作戦会議
3人が館に来てはや一週間、ミカーヤは当然として、2人はようやくメイドの仕事がまともにできるようになっていた。
だがいくら立っても娘の部屋の家事は任せられたことがない、新人に気を使ってわざとさせてないのだろう。
絶対的なレベルの幽霊との同化は、娘に多大な負担を与えるだろう。
時間がないことが分かっている3人は、焦っていた。
「カズヤちゃん、私食器洗うから拭くの頼むね」
「は~い、わかりました~」
最初の数日はカズヤの見た目にキクラとオコナ以外は戸惑っていたが、一週間も経てばみんなはなれ始めて馴染んでいた。
「オリセ先輩、そろそろ私に教えてくれていいじゃないですかー。あの部屋って何があるんですか?」
オリセというのはカズヤを気に入って面倒を見てくれる、おっとりとしたロングの女性だ。
少し天然が入っていてカズヤも少し苦労していた。
カズヤはオリセの横に行き、食器を拭きながら娘の部屋になんとか入れないか話を持っていった。
「ごめんね~カズヤちゃん、ご主人様の言いつけで1ヶ月は教えられないの。ここのみんなはだいたい知ってるけど、2人程知らない子もいるの、その子達はみんな1ヶ月経ってない新人なのよ」
オリセは申し訳無さそうに頬に手を当てて、首を傾げながら話していた。
オリセは洗剤がついた手を頬に当てたせいで、床や顔が洗剤まみれになってしまっていた。
「先輩! 片手でやったらお皿が――」
ガシャン
さすが天然は期待を裏切ってくれない、皿を落として割ってしまった。
「まずいわ、早く片付けないと」
皿を割ったことでオリセは慌てながら片付けようとしていたが、頬に手を当てた時に洗剤が床に滴っていたことを忘れていた。
オリセは足を滑らせて前に倒れていった、このままではオリセがシンクに顔をぶつけると思ったカズヤは、なんとか支えようと手を伸ばした。
「先輩危ない! 私の手に捕まってください!」
カズヤに言われてオリセはとっさに手を伸ばしてなにかに捕まったが、勢いは落ちなかった。
オリセが捕まった事によりカズヤは洗剤で体制を崩してコケてしまった。
その反動でオリセも動かされたが、シンクに顔がぶつからずにすんだ。
ビリビリビリ
何かが破れる音が聞こえて、オリセは恐る恐る上を見てみた。
そこには胸倉を掴まれた事で体制を崩し、顔面からシンクにぶつかった死体があった。
「大変、カズヤちゃん大丈夫!? まぁ! 顔が横に陥没しているわ」
横から見たカズヤは顔面が凹の形をしていた。
カズヤを助ける為にオリセは後ろに回り込んで、両手を前に回し込んで力いっぱい持ち上げたが、オリセはまた洗剤の存在を忘れてしまっていた。
体の柔らかいオリセは足を滑らせてブリッジの体制になり、カズヤにジャーマン·スープレックスをキメてしまった。
ジャーマン・スープレックスをキメられた時、カズヤは椅子の背もたれに足を引っ掛けて椅子を中に飛ばしてしまい、宙に飛ばされた椅子はカズヤのお尻めがけて落ちていった。
「カズヤちゃんごめんなさい! 椅子の足がお尻に! 今抜いてあげるわ!」
オリセは椅子を抜く為に背もたれを手に取った。
そしてまたまた洗剤を忘れたオリセは、前方に倒れてしまった。
オリセは防御本能でとっさに捕まっているものに体重をかけて助かろうとしたが、その時捕まっていたものは背もたれだった。
「ハウッ!」
椅子の足の部分は凄まじい勢いで、カズヤに押し込まれていった。
「ごめんなさい! 椅子を離すわ」
オリセはとっさに椅子の背もたれから手を離した。
手を離すとオリセはそのまま重力に従い、カズヤの顔面に肘を入れ込んだ。
「カズヤちゃん!? そんなつもりはなかったのよ! うわーーん」
オリセは自分のせいで瀕死になったカズヤを見て泣いてしまった。
ガチャ
ドアが開いたことでオリセはビックリしながらそちらを見ると、大きな物音とオリセの泣き声に反応して、近くにいたミカーヤが駆けつけてきた。
「どうしました先輩! うちのカズヤが何か!?」
ミカーヤはカズヤが粗相をしていると思って、部屋に入るなりカズヤを探した。
部屋の中央にはお尻に椅子の足を入れた、死にかけのカズヤが倒れていた。
「どういう状況ですか?」
「アレのせいで! うわーん」
オリセはパニックになりながらも、床に垂れた洗剤を指指してミカーヤにうったえた。
だがミカーヤの目線からは、オリセが指しているのはカズヤだった。
ミカーヤは困惑しながらも、カズヤを指してオリセの方を向いた、オリセはそれだと必死に首を縦に振っていた。
(あの変態お尻に椅子刺し込んで、何血まみれになってんだ!?)
