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一話完結の短篇集

ディスコでしか輝けない女

作者: 雨霧樹

 子供には縁遠い、大人の社交場。

下品な光と、耳障りな音楽をバックに、本能のままに踊る。そんな場所に一人で参加する男の考えてることは一つしかない。


「お姉さん。可愛いです――」

「黙れ喋んな」

 にべもなく断った彼女はAに一瞥もむけることもなく、奥へと歩き去っていく。途中で合流した女性――友達だろうか、何かをぶつぶつと文句を言っている。大方自分の悪口だろうと考え、自己嫌悪に陥った。

 

「これで10人失敗……」

 

 そんな場所に一人で挑むAもまた、霊長類と呼称するには退化しすぎている脳味噌と思考を持つ男だった。

 

 正確に言うと彼は一人で来たわけではない。夜遊びに強い友人Bが、彼の浮ついた話があまりにも耳にしないことを気にして、半ば騙す形で誘った。ただBはA以上に脳味噌が溶けており、まともなレクチャーをAに授ける前に、その場で知り合った女性を伴って、歓楽街に繰り出していってしまった。

 しかし、Aは腐っても男だった。Aは知っていた。自分がいないところで、仲が良い女性同士が「悪い人ではないけれど、永遠に良い人止まり」と話していたのを気にしていた。


『どうせ知り合いもいない、30分後には、互いに顔すらまともに覚えていない場所なんだ。当たって砕けろ』


 Bが唯一残した言葉を頭の中で繰り返しながら、ダンスホールへ向かった。今宵、Aはそのイメージを払拭するため、恥を捨てることを己の胸に固く誓った。


 

 しかし結果は悲惨で、Bもこの惨状を見ていたら腹を抱えて笑うだろう。


――次の一人で最後にしよう。そして駄目なら、酒を流し込んで忘れよう。そう思い、安酒で居座っていたカウンターを立ち上がろうとした、その時だった。

 

「マスター、キツ目の酒を一杯」

飲まなきゃやってられるかと、舌打ちしながら、乱暴に音を立て隣の席に人が座った。声色からして恐らく女性のだろう、なら最後にこの人へアプローチをかけてみよう。Aは浮かした腰を下ろし、背中を伸ばして座りなおした。


「やぁお姉さん、一緒に酒を――」

 そこまで言って、数多の玉砕を乗り越えながらも詰まらなかった言葉が、初めて詰まった。


 そこには、理想の女性がいた。


 ワンナイトの相手を探している自分が言うのもおかしいが、Aのタイプは垢抜け切れておらず、どこか素朴さが残る女性が好みだった。絞られた照明に照らされていた彼女は、ドレスコード満たしているが、あまり化粧に慣れていないのだろう、そばかすが隠しきれていない。その無防備さが、Aの心に刺さった。

 女性もまた、突然声を掛けられたのに、突如として固まったAを見て困った顔をしながら、誤魔化すように髪を一房かきあげる。

 そしてその所作もまた、Aには直球ド真ん中の好みだった。

 自分の気持ちを抑えられなかった。Aは彼女の手を強引に奪い、自らの両手を重ねる。

「――っ! 何!?」

「すいません、私と結婚してくれませんか!」

「……なんか嫌なことあった?」


 勢いのまま、雑談が始まった。彼女はSと名乗り、自らが酒に溺れたい理由を詳らかに明かした。先ほどまで別の男性といた彼女は、一緒に歓楽街へと繰り出そうとしたが、男性が出口に立った瞬間、Sを突き飛ばして帰って行ってしまったらしい。

「全く! けしからん奴れすね! 俺だったら、しょんなこと絶対しませぇんよ!」

「しょ、しょうだ! アイツは馬鹿だ!」

 互いに酒が進み、まともに口も回らなくなった。その頃には彼女には外見だけではなく、中身の部分も好きになっていた。

「お客様方、当店はまもなく閉店致します……」

 マスターのその言葉に、互いに顔を見合わせる。しかしこの数時間でそこらの幼馴染よりも関係が深くなった二人の行動は素早かった。

「A! おぶれ!」

「へーい! りょうかい!」


 そのまま、Sを背負いながら出口をくぐり抜ける。その時、自分の肩にかけている鞄に忘れ物がないかが気になった。

「お~い。おろすから立って~」

「ん……」

 Sの返事を待たず、そのまま地面へと転がす。そのままSに目もくれず、中身を確認し、問題ないことを確認した。

「待たせて悪かった、ほら~立って~」

 手を叩きながら、Sを起こそうと顔を向ける。その時、彼女の顔が違って見えた。

見間違いかと思い、目を擦ってもう一度見る。

しかしSの顔自体は変わらない。しかし、そこにいた彼女は、自分が一目ぼれを果たした顔では無かった。今まで魔法か何かに掛かっていたのだろうか、頭の中にあった靄が晴れていくような感覚に陥る。

 一つ確かなことは、SはAの好きな女性ではなくなったということだ。


「帰ろ」

 そのまま路上に彼女を転がし家路へ向かう。

まるで、魔法が解けたシンデレラを放置するかのように、頭の片隅からも掃除して。




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