新しい女の子が加わったTRPGがなんかいつもと違うんだけど
この作品は、小畠愛子様主宰の「カドゲボドゲカフェ企画」参加作品です。
「ここでラスボス。ドラゴン登場!」
「ドラゴンで来たか。種類は何だ?」
「銀」
「なっ、ちょっと待て。早希。何でビギナーズシナリオで銀竜が出るんだ。出ても青か緑だろう」
「やかましいぞ。阿刀。男なら気合いのダイスで勝って見せろ」
唖然としている僕を尻目に湊は自分の持ちキャラを前進させ、ドラゴンに攻撃を仕掛ける。
「僕はやるよ。ノーマルソードで銀竜を攻撃!」
それを聞いた早希は上機嫌だ。
「さっすが、湊くん。男の子はそうでなくちゃねぇ~。えーと」
思えばここで既に違和感があった。気がつくべきだったんだが、その時の僕はそこまで気を回す余裕はなかったんだ。
早希は慣れた調子で戦闘結果を出しに行く。
湊の今日の持ちキャラは「ハーバー4号」。戦士だ。
本体攻撃力 7
ノーマルソード付加攻撃力 5
攻撃力は両者の合計で12。
これに6面ダイスを2つ振った数を加算する。
「さあ、湊くん。男の気合いダイス行ってみよう」
「むんっ」
湊の気合いの下、出た目は2と5。7だ。
「総攻撃力は12たす7で19。ざ~んねん。効果無しです」
「いや~、やっぱダメかあ」
苦笑いの湊。いや、ちょっと待て。
「早希。効果無しって、銀竜の防御レベルはいくつだっけ?」
「ん~、23」
「23? じゃあ、湊の元の攻撃力は12だから6ゾロ出さないとダメージ与えられないじゃないか」
「そうだねぇ~」
「そうだねぇ~って、TRPGのGMとしてそれでいいのか? 6ゾロじゃないと駄目って36分の1の確率だぞ。ゲームバランス無茶苦茶じゃないか。おい、湊も何か言え」
「男には負けると分かっていても、戦わなければならない時がある」
何を言ってるんだ湊。普段はシナリオのゲームバランスがちょっと悪いと文句言うくせに。何か今日はおかしいぞ。早希も湊も。
いつもと何が違うかと言えば、彼女だ。今回、初参加。魔法使いのキャラでパーティーに加わった古萩琴葉さんが増えたくらい。
彼女は早希のクラスメイトで、おとなしそうな感じがするけど、ファンタジー小説が好きだそうで、今回初めて僕たちのTRPGのプレイに参加した。
初心者ということで、僕と湊が戦士を出して、古萩さんの魔法使いを護衛。更に早希が初心者向けのビギナーズシナリオを用意するという話だったんだけど。
◇◇◇
「うわああ~、やられたあ」
何と僕がいろいろ考えているうちに湊の戦士がラスボス銀竜のドラゴンブレスであっさりHPが0になった。
しかし、湊。「やられた」とは言ってはいるが、声が嬉しそうじゃないか?
「そんなことはない。阿刀、ここからは頼んだぞ。俺の屍を越えていけ」
おかしいって、おまえ。普段は絶対そんなこと言わないだろ。自分のキャラが死ぬとすげえ悔しがるじゃないか。
いやもともと「ハーバー4号」自体が湊の持ちキャラの中で最弱だ。早希がビギナーズシナリオを用意するという理由かもしれないが、僕には持ちキャラ最強の「リメインダー」を出すよう強く勧めたのだ。
そして、ビギナーズシナリオを用意すると言っておきながら、ラスボスとはいえ銀竜を出す早希。どう考えても中級者シナリオか上級者シナリオのモンスターだろ。
「あの」
気がつくと不安そうに僕を見つめる古萩さんがいた。
いかん。せっかくTRPGに興味を持ってくれた人を不安にさせてはいかん。しかも、女の子だぞ。早希と湊が何を考えているかサッパリ分からないけど、ここは何とかせねば。
「大丈夫。僕が何とかしますから」
笑顔で答える僕。
「そうですかー」
ほっとした表情の古萩さん。ようし、やったろうじゃないの。とはいえ、出来ることと言えば、ダイス振りに気合いを入れることだけなんだが。
「ふっふっふ。その気になったようね。かかってきなさい」
ノリがすっかりラスボスの早希。
実はこの早希。僕の双子の姉で、一緒にゲームマニアの父親の英才教育を受けた身なんだが、未だに底知れぬところがある。
湊の方は、僕たちの父親が主宰する市内のゲームサークルの役員の息子だ。まだ、湊の方が早希より分かる。一緒に生まれた実の姉より他人の方が分かるというのも何だが、湊はそれだけの親友ってことだろう。
まあともかく、今回については一緒に生まれた実の姉と親友の考えがまるで分からないのだが、ええいっ、やったるわいっ!