「すみません先輩、迷惑おかけしてしまって。こいつはもらっていきますね」
ミカーヤはカズヤを引きずりながら、館の外に出た。
外の井戸がある場所までカズヤを引きずると、椅子を引き抜いて顔に水をぶっかけた。
「ハッ! ここは!? あ、ミカーヤ! オリセ先輩は大丈夫か!?」
「お前が頭大丈夫か?」
ミカーヤさ目を覚ましたカズヤの水月に、膝蹴りを入れて、ミカーヤは服を整えると仕事に戻っていった。
「お、俺、ここに来てから扱いひどいよ……」
「ミカーヤどうだった? オリセはなんで泣いてたの?」
「おまたせしました、オコナさん。オリセさんが泣いてたのは……何でもありませんでした!」
館に戻ると廊下でオコナがモップを持って、ミカーヤを待っていた。
ミカーヤはスカートを捲りあげてモップを受け取ると、床掃除を再開した。
「やっぱりミカーヤちゃんうまいわね! まだ若いのにどこで教わったの? 気になるわ! あ、いけない! 乾拭きの仕事を忘れて、見惚れてたわ!」
サボっていた事に気づくと、オコナはミカーヤが磨いていった所を乾拭きしながら追いかけた。
ミカーヤの至高の技術とオコナの長年の熟練により、床掃除はものの20分で終了した。
「こんな早く終わるのは久しぶりだわ! 貴方はどこでこんな技術を? どうしてそんな知識があるの? あ~、気になることがいっぱいだわ!」
掃除道具を片付けながら、オコナは相変わらず眩しい笑顔で話していた。
「そこは秘密ですね〜。そういえばオコナさん、3階の秘密の部屋って何があるんですか? そろそろ教えて下さいよよ〜」
ミカーヤは自分の素性は隠しつつ、なんとか娘の部屋の話に持っていこうとしていた。
娘の話になるとオコナは眩しい笑顔を少し曇らせて、目を泳がし始めた。
「そろそろ、教えなきゃいけないかな〜」
(来た! 1週間努力したかいがありました!)
