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8 ベルグレイン母神と『名無し』と名前

 聖堂の奥にも、入口の遥か高い所にあったのと同じような女神像があった。こちらは立っている姿で、巨大で大きく、人を優しく見下ろしているような姿だ。


「こうやって、祈るんだ」


 ウィルさん……今は使節団の人や神官も何人かいるので、ウィリアム王太子殿下が片膝をついて顔の前で手を組んだ。そこに、額を当てている。


 ここは膝をつく場面らしい。スカートなので両膝をついて、私も同じように手を組み、額をそこに当てた。


 劇的だったのはここからだ。


「きゃっ……?!」


「姫!」


「これは……?!」


 私の祈りに反応して、女神像と私の身体が光る。札めくりをする時のような感覚だが、入ってくる情報量が段違いだ。


 何もかも知っている気もするし、あまりの情報の奔流に何も知らない気もする。驚いて声をあげたけれど、私は祈りの姿勢を崩さなかった。この情報の奔流が心地よかったからだ。


 光に包まれた身体の、髪が風も無いのにゆっくりと広がりはためいている。衣服の裾も。それでいながら、私は頭の中に流れて来る心地よい情報の海の中を漂っていた。


 やがて情報の中から、ぽつ、ぽつ、と光を放つ文字が浮かび上がってくる。札占いのように、私はそれを拾っていった。


 拾った順番に並べてみると、ルナアリア、という文字列になる。


「ルナアリア……」


 その言葉を呟いた瞬間に、額に衝撃が走った。痛くはない、ただ、パンっと何かに弾かれたような感覚。もう、情報の海に溺れることはなかった。


 ゆっくり目を開いて、隣で心配そうな顔をしているウィリアム王太子殿下を見る。


「ウィ……ウィリアム王太子殿下」


「大丈夫かい……? 一体、何が……」


「いえ、あの、光るのは札めくりの時にはいつものことなんですけど……、たぶん、私の名前は、ルナアリア、です」


「ルナアリア……そう、君は、母神と話したのかな」


 あれは会話というのだろうか。とにかく、体中が心地よいお湯の中にいたような気持ちよさの中で、拾い集めた文字がそれだった。母神はもしかしたら語るべき言葉が多すぎて、私は母神の言葉を拾うのが精いっぱい。そういう会話だったのかもしれない。


「たぶん、そうだと思います。神の言葉は分かりませんが、札占いをする時と同じように、全身を包む情報の中で、この文字が光って私に教えてくれたので……これが、名付け、ですか? どんな意味がある名前なんでしょう」


 ウィリアム王太子殿下が難しい顔をしている。使節団の人も、神官たちもざわついている。もしかして、私もここで巫女として生きていかなきゃいけないんだろうか。……それはちょっと、嫌だな。もう少し外のことを色々知って、いろいろ経験して暮らしたいし……。


「ベルグレイン母神……ベルグレインというのは、空のこと。陽が昇り、落ちて、月が昇り、星が瞬く、全ての空を示す言葉だ。ルナは月という意味、母神の名前の一部で、アリアは歌のことだけれど……ルナと合わせるのなら、明けない夜、のことだと思う。君は月であり、夜は明けない。君の人生は常に暗闇に光を灯し、細くなったり丸くなったり変化し続ける……、祝福された名前だと、思う」


 私の解釈で合っているかはわからないけれど、とウィリアム王太子殿下は言ったが、私はその意味を気に入った。


 夜はいつもつまらないものだった。けれど、夜は一人、札占いをする時間でもあった。


 私が月だなんておこがましい気もするが、せっかく母神が与えてくれたのだから、私は今日『名無し』を捨てて『ルナアリア』になろうと思う。


「ウィリアム王太子殿下、やっと私も名乗れます。私は、ルナアリア。ベルグレイン母神に貰った、祝福された名前、ルナアリアです」


 笑顔で告げた私に、ウィリアム王太子殿下は目を丸くしたあと、自分の事のようにうれしそうに微笑んだ。

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