヤモンドの髪飾りで留めている。宝石のような碧眼でこちらをまっすぐと見つめながら笑顔を浮かべる。
「初めまして!今回ブイスターズ様から2期生としてデビューします、星宮ダイヤです!皆の毎日を、ダイヤモンドみたいに輝かせます!」
ダイヤがお辞儀をした瞬間、峡は完全に見入っていた。一瞬で打ち抜かれた。何故だかわからないけれど、今までの三人とは違う何かを感じた。可愛いとか、尊いとかそんな次元とは全く違う、今まで感じたことのない感情が全身を興奮させる。
「星宮、ダイヤ……」
これが、恋ってやつなのかもしれない。亜紗梨に散々馬鹿にされていたが、自分でもごまかしが効かないほどに、ダイヤに一目惚れだった。
ハッと意識が戻ると、興奮しすぎた頭を振る。いつのまにかスマホからは何も聞こえなくなっており、画面には「Coming Soon」の文字が浮かび、配信が終わる。わずか三分程度のPVに、なかなか興奮は冷めない。
スマホを仕舞い、自転車に乗り直すと交差点を渡る。
どうやらこの興奮はしばらく冷めることはないらしい。ならば今は目の前の仕事に集中しよう。巣ごもり需要の高まっている今、食品デリバリー業は稼ぎ時なのだ。
「おりゃあ!稼ぐぞおおお!!」
夜の街に大声で気合いを入れる。
目的地のマンション近くの駐輪場に自転車を止め、手際よくチェーンを絡める。マンションのエントランスに入ると指定された部屋番を押してインターホンを鳴らす。
「どうも~ウーバーなんちゃらでーす」
すぐに遠隔操作でセキュリティロックのドアが開かれる。丁度降りて来たエレベーターに飛び乗り、注文主の待つ五階の部屋に向かう。
軽く身嗜みを整え、深呼吸を一つしてから呼び鈴を鳴らす。
「はーい」というくぐもった声の後、部屋の中からドタドタと足音が鳴り、玄関の扉が開かれる。
中から出てきたのは、あまり整えられていない銀髪に綺麗な青い瞳。でも顔立ちには僅かに日本人ぽさもある、ハーフの女の子だった。背格好的に中学生ほどの少女は、白いパーカーのフードから峡を見上げる。
そこで峡は何かが引っ掛かった。どこかで見たことがあるような、そんな既視感が峡の中で生まれた。
じっと顔を見ていると、少女は怪訝そうに眉を寄せる。それに気付き、思考を中断するとすぐに営業モードに入る。
「失礼しました。ウーバーなんちゃらです。ご注文なさった岩垣詩音様でしょうか?」
「はい、詩音は私の事です」
「それではご注文して頂いた商品の確認をさせて頂きます—————」
そこから事務的な対応を続けながらも、峡はずっと考え続けていた。絶対どこかで会ったことがある気がする。会ったというか、見たというか。声も、つい最近どこかで聞いた気が……
「あ」
「?」
詩音がプリンの入ったビニール袋を覗き込み、にへっと微笑む顔を見て、峡の思考が着地点に辿り着いた。
行きついたのは、ついさっき見た配信画面。
しかしすぐにその仮説を否定する。いやまさか、二次元と三次元だぞ?コスプレイヤーでもこうも再現することは出来ないだろ。そう峡は自分自身を諭してみるが、熱を帯びている心が否定してくる。
「あ、あの~?」
不安そうに見上げてくるその顔が、決定打になった。
「もしかして、星宮、ダイヤ……さん?」
搾り出すように峡が尋ねると、詩音はこれでもかと目を見開き、わなわなと肩を震わせる。
「な、なんで知ってるんですか……?」