オコナはモジモジとしだして、ミカーヤをチラチラと見ながら、口に手を当ててこっそりミカーヤの耳に口を近づけてきた。
「実はね、あそこには――」
「良い所にいたな! オコナこっちを手伝え!」
いきなり後ろから声が聞こえた事で、オコナはミカーヤから離れて、誤魔化した。
邪魔をされた事でしょんぼりしながら声がした方を見ると、シュウキとその横に150cmほどの、ミカーヤよりも小さい先輩のツガが立っていた。
ツガとはシュウキの担当の先輩で、ここに仕えるメイドの中では、シュウキレベルの顔に並ぶ数少ない美少女だ。
美少女が多くいるこの館で、トップレベルの可愛さを持っているのにガサツで残念な美人だ。
「ツガちゃん! 今からお風呂掃除? こっちも廊下終わったし、手伝うね!」
「おう! そこのチビも連れてこいよ! そいつは使えるからな!」
ツガが2人の方を向いて、ブラシを振り回しながら手招きしていた。
オコナはミカーヤと一緒に掃除道具倉庫に向かい、道具を取ると、風呂場に2人で向かった。
「ごめんね、ミカーヤちゃん! やっぱりあれは、また今度ね! 秘密を言ったら、ビックリしちゃうかもしれないし! いや、今のは忘れて!」
「大丈夫ですよ。私はなーんにも聞いてません!」
あと少しまで言った所で、運悪く失敗したミカーヤは心の中で落ち込んでいた。
階段を降りて一階の廊下の奥に向かうと、2人は風呂場についた。
「相変わらずお風呂広いですね。ここを掃除するとなると、気が遠くなりますよ」
お風呂場はなんと燃やした酒場の一階よりも、遥かに広かった。
メイド達は何人も別れて働くが、大半はこの風呂場の掃除などをしている。
「でも大丈夫だよ! ミカーヤちゃん凄いもん! 後で私にその技術教えてよ!」
オコナがミカーヤを鼓舞すると、空いている場所を探して掃除をしに行った。
ミカーヤはオコナを見送ると、シュウキを探して歩いた。
「あ、いたいた。シュウキどうですか? あれはできました?」
シュウキの近くには担当のツガが張り付いていた為、ミカーヤは喋り方を変えて隠語を使って話し始めた。
「私の方は全然かな〜、1番やれるのはミカーヤだと思うな私は」
シュウキもミカーヤと同じように、口調を変えてツガにバレないように、話していた。
汗を流しながら磨いていたツガは、シュウキとミカーヤが話しているのを見て、眉をひそめた。
「新入りお前ら何サボってんだ! 今日のカップケーキお前達の分だけ、作ってやらないぞ!」
ツガのカップケーキとはお菓子作りが得意なツガが、頑張った一同に振る舞うケーキの事だ。
料理が得意なミカーヤも、お菓子だけならツガに勝つイメージが湧かないほどの美味さだった。
ツガのお菓子に舌が魅了されたここのメイドは、カップケーキ抜きと言う言葉を聞くと焦ったように、120%の力を出すのだ。
「すみませんツガさん! ミカーヤ見てのとおりだよ、名前すら呼ばれてないから私は無理だね。また後でね」
シュウキは言い終わると同時にツガの元に近くに行き、掃除を再開した。
ミカーヤも仕方なく掃除を再開しながら、周りを見渡した。
掃除をしながら周りを見ていると、オリセとカズヤも風呂場で掃除をしに来ていた。
淡い希望を抱きながらミカーヤはカズヤに近づいていった。
「あの件はどうですか?」
ミカーヤがさり気なく近づくと、カズヤも反応してオリセにバレないように少し遠くに行って、話し始めた。
「オリセ先輩は天然だけど、意外としっかりしてるんだよ。できるとしたらお前しかねえ、頑張ってくれ。時間はあまりないからな」
結局1週間それぞれ頑張った結果、オコナが担当になってくれたミカーヤしか希望はなかった。
「カズヤちゃん、私達こっちの方をしましょう。ついてきて」
「分かりました、今行きますね先輩。じゃ、お前も頑張れよ」
そう言うとカズヤもオリセの元に行き仕事に戻ってしまった。
ミカーヤは自分がやらなきゃいけないと、腹をくくりオコナの元に戻っていった。
オコナの元へ行くとすでに10M範囲を1人で掃除を終えていた。
