4・麻痺
〈RQ―21〉が米国国防総省より流出してから五週間が経った。全宇宙交通網の麻痺はじつに六七パーセントにまで及んでおり、中小国――ミクロネシア諸島連合、シベリア地方政府、東欧共同体、アフリカ連合など――の宇宙船や宇宙ステーションは、その九〇パーセント弱が完全に沈黙していた。この事態をうけて、国際宇宙評議会 (ISC)は緊急会議を招聘し、一刻も早く事態の解決をはかるよう各国に強く要請したが、「軍事機密」の厚いヴェールは他国をそう簡単に通しはしなかった。国連安全保障理事会も連日のように開かれていたが、後ろぐらい背景をもつ国家――すなわちほぼ全ての国家――の代表は口をそろえて自国のしわざではないと言い張り、「人類統一戦線」への参加と情報の共有を渋りつづけた。
だが、もはや自国の利益を追求している場合ではなかった。今は恥も外聞もかなぐり捨てて、共同で解決策を探すよりほかなかったのだ――さよう、恥も外聞もかなぐり捨てて……畢竟、人というものは、自由意思を持ち、他者を批難することのできるその性質ゆえに、己の過ちを――故意であれ、過失であれ――認めることを殊更に拒む生き物だ。その人間が集団を形成し、その集団がやがて「国家」の体をなしてしまえば、その特性は何十倍にも増幅されてしまう。ゆえに、彼らは己がこの災禍を招いていた場合のことを考え、戦慄し、恐怖する。
――この災禍の原因が我々であるならば、きっと未来永劫、わが国は責め続けられるにちがいない。そうなれば、我が国が今まで国際社会で築いた地位も、国富も、すべて烏有に帰すことになるのだ……
「嵐が過ぎ去るまで待て」が、世界各国のスローガンになったようだった。安保理は遅々として進まず、時間をいたずらに浪費した。だが――そうして一週間、二週間と過ぎるうちに、全宇宙交通網の麻痺はさらに進行し、ついに全体の八七パーセントに達した……だが、残った一三パーセントも、次第に沈黙しつつあった。
しかし、オリオン航空三五五四便の救援機――管制センターの指示で通信封鎖を行い、〈RQ―21〉の感染を免れた機体――が地球に帰還すると、状況は一変した。北米連邦宇宙局 (NASA)が突如、中国航空宇宙局 (CNSA)に事故機の情報提供を提案したのである。
「こちらが発見された被害機の画像になります。我が国の救援機が撮影したものです」
席につくと、NASA局長のロバート・リチャードソンは、挨拶もそこそこに、CNSA局長の李広成にタブレット端末を差し出した。李は画面を注意深く見つめ、スクロールしながら事故機の機体名を見た。
「テルスター57号、ヘリオス19号、神舟55号、スペース・パイオニア号、アルゲマイネ6号、蒼天9号、ダンカン2号……」
「ご覧の通り、世界各国の宇宙船と衛星が破壊されています。これは特定の国家が宇宙船を撃墜してまわっているわけではなさそうですよ、李局長――さらにいうなら、〈スペース・パイオニア号〉は我が国の最新鋭巡洋艦で、極秘扱いの機体です。〈蒼天9号〉もそうでしょう?」
「ええ、確かにその通りですが……」最高機密を探り当てられたショックで、李はたじろいだ。
「とにかく、件の救援機はそれから、数十機の難破船を調査し、ある事実を発見しました。それは――」
そこでリチャードソンは言葉を切り、囁くように続きをいった。
「――すべて、生命維持装置が故障していたのですよ。原因はすべて、コンピューターのエラーです」
「それはつまり……何らかのコンピューター・ウィルスの類、と?」
「あるいは、単なる偶然か、ですが――何にせよ、なぜか無線以外の通信を封鎖していた件の救援機だけが帰還できたのですから、ひとたび通信を行えば、ウィルスに感染する、といってよいでしょう」
「しかし、残存している宇宙船に危険を報せようにも、無線電波が地球から直接届く範囲は限られていますぞ。それに、無線中継衛星もあらかた故障しています」
「ええ、ですが――それについては心配なさらずともよろしい」
「なぜです?」李はリチャードソンになにか別の手段があるのか、とでも言いたげな目を向ける。しかし、リチャードソンの返答は違った。
「帰ってきても無駄ですから」