◇◇◇
「だけどラッキーだよ。銀竜がさっきブレスを吐いたばかりだから、5ターンは息を吸う時間がかかる。その間は一方的に攻撃できるよ」
おおう、早希。ここはしっかりGMしてるな。よーし
「リメインダー」 職種:戦士
本体攻撃力 10
ノーマルソード+3付加攻撃力 8
攻撃力は両者の合計で18。
つまり、銀竜の防御レベル23を突き破るためには6面ダイスを2個振って6以上の数字を出す必要がある。ここまでなら出目の確率は72.22%だから悪くはない。
ただし、ただ24以上の数字を出せばいいという訳でもない。防御レベルを超えた数だけ相手にダメージを与えるから、出来るだけ大きい数字を出さねばならない。え? 難しい? うん。こういうのは実際にやっているところを見てもらうのが一番だからね。
「おりゃー」
気合い一発。ダイスを振る。出目は4と5の合計9。
1回目の攻撃値 18+9=27
防御レベル23を4超過するから、銀竜のダメージは4。銀竜のHPは23から19に減少。
「てりゃー」
2回目。出目は5と6の合計11
2回目の攻撃値 18+11=29
防御レベル23を6超過。銀竜のHPは19から13に減少。
「どりゃー」
3回目。出目は3と5の合計8
3回目の攻撃値 18+8=26
防御レベル23を3超過。銀竜のHPは13から10に減少。
やはり最初の5連続攻撃で倒せるほど銀竜は甘くない。だけど、今日のダイス運は悪くない。この後の銀竜のドラゴンブレスを耐えきれば勝ち目はある。
「たあー」
4回目。出目は……2。すなわち1ゾロ。
◇◇◇
1ゾロだと攻撃値は18+2=20だから、防御レベル23を下回り、効果無しなんだけど……
1ゾロが出た時、もう1回プレイヤーは6面ダイスを2個振らねばならない。「武具魔具の破損チェック」だ。
まあ、「破損チェック」といってもめったには壊れない。僕は特に気合いも込めずに軽く振った。
出目は…… 1ゾロ!
こっ、壊れたーっ! 僕の愛刀「ノーマルソード+3」があっ、ポッキリとー。
あまりの出来事にその場にいた全員が絶句した。
◇◇◇
「あ、阿刀。このタイミングで武具壊すー? 湊くん、武具魔具壊す確率ってどのくらいだっけ?」
「36分の1かける36分の1だから、1296分の1だね。0.077%。うわ。阿刀、逆の意味で持ってるわー」
このTRPG。武具魔具を壊しても、いやそもそもめったに壊れないんだけど、町の鍛冶屋にレベルに見合った費用を支払えば直してくれる。
だけど、戦闘中にそんなことは出来ないから、ここから先、僕は本体攻撃力のみで戦わなければならない。本体攻撃力は10。出目の最大値は6ゾロの12。足すと22。銀竜の防御レベルは23。詰んだ。
「あ、あのお」
ああ、古萩さん。僕は君のデビュー戦に勝利を贈れなかった。ごめんね。
「5ターン目は私が攻撃してもいいですか?」
何を言うんだ。古萩さん。君のキャラは本体魔法力7、持っている木の杖の付加魔法力は3、足して10。出目の最大値12が出ても、22。やはり、銀竜の防御レベル23に及ばない。
しかし、その時、古萩さんは決意を秘めた目でGMの早希を見据えると言った。
「早希ちゃん。私、『女神の杖』使う」
「え? いいの? 琴葉ちゃん、計画は?」
「いいの。私は阿刀君を守りたいの」
「分かった。魔法力再計算ね」
「コトハ」 職種:魔法使い
本体魔法力 7
女神の杖付加魔法力 14
攻撃力は両者の合計で21。
ふっ、付加魔法力14? 僕は一体何を見てるんだ?
つーか、「女神の杖」って何だ? 初めて聞いたぞ。
「なあ、湊。『女神の杖』って、初めて聞いたよな。どういう魔具なんだ?」
「あ、ああ。上級者シナリオに出てくるんだよ。僕も使うところを見るのは初めてだけど」
湊。あんまり驚いたふうでもないね。ひょっとして何か知ってた?
「行きますっ! えいっ!」
そんな僕の思いをよそに古萩さんは気合い一発、2個の6面ダイスを振る。
コロコロコロ 出目は…… 6ゾロ! すなわち12!
攻撃値 21+12=33
防御レベル23を10超過。10残っていた銀竜のHPは…… 残り0!
◇◇◇
「きゃーっ、やったー」
飛び上がって喜ぶ古萩さん。うん可愛い。彼女の思わぬ一面を知れた。
いやいやいや、それはいいのだけれど、今日のこのプレイは何だったの? 訳が分からないよ。
「あ」
何とも言えぬ複雑な表情をしていたであろう僕に気づき、古萩さんは慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、あの怒ってます?」
いや、所詮TRPGは賽の目任せ、風任せ。普通あり得ない1ゾロ二連発をかましたのはこの僕だし、それはいいのだけれど、古萩さん、初心者じゃなかったの?