お菓子作りのツガだとしたら、掃除はオコナの専売特許だ、その技術には謙遜をしているがミカーヤと同レベルかそれ以上の実力があった。
「オコナさん、私もこの一帯手伝います!」
「ありがと! ミカーヤちゃんは優しいね! その優しさを振り分けてもらったら、それだけで元気いっぱいになれるよ!」
ミカーヤは照れながらオコナと一緒に掃除を再開した。
娘の救助と言うクエストがあるが、実はミカーヤは自分より家事が上なここのメイド達をみて、勉強をするのが最近の楽しみだった。
頭の片隅にはクエストの事を考えているが、暇さえあれば技術の盗み見ばかりしていて、ミカーヤは聞き出す事はほとんどできていなかったのだ。
「よっしゃー! お前ら全員終わったか! ならご飯担当の奴らが作り終わるまで、メイド館で私がケーキを作ってやる!」
「「「「「やった!」」」」」
ツガが自分の区域を終えると現場監督になって、人手が足りない所に助けに入ったおかげで、掃除は早く終わった。
頑張って仕事をしたみんなを労って、ツガがケーキ作りの宣言をするとお風呂場に心の底から喜んだみんなの声がこだました。
「道具を片付けたら、メイド館に集合だ! 新入り私の道具を片付けてくれ、私は一足先に戻って作っておくから」
ツガはシュウキに道具を渡すと、急いで風呂場を出て行った。
「はっや。毎回思うんですけどツガさんの動き速すぎません? 目で追えないんですけど」
「ツガちゃん運動神経良いよね! 私も目で追えないから毎回尊敬しちゃうよ!」
ツガが出たのを確認すると、みんなも協力して色々な道具を片付けていった。
道具を片付ける時に人気なのは、やはりカズヤだった。
重たい道具、大きい道具、などは全てカズヤが担当して他のメイドは細かなものなどをどんどん片付けていった。
お菓子のためにメイド全員が一眼となって協力した事で、片付けは10分で終わった。
片付けが終わるとミカーヤはシュウキとカズヤを探しながら、メイド館に向かった。
「いたいた、2人とも今日もお疲れさまです。いやー疲れましたね、お風呂を担当する時は、毎回疲れがいつもの倍ありますよ」
ミカーヤはメイド服を脱ぎながら、カズヤとシュウキに近寄っていった。
「俺は風呂より水くみが嫌だな。俺は2人みたいに武闘派じゃないし、この時期になると冷たくて死ぬ。」
水くみとは本館離れにある、井戸からバケツを持って水を運ばなきゃいけない仕事だ。
ここの主人はライバルメーカーの魔晶石を酷く嫌っており、料理は魔法が使えるものが担当して、水などは地下水を利用している。
「あれは俺も嫌いだ。重さは気にならないけど、冷たさだけは我慢ならねえ。何だあれ、やろうとしたやつ馬鹿だろ」
そうこう話しているうちに、3人はメイド館についた。
メイド館につくとまず全員部屋に向かい、ラフな服に着替える。
その後みんな美容関係の手入れを済ましたあと、全員で居間に集まりツガのケーキをいただくのが、1日のルーティーンだ。
「服も新しいもの用意したいですね。長期クエストなので、4つ程持ってきましたが、こういう場所となると、10着はほしいです」
部屋の仕切りのカーテンを閉めると、ミカーヤは服を着替えた後、髪の毛を解いてくしでときはじめた。
「ミカーヤは髪の毛の維持が大変だな」
シュウキが自分の服に着替えながら、髪をとくミカーヤを見て呟いた。
「なんの手入れもなしに、世界トップレベルの美貌を維持してる、シュウキさんがおかしいのです! 私にもその神の加護くださいよ!」
着替えるだけで準備などいらないシュウキに、ミカーヤは羨ましさをさらけ出した。
シュウキは少し優越感に浸りながら、カズヤの方を見ると、生地しか変わらないのに服の見た目を選んでいた。
「お前は、生地だけ選んできろよ」
「バカ野郎! お前らと違っておしゃれできない分、俺は頭の中でファッションを形成するんだよ」
神だけではなく職業にまで呪われた、哀れな勇者を2人は慰めるような目で見つめていた。
ミカーヤの髪の手入れが終わると、3人は早速ケーキを食べに下に降りた。
