二日目
早朝。雲一つない晴天の下で、二人の男が言い合いをしていた。
「だぁかぁら! この村に少し滞在する合間に金稼ぐからつけてくれって!」
カズヤは宿屋の亭主に手をすり合わせながら懇願していた。
だが、亭主は見向きもせずそっぽを向き、カウンターを叩きながら怒っていた。
「そんなこと言っても旅人の言葉を、信じれるわけ無いだろ? 諦めてここの宿で少し働いて、代金分の働きをしてくれ」
なぜこんなことになっているのか、それは少し遡ることになる。
昨夜、スライムから逃げて村に来たカズヤは、夜も更けていたので宿に泊まった。
そこまでは良かったがカズヤは一つ忘れていた事があった、この世界に来て間もないカズヤが賃金を持っているはずがないかったのだ。
「そんなに言うならよぉ! はなから後払いとかなしにすればいいじゃねえかよ!」
眉が垂れ下がり今にも泣きそうな顔でカズヤは呟いた。
そして少し考え込み亭主に怒鳴り込んだ。
「金は絶対払うって言ってるじゃないか! こんな所でバイトしてせっかくの異世界転生の時間を無駄にしたくないんだよ!」
カズヤは指で指しながら亭主に言い放った。
いきなりトチ狂ったカズヤに、少し驚き怯んだが、亭主はすかさず言い返した。
「おぉ、あんちゃん逆ギレか? こっちが下手に出てやってれば、いい気になりやがって! 決闘なら受けて立ってやるよ! だいたいそのなりで金持ってない事が嘘くせえ、高級そうな服きやがって」
今にも二人の取っ組み合いが始まろうとしていたが、宿屋のドアがいきなり開かれた事で二人は驚き動きを止めた。
カズヤは驚きながら音のした方に振り向くと、そこには目を疑うほどの美少女が立っていた。
湖にただ一匹佇む純白の白鳥にも勝る美白肌。
職人が人生をかけて作り上げた、真円の如き水晶玉ですら敵わない海より青い青眼。
夜通し織られた生地よりもツヤのあるピンクのツインテールの髪。
正に可愛いが最も似合う女の子だろう。
女の子は二人の男が身構えて、今にも喧嘩が勃発しそうな状況を見て口を開いた。
「オジさんまた喧嘩ですか? いい年なんですから! そういうのはやめてください」
女の子は甘い声で亭主を叱った。
女の子に怒られた亭主は、先程までの怒りの形相を崩し、愛娘と接し合うかのような顔と声で喋り始めた。
「おぉ、ミカーヤ来たのか。すまねえな、恥ずかしい姿見せちまって。ミカーヤに免じてあんちゃんを信じてやるからさっさといっちまえ!」
ミカーヤに少し言われただけで、先程までの絶対に引き下がらなかった亭主は、カズヤを嘘のように簡単に許した。
ミカーヤと呼ばれる女の子はカズヤの方をチラリと見て亭主に状況を聞いた。
「この方と何かあったのですか?」
ミカーヤはカズヤを気にして、カチラチラと見ながら聞いていた。
「宿に止めてやったら、この旅人が金がねえから払えねえって、言い出して揉めたんだよ。」
話を掘り返すと、亭主はまたカズヤを睨み、声を荒らげて説明した。
ミカーヤは少し考え込んだと思ったら、笑顔で顔を上げおかしな提案をした。
「そんなことなら私が変わりに払いますよ」
ミカーヤはそう言うと見ず知らずのカズヤの為に、銀貨を亭主に渡した。
亭主は驚き、銀貨を手に取りミカーヤに返そうとした。
「ミカーヤ! 何もお前が払う必要はないんだよ!」
亭主が言い終わる前にミカーヤは、振り向いてカズヤの手を取り走り出した。
ミカーヤに手を繋がれた時カズヤは驚いた、この小さな体には似合わないほど力が強かったのだ、そして氷のように手が冷たかった。
「おじさんこの人少し借りるね! 後今週牛乳配りに来れなくなりました! ちゃんと伝えましたよ!」