「え? あ、それは……」
そこをゆっくり前に出てきたのは早希。
「琴葉ちゃん。もうフルオープンにしよう。こうなっちゃしょうがないよ」
「え? ええーっ」
真っ赤になる古萩さん。ぬっ、ぬぬぬ。
「あのねえ。琴葉ちゃんは阿刀のこと好きなの」
「……ええーっ」
そりゃあ、こんなに可愛くて、ゲーム好きな子は僕の理想のど真ん中ストライクだが、人間、あんまり突然に幸運が舞い込んでも頭が真っ白になるぞ。
「でも恥ずかしくて告白できないってから、私と湊くんで今回のプレイで阿刀をヒーローにして、琴葉ちゃんが阿刀にTRPGについて教えてもらうという形でお付き合いを始めるという計画を立てたの」
違和感ありありだったぞ。その計画。
「まあ、それも阿刀が1ゾロ二連発という信じられないことをしでかしてくれるもので大幅に狂っちゃったんだけど」
むう。それは返す言葉もない。
「ただそれで琴葉ちゃんが阿刀を守りたいって張り切っちゃって、上級者だってばれちゃったんだけどね」
古萩さんって、上級者だったんだ。どこで覚えたのかな。
「古萩って名字で分かんない? お父さんが主宰しているゲームサークルの副会長さんの娘よ」
あ、なーる。言われてみればゲームサークルの定例会で見たような。
「琴葉ちゃんは阿刀のことずっと見てたんだよ。このニブチン」
ううっ、面目ない。
◇◇◇
「あ、あの」
早希にコテンパンに言われる僕を見かねてか、真っ赤な顔をした古萩さんが出てきた。
「こんなことになっちゃったんですが、お付き合いしてもらえませんか?」
ここで断る選択などあろうか。いやない(反語)。
「こちらこそよろしくお願いします。だけど……」
「だけど?」
「これからはわざと弱いキャラとか出さないで、真剣でお願いしますね」
「はい」
なおもはにかむ古萩さんに僕は黙って右手を差し出した。
彼女はしっかりと握り返してきてくれた。柔らかい手だ。この手で振ったダイスで銀竜を一撃で屠ったのか。感慨深いぞ。
◇◇◇
うおおおっー パチパチパチ
背後で沸き起こる歓声と拍手。もちろん、早希と湊だ。
「良かったなあ、阿刀。良かったなあ」
そう言いながら僕の背中をバンバン叩く湊。いや待て、おまえにはいくつか聞きたいことがある。
「な、何かな?」
「湊。おまえは古萩さんのこと知ってたのか?」
「うん。だって、古萩さん、僕の従妹だもの。親父の妹の子だから名字は違うけどね」
何てこった。本当に知らなかったのは僕だけか。いや、それよりももっと聞きたいことがある。
「な、何かな?」
「早希が湊のこと『みーくん』と呼んでるんだが、いつから『みなとくん』から呼び方が変わった?」
「あ、やっぱ気づいた? ちょっと前から僕と早希ちゃん付き合ってるんだ」
◇◇◇
「貴様―っ」
僕は反射的に湊の胸ぐらを掴んだ。
「ええい、そんな大事なことをこの僕に何の報告もなくっ!」
「うぐぐ、阿刀には言おうと思ってたんだよー。だけど、琴葉から阿刀との仲を取り持ってほしいと頼まれたんで、その後でいいかなって」
「そのようなことは理由にならんっ! 貴様は許さんっ!」
「ぼっ、暴力反対―っ!」
「暴力は振るわん。だが、10年来の親友を舐めるなっ! 食らえっ! くすぐり攻撃っ! こちょこちょこちょ 笑い死ねぃっ!」
「やっ、やめっ、阿刀っ! ほっ、ホントに笑い死ぬって、ぎゃはははは」
「あーっ、阿刀っ! 私の湊くんに何てことをっ! 実の姉を舐めるなっ! おまえの弱点は知りつくしておるわ。食らえっ! くすぐり攻撃っ! こちょこちょこちょ」
「さっ、早希、やっ、やめっ、そこ弱いって、ぎゃはははは」
それを見つめる古萩さん。
「いいなあ。楽しそうです-」
そんな彼女に僕は声をかける。
「こ、古萩さん。僕と早希は双子だから弱点は同じなんだ。だから、早希が僕の体でくすぐってるところと同じところで早希をくすぐってっ! ぎゃはははは」
「そうなんだ。じゃ、失礼して、早希ちゃん。こちょこちょこちょ」
「こっ、琴葉ちゃんっ! やめっ、やめっ、ぎゃはははは」
おしまい
古萩琴葉
イラストレーション 高取和生様
楽しんでいただけましたでしょうか。
作中出てくるTRPGは作者が作成した独自のものです。
TRPGをよく知らない方にも分かりやすく書いたつもりですが、分からないところは質問してくださいね。