「おう、新入り! お前たちも来たか! 今オーブンで焼いてるから少し待て!」
居間に行くとツガがキッチン前で仁王立ちしていた。
ツガは自分がお菓子を作るときは、何者もキッチンに入れることは拒むのだ。
居間はツガが作っているケーキの甘い匂いが広がり、メイド達の食欲を刺激し続けている。
「早く食べたいわねぇ。ん? カズヤちゃんこっちこっち~!」
3人でソファーに座ろうとすると、オリセに気に入られているカズヤは呼び出しを食らった。
ここ1週間毎日そうだ。
オリセの性格は気に入ったものはとことん溺愛するタイプだ、今回はカズヤの事を心底気に入ったため、1週間常に張り付いていた。
「よーし! お前等できたぞ! 慌てずゆっくり味わえ! 私の特製カップケーキだ!」
2人でお菓子を待っていると、ツガがオーブンから甘い匂いを撒き散らすカップケーキを持ってきた。
その匂いに連れられてメイド達はツガの元へ集まり、一人一個持っていった。
2人はカップケーキを受け取ってソファーで食っていると、カズヤがオリセに一口一口『あ~ん』をされていた。
「友達が気になるか新入り! オリセの悪い癖だな、私も昔はあんな感じにされてた」
スプーンを加えながら、ツガがシュウキの横に座ってきた。
先輩の意外な一面を知ったシュウキは、少し嬉しくなりながらカズヤの方を向いた。
そこには『あ~ん』が楽しくなったのか、凄まじい速度でスプーンを出し入れされるカズヤがいた。
オリセは焼き立てのことを忘れているのか、どんどんどんどんカズヤの口に放り込んでいった。
次第にカズヤの口は真っ赤に染まり始め、カズヤの目には涙が浮かんでいた。
「あ~、お前の友達もされてるのか。私もされたけど、あれ辛いんだよな。それにして――あっ……」
ツガの話を聞いていたシュウキは、いきなり固まるツガに驚いて振り向いた。
ツガの方を見るとツガは目を見開いて、咥えていたスプーンを膝の上に落としていた。
何を見ているのかと思いカズヤの方を見ると、手を離しているのにカズヤの口の中で並行になっているスプーンがあった。
「いったぁぁぁぁぁ!」
「ごめんなさいカズヤちゃん! スプーンが口の中に刺さっちゃったわ! 今抜いてあげるわ」
もがき続けるカズヤを助けるべく、オリセはスプーンに手をかけた。
オリセがスプーンに手をかけた瞬間全てを察したメイド一同は、カップケーキそっちのけでスプーンを手に取るオリセを止めようとした。
「全員オリセを捕らえろ!! 急げぇぇぇぇ!」
「せーっの! あっ、足が」
だがもう遅かった。
天然キャラを発動したオリセは引き抜こうとした時に、足を滑らせてスプーンをカズヤの奥に……
「ギャァァァァァ!」
メイド館にカズヤの絶叫が響き渡った。
焦るメイド達を尻目に、シュウキとミカーヤはカズヤの耐久力と回復力を知っている為、黙々とカップケーキを食べていた。
「ハァハァハァ。 新入り大丈夫か? お前凄いな、もう傷が塞がりかけてるじゃねえか。 オリセ、次からヤバい事になったら他の人を呼べ!」
これ以上傷つけないようにツガが慎重にスプーンを抜いたあと、ツガは口をこじ開けて傷の確認をしていた。
「は〜い。ありがとねツガちゃん、助かったわぁ。」
叱られたことでオリセは反省をしていた。
「ごめんねカズヤちゃん、お詫びに私のケーキをあげるわ! あ、でも、口が……」
自分のケーキとカズヤの口を交互に見ながら、オリセはいい事を思いついたようで、手を鳴らした。
一度やられた事があるツガは全てを察して、指揮を取った。
「お前ら! 新入り2人の目と耳をふさげ! 刺激が強い!」
慌てだしたメイド達を無視して、オリセはケーキを自分の口に運んだ。
そして、柔らかく噛み砕くと……
「女の子同士だからいいよね?」
〜〜〜〜〜〜
カズヤは痛みなのか、他の理由なのか、口を抑えて放心していた。
「新入り……まぁ、お疲れだ。」
放心するカズヤの肩に手をおいて、ツガは哀れんだ。
だが、男の子カズヤにはそんな事をされる道理はない、むしろ喜んでいた。
「お前ら……もうご飯にするか」
