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虚無宙域  作者: Cascade
9/10

8・相違

海洋ゴミが点々とうかび、重油でどす黒く染まった太平洋――その七万四千フィート上空を、黒い電波吸収塗装でおおわれたU―51高々度偵察機が疾駆(しっく)していた。

その機体には灰色で「丸に星」マークと、ゴチック体で〈U・S・AIR FORCE〉の文字が描かれている。――USSDCは数日前に北米防空司令部 (NORAD)へと改称され、東支那(シナ)海周辺の哨戒飛行をさかんに行っていた。

「対水上レーダーに感あり。前方カメラを最大望遠に切り替え……これは――巡洋艦(クルーザー)クラスですね。152E型と酷似していますが……」レーダーに映った艦影を見て、副機長(コパイロット)がいった。

「輸送船はいないのか?なんでも巨人宇宙船を大陸まで輸送するとか……」と機長(パイロット)(いぶか)しむ。「哨戒目的なら、巡洋艦一隻とは無防備が過ぎるぞ――潜水艦の反応は?」

「いまは遠すぎて潜水艦の反応はとても拾えません。もっと高度をさげるか、接近しないと……」副機長がこたえた。「それとも、ディッピング・ソナーを投下しますか?SH80哨戒ヘリから借りたものを無線化して搭載していますが」

「よし、速度をあげろ――マッハ二・七まで増速。ソナーを回収(サルヴェージ)されたらたまらんからな……今回は使わん」機長が号令すると、副機長がスラスト・レバーを押し出し、速度計の針がじりじりと廻りはじめた。極超音速の衝撃波で、炭素繊維(カーボン・ファイバー)製の機体がビリビリと震える。――マッハ二・四まで増速したとき、通信員(オペレイター)が不安げな声でいった。

「中国海軍から警告です……〝南支那(シナ)海上空をマッハ二・四で飛行中の国籍不明機(アンノン)に通告。貴機は我が国の領空を侵犯している。ただちに反転せよ、さもなくば貴機を撃墜する〟」

「ちっ……」機長が鋭く舌打ちをした。「もう嗅ぎつけやがったか。おい――反転だ。一八〇度転針し、ホノルル基地に帰投しろ」

了解(ヤー)、ちかごろは向こうもピリピリしていますからね……レーダーを強迫観念的に監視してるんでしょう」副機長がのんきに言う。だが、わずかに生まれた楽観的な雰囲気は、対空ミサイル発射警報の甲高いサイレンでかき消された。

「チャフ、フレア散布!ECM(電子妨害)装置用意!」機長は鋭く号令すると、スラスト・レバーを限界まで押し出し、操縦桿をめいっぱい引いた。――U―51の黒い扁平な機体は、紙吹雪のような電波欺瞞紙(チャフ)をばら撒き、フレアの火球を吐き出しながら、機首を急激に上げ、背面姿勢で遁走(とんそう)をはじめた。推力五万ポンドのGE―771Cエンジン二基が()えたけり、U―51の速度はまたたく間にマッハ三・八に達する。

だが、U―51が発見した艦艇――人民解放海軍155A型原子力巡洋艦〈寧波(ニンポー)〉の発射したAAC―560G対空ミサイルは、(デコイ)には目もくれず、マッハ五の豪速で〝標的〟に追いすがった。

「駄目です!完全にロックされています!」副機長がさけぶが、機長は冷静な表情をくずさず言った。

「一か八かだが……エンジンを切ってもう一度フレアを散いてみよう。赤外線追尾ミサイルなら誤魔化せるかもしれん」

「レーダー追尾式だったらどうするんです!我々は死ぬのですよ!」通信員が悲痛な声でさけぶが、機長はいっこう意に介さない。

「どのみち――彼我(ひが)の速度差がありすぎだ。賭けるしかないさ……」機長はしずかに言うと、エンジン・キイをひねった。――二基のエンジンの咆哮がおさまり、力ない空転の音にかわるのを確かめてから、機長はフレア・ディスペンサーの開放スイッチをおした。