どうやらミカーヤはこれを伝えに来ていたらしい。
手を引っ張られるがままにカズヤはミカーヤと共に走り続けた。
3分ほど走ると2階建ての少し大きめの家についた。
全速力で走ったカズヤは息を切らして、膝に手をつき肩を揺らしていた。
チラリとミカーヤの方を見てみると、カズヤを引っ張りながら走ったにもかかわらず、息一つ切らしてない様子だ。
「ここが私の家です! いくつか聞きたいことがあるんですが、とりあえず入ってください。話はその後進めます。」
ミカーヤは玄関のドアを開けて、カズヤを手招きしてきた。
敵意はない様子だが、カズヤは警戒して後退りしながら叫んだ。
「ちょっとまってくれ! 代金を払ってくれたのは感謝してるが、いきなり連れてこられて、家に入れっておかしいだろ!」
ミカーヤはハッして顔を手で隠して身をよじり、頬を赤らめながら自己紹介をした。
「すみません。恥ずかしながら興奮してしまって、肝心な事を忘れてました! あらためて自己紹介します、私の名前はミカーヤメイドロボットです! 訳あって異世界転生者を探しているものです」
ミカーヤは自信高らかに声を貼り、自己紹介をしだした。
走ったり、恥ずかしがったり、自信ありげにプロフィールを叫んだり忙しい子だが、バカっぽいだけで危ない様子はないようだ。
カズヤは安心して、先程の言葉を思い返してみると、おかしな点に気づいた。
「その訳を教えてくれなきゃ怖くて入れないの! それにちょっとまってくれ、この世界にロボット? しかも恥ずかしいとか興奮していたってどうなってんだ」
ミカーヤはカズヤの一言に反応して、目を輝かして、息を荒くしながら近づいて、カズヤの手を両手で包み込み、ピョンピョン嬉しそうに飛びながら話した。
「その服装にその発言! やっぱり異世界からの移住者なんですね!」
カズヤはビックリして手を振りほどき、ミカーヤと一度距離を取り話の整理を進めた。
「話をまとめさせてくれ。なんで異世界の事を知っていて、お前はロボットなのに感情があるんだ?」
拒絶されたことに少しミカーヤはションボリした様子だったが、すぐさま仕切り直して話を進めた。
「質問は一度に何個も聞いたらいけませんよ。それは置いといて説明しましょう! 私を作った人は異世界からの移住者だったのです。なので当然異世界について、存在の認知はしています。そしてその方のスキルによって、私は感情があるのです!」
説明になるとミカーヤは、妙に元気になり声を張上げた。
話をまとめて理解したが、ミカーヤの話にカズヤは少し気になる発言があった。
「大体はわかったけどよ。スキルって何なんだ? やっぱり異世界転生ってもんだから、魔法とかがあるのか?」
「魔法とは少し違います、魔法というのは魔力があるものが使える技術の事です! スキルというのはジョブごとについてる、固有の技術のことなのです!」
ミカーヤは高らかに両手を広げ、色々なポーズで説明しながら、教えてくれた。
だがミカーヤは話していて違和感に気づいた。
「ひとつお聴きますが。転生者なのになんで何も知らない上に、お金も持ってなかったんですか?」
「この世界に来てまだ2日目なんだ仕方ないだろ」
カズヤの返答に、ミカーヤは何か分かったように手を叩き、またしても説明してくれた。
「貴方は少し勘違いしていたんですね。いいですか、転生って言うのは異世界で生まる事です! つまり貴方は転移者って事になります!」
「ふーん、だいたい話は分かった。説明ありがとさん」
高らかに説明したのに、カズヤのあまりの興味のなさにミカーヤは落胆した。