静寂としていたメイド館はツガの合図で、皆がご飯に取り掛かった。
数十人のメイドが本気を出したら、ご飯などすぐ終わる、一瞬でご飯が出来上がってしまった。
ご飯ができるとみんなで食事用の部屋にご飯を持っていき、椅子や料理を並べていった。
並べ終わると即席の取り合いが始まった。
仲がいい人や、少し気まずい人、色々な人がいるため、席は取り合いになるのだ。
「シュウキ、カズヤの横に行きましょう」
「わかった。私カズヤ連れてくるよ」
ミカーヤが席を取ってるうちにシュウキはカズヤを連れてきて、3人並んだ席についた。
カズヤが席につくと、やはりこの女もついてきた。
「カズヤちゃん、私も横に来てもいい?」
「お前は私の横だ! オリセ、来い!」
カズヤに気を使って、ツガはオリセを連れて行ってくれた。
カズヤから引きずり離されるオリセは抵抗はしないが、両手はしっかりとカズヤの方に伸びていた。
「もう、仕方ないなツガちゃんは。今日はカズヤちゃん諦める代わりに、久しぶりにあれさせてね?」
その晩、メイド館の食卓には信じられない光景があった。
最古参のメイドでもほとんど見たことないツガの『あ~ん』される姿が、全員の前で行われていたのだ。
「ごちそうさま。美味しかったねツガちゃん」
「聞くなもう2度とゴメンだぞ! 後お前ら手を休めるな」
ツガの言葉で2人に目を奪われていた全員は、我にかえり食器を片付ける準備をしていた。
「待ってください! 食器は私とシュウキでするので、皆さん先に入ってください!」
食器を片付けようとする全員をカズヤは止めた。
カズヤとシュウキというイレギュラーが、唯一バレる場所、それがお風呂だ。
2人はお風呂を入る時になると、何かと理由をつけて一番最後に入っていた。
いつもは残念がるみんなも、今日だけは察して食器を預けた。
「やだぁ! そろそろカズヤちゃんと洗いっこしたい!」
抵抗しながらも連れて行かれるオリセを見送って、2人は食器の片付けを初めた。
「おかえりなさい。2人とも理由作り大変ですね」
お風呂を出て部屋に戻ると、ミカーヤが髪を乾かして待っていた。
2人はカーテンを閉めてパジャマに着替えると、声を潜めて話し始めた。
「ミカーヤ、お前どうだ? オコナ先輩行けそうか?」
「今日話しを振ったら、話してくれそうでした! もう人押しです」
カズヤの問いかけにミカーヤは手でOKを作りながら答えた。
「聞くとしたら、1番邪魔になるのはツガ先輩だな。俺がいかにミカーヤから離せるかによる」
3人は娘の事を聞き出す為の、作戦会議をしていた。
3人の作戦はこうだ。
まず順当に1ヶ月後に任されるのを待つとすると、娘の命が持たない。
故に先輩から聞き出したことにして、主人に話を持ちかけて担当を任せてもらう方針だ。
これを成功させる為には、まず聞き出さなきゃならないので、3人はそれぞれ一番長く付き合う担当指導のメイドから、なんとか聞き出そうとしていた。
だが作戦を始めてはや1週間、未だに話を降っても娘の話は聞かせてもらえなかった。
「聞き出したとしても、俺達まだ幽霊倒す作戦決まってないしな。」
「いや、それは大丈夫だ。あの幽霊カズヤを怨んでるから、取り憑いたところを幽霊ごと殺せば」
「すごい! シュウキさん、もうそこまで!」
シュウキの作戦にミカーヤは目を輝かして褒めた。
作戦を認められた事でシュウキは鼻息を立てて、自慢げになっていた。
その一部始終を見て、カズヤは真顔で、しかし純粋無垢な目で2人を見た。
(何喜んでんだこいつら。話によると、俺死ぬよね? 穴だらけの作戦で何勝ち誇ってんの。やめろよ、俺死ぬことになるじゃん)
「そうと決まれば作戦もできたことだし! 明日また頑張るか!」
「そうですね! オコナさんからなんとか聞き出してみせます!」
真顔のカズヤを気にもせずに、2人は手を合わせて盛りがっていた。
一通り喜びの儀式を終えると、真顔で動かないカズヤを無視して、2人はベッドで寝付いた。
2人が眠りに入って2時間、いまだにカズヤは微動だにしなかった。
(俺、死ぬよね?)