U―51の腹面からふたたびフレアの火球が放出され、目標を見失いかけていた対空ミサイルは、ふたたび現れた〝標的〟に吸いよせられて自爆した。

「今だ!ECM装置作動!」機長が言うと、通信員がE939電子戦機から拝借してきたECM装置を作動させ、付近一帯に強力な電波妨害(ジャミング)を仕掛けた。

「よし……」機体を自動操縦(オート・パイロット)にきりかえ、機長が一息ついた。「これで、しばらくはレーダーに引っかからなくなった。あとは全速力で海域から離脱するだけだ……」


「U―51撃墜未遂事件」の発生をうけて、国連は――もはや拒否権の濫用(らんよう)でその役割を果たすことができないと知りつつも――安全保障会議を招集した。日本から招集されたメンバーに随行するかたちで、T大学の浜寺教授と、彼の講義を受講している学生がやって来ていた。

「ふぅ……」屋外のベンチに座り、湯気のたつ合成ココア――液状油脂に香料と甘味料で味付けしただけの飲料――をちびちび飲みながら、学生がいった。「外はさむいですね……暖房様々(さまさま)です。あのあたたかさは、進化して文明をきずいた人類だけの特権ですね」

「ふむ、では()くが……」老教授はほとんど白くなった眉をぴくりと動かすと、長外套(ロングコート)の内ポケットから紙巻煙草(シガレット)の箱とライターを取りだしながら訊いた。「君は、〝進化種〟たる人類と、ほかの動物との()()()なちがいは何だと思うかね?」

「それは……人間は先進技術を有していますし、礼儀礼節を身につけてもいますし……」学生が言いかけるが、教授はそれを手で制した。

「君、君――そういうことではないよ。()()()なちがいを訊いているのだ……たとえば今回の撃墜未遂事件と、巣の偵察にきた雀蜂(スズメバチ)を、日本蜜蜂(ニホンミツバチ)が熱殺するのとでは――どうちがうのかね?」教授は学生の答えをまたずにつづける。「あるいは――サバンナで禿鷲(ハゲワシ)が死体の肉をつつくのと、三つ揃い(スリーピース)を着た紳士が、フォークとナイフでステーキをつつくのとでは――いったい何のちがいがあるのかね?」学生が返答に(きゅう)していると、待ちかねた教授がいった。

「人間と動物は、基本的にはなにも変わらない。それに……私がおもうに人間は〝進化種〟、すなわち〝優等種〟などではなく――むしろ〝劣等種〟だ……」

「劣等種?どこがです?」〝劣等種〟という単語に反応し、学生が首をひねる。

「あるいは、劣等種ですらないのかもしれん――人間と、他の動物との本質的なちがいは、動物が地球から〝供給(プロヴァイド)〟されるものだけで生活しているのにたいし、人間は地球から〝搾取(スクイーズ)〟しているという点にある」教授はライターで煙草に火をつけながら言った。「人類社会の基盤は、一八世紀の産業革命を転換点(ターニング・ポイント)として〝地球からの搾取〟にきりかわり、大量生産・大量消費の時代をむかえると、そのひどさはいっそう増した。以来、我々は地球という〝宿主〟……いや、〝創造主〟を――あたかも〝奴隷(スレイブ)〟のように、搾取の対象としつづけたのだ。こんなことをするのは、()()()()()()()しかいない……」

彼はそこで一旦言葉を切り、トルコ煙草の紫がかった煙を吐き出すと、やがて思い出したようにいった。

「〝|神よ、神よ、なぜ我を見捨て給うたか《エロイ・エロイ・レマ・サバクタニ》〟だったか……()()()神の手を振りほどいたというのに――人間が発するにはあまりに生意気な言葉だ……」教授の心情を代弁するように、どこか遠くで霧笛(むてき)が物悲しげに鳴る。

「先生、帰国便の出発時刻がせまっています……」学生が言うが、教授は気にも留めない。

「面白いものだ――なにしろ、地球のような()()()()()惑星にすら翻弄(ほんろう)されるような人類が、銀河系の支配者――〝神〟気取りでふんぞり返っていたのだからな……」教授は煙草の先から立ちのぼる細い煙を見ながら、水平線に沈みゆく夕日をながめていた。

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