そんなミカーヤを知り目に、いつの間にか警戒をやめたカズヤは玄関までの階段を登っていた。
カズヤが家に入ってくれる事に、喜びながらミカーヤも後をついてきた。
カズヤはミカーヤの家に入りながら聞いた。
「それで、俺を連れてきた理由ってなんなんだ?」
「そうそう、そういえばそんな話でした。単刀直入に言います! もし旅をしていてその目的が魔王軍の殲滅なら、私も仲間に入れてくれませんか?」
カズヤは顔をしかめた、明らかに自分より弱そうな女の子が、仲間になりたいと言っていきたのだ。
いくら人手に困っていても、足手まといを連れていくつもりはカズヤにはなかった。
「仲間になってくれるっていうのは嬉しいが、お前は何ができるんだ? 足手まといになられたら困るんだよ」
自分の事は棚に上げておいてミカーヤに面接を始めた。
カズヤの辛辣な言葉に、ミカーヤは待ってましたと言わんばかりに説明し始めた。
「戦闘はからっきしですけど、私サポートならできますよ! 例えば『スキル·鑑定』これを使えば、敵の弱点などを見れます! 試しに貴方のステータスを見てみましょう!」
神がしていたようにミカーヤの目元が青く光カズヤを睨んだ。
カズヤは美少女に見つめられ続け、少し照れてミカーヤから距離を取ろうとした。
距離を取ろうとしたカズヤの肩を鷲掴み、ミカーヤジロジロと何かをを読んでいた。
〘名前 イルバヤタ·K·カズヤ ジョブ·勇者〙
「凄いじゃないですか! ジョブが勇者だなんて! 普通の戦士の何十倍も、ステータスが高いんですよ!」
「俺が勇者?! 戦士の何十倍も強いなんてあるわけ無いだろ」
カズヤは困惑していた、スライムにすら勝てない自分が勇者なはずがないと。
ミカーヤはカズヤを置き去りにして、興奮しながらステータスを読んでいった。
〘力 1 速 1 魔力 1 守り 1〙
ミカーヤは驚愕した、ステータスが農民と何ら変わらないのだ。
ミカーヤは落ち着いて読んでるうちにある事が分かった。
「カズヤさんって呼ばせてもらいますね? ステータスで分かりました。そして分かったことがあります、あなたは勇者ですけど呪いをかけられています、ステータスが1/50になる呪いが。こんな強力な永続の呪いなんて見たことありません。何か心当たりはありませんか?」
「心当たりって言ってもなぁ、この世界きたばかりだからなぁ。分かんねえんだよな」
心当たりを探していたらカズヤはある一つの重大な事を思い出した。
ヘラヘラと脳天気な神だ。
(そういえば、俺はステータス低めって神に頼んでたからその願いを聞き入れて呪いをかけたのか? 後ジョブってやつは才能が関係するらしいけど、俺の勇者みたいな才能あるんだな)
「あー、憶測なんだけど多分神だな。」
カズヤの思いがけない言葉にミカーヤは驚いた。
神と一体何があれば、祝福の勇者が呪いをかけられるのか、ミカーヤの頭じゃ理解が出来なかった。
「神ですか!? 何かあったんですか!?」
「説明しようがねえから無視しといてくれ。それで解呪とかはできるのか?」
「神の呪いなんて、それと同等の力を持つ女神か勇者か魔王しか無理ですよ」
「そうなのか……」
(俺が低くていいって言ったんだもんな、今更解呪なんて虫が良すぎる)
好奇心でカズヤに聞き出そうとしたが、軽くあしらわれ、ミカーヤは少し落ち込んだように答えた。
「それよりも重大な事がありますよ! あなたの今のレベルじゃ、スライムも死闘でもしない限り倒せません。 そんな状態じゃ、レベルを上げるのに途方もない努力と時間がかかりますよ。唯一を除いては…」
ミカーヤは自慢気にニヤリとしながら一つ案を上げた。