ダーツ
「新入り動けよぉ。引っ張って行くぞ?」
「カズヤちゃんにこの動きを捉えられるかなぁ!?」
2人はラスボスに相対して、未だに硬直状態が続いていた。
このままでは最悪の結末が待っている事に焦り始めたシュウキは、頭をフル回転させて必死に打開策を考えた。
(この状況でできること……機動力は失った形態だからこの場合は逆に防御力を高めればいいんだ!)
健康日本男子が練りだした打開策……
シュウキはツガの前で正座を始めた。
「……? 新入りなんでいきなり座ったんだ?」
助けを求めようとシュウキの方を向いたカズヤは、シュウキの発想に感心して真似をしようとした。
(確かにその状態なら防御力は高い……考えたな! 真似させてもらいます!)
カズヤも一緒になって正座をしようと膝を曲げて踵を上げた瞬間、足と床の隙間に何かが滑り込んできた。
カズヤは何かに足を空中に持ち上げられ、亜高速にもなりうる速度で、回転を含みながら空中を水平にお風呂場を進み始めた。
驚きつつも下を確認すると、石鹸がカズヤと同じ速度で床を走っていた。
なぜ石鹸が来たのか後方を確認すると、オリセが床に倒れ込んでいた。
(なるほど……反復横跳びの様に俺を中心にを回っているうちに、石鹸が振動で落ちてきて天然のオリセ先輩は石鹸で転けたと言うことか。終わったな……)
メイド達は呆気にとられて、腕組みをして余裕そうに平行移動し続けるカズヤを、呆然と眺める事しかできなかった。
「ツガちゃん見てみて! カズヤちゃんあの状態でも、足の交差を解いてないよ! 女子力凄いね!」
「バカ! 関心より助けるのが先だろ! オコナ! 新入り! 追いかけるぞ」
ツガは滑ってゆくカズヤを追いかけながら、正座をしていたシュウキの方を見た。
振り返って見るとシュウキは膝立ちの状態で、必死に腰を振りながらペンギンのように少しずつ進んでいた。
「何してるんだ新入り、女子力一回捨てろ! 友達助けるんだぞ!」
ツガに怒られてシュウキは渋々立ち上がり、モデルの様な足取りでカズヤを追いかけ始めた。
(一向に落ちる気配がないな……回転が加わっていることで、重力に逆らいながら空中を進んでいるのか。……)
カズヤは相変わらず回転しながら、水平に空中を飛んでいた。
「先輩! あのまま行くとカズヤ壁壊しちゃいません!?」
「心配ないぞ新入り。メイド館の壁の材質は硬い素材を使っているから、壊れることは心配ない! 壊れる心配がないが、ぶつかった時の新入の骨が心配だ……てか、その走り方遅いからやめろ! 走れ!」
「これには事情があ――」
ドゴォォォン
確かにメイド館の材質は硬かった……
だがレベルが上がり鉄壁の筋肉を持ったカズヤに回転が加わった事で、硬かったはずの壁は豆腐の様に柔い壁に感じられた。
「「「さ、刺さったァァァァァ!!!」」」
呑気に駆け足していたシュウキもこれには焦り、必死に腰をうねらせて走り始めた。
「おい新入り! あいつの直線上走ったら!」
ツガが警告を出していたがもう遅かった。
カズヤの直線上には、共に壁に向かって走っていた石鹸の道があったのだ。
「おろ?」
シュウキは足を滑らせて、床を凄まじい勢いで滑り始めた。
「まずいまずい! 止めろ止めろ! 今は壁脆くなってるから止めないと!」
みんなは焦って本気で走り始めた。
(あ~すっげぇ天井高いのにカビ1つねえや……掃除が行き届いてるなぁ……)
シュウキは自暴自棄になり天井のタイルの線で、迷路を始めていた。
ドゴォォォん
((あ、こんにちわぁ〜))
放心状態の2人は壁で再会して、他にする事もない為見つめ合い始めた。