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6 『名無し』と母と占い札

 翌日も、よく寝てよく食べて日課の運動(窓の桟に指を掛けての懸垂)を行った私は、慣れた馬車の中に乗り込んだ。


 座りっぱなしは体に悪いので、どの宿屋も立派な造りだし、離宮でやっていた運動をしている。バッキバキに体が凝り固まっているのでちょうどよかった。


 昨日の話の続きをする予定だが、私からは何と切り出していいか分からない。会話不足も分かっていたこととはいえ、マリアンたちと真面目な話なんてする訳もなかったし、誰にでも初めてはあるものだ。


「ウィル……殿下」


「2人きりならウィルさん、でもいいんだよ?」


「少しでも慣れておこうかと。あの……何故身分と名前を偽ってこの国に?」


 彼は馬車の壁に肘をついて、緩く握った拳に頭を預けると、うーん、と楽しそうに唸った。


「これもまた、長い話なんだけど……」


「今日も一日馬車ですから」


「それもそうだね。——レイテリス王国とジュレイン王国は、実は昔とても仲が悪くてね。戦争、は知ってる?」


「えぇと……あまりよくは」


「国と国、貴族と貴族、平民と貴族、とかの集団同士が武器を持って殺し合いをするんだ。勝った方が負けた方に要求を呑ませることができる」


 私は眉を顰めた。離宮の中で退屈に殺されそう(物理)になって大怪我をした時でさえ痛かったのに、態々武器……たぶん、刃物とかの事だろう……を持って大勢で殺し合いをする。


 あまり起こってほしくないことだ。と、私が思ったところで集団心理というのはコントロールされればその方向に動くものだから、なんとも言えない。


「戦争は……起きなかったんですよね?」


「そう、起きなかった。君のお母さんのお陰だよ」


「お母さんの?」


 なんで、そこでお母さんが出てくるのか分からない。昨日見た占いの結果に出てきたのはお母さんだったのか、と同時に思う。


「レイテリス王国とジュレイン王国は同じ宗教を国教としている。ベルグレイン教……主な教えは、神の導きは言葉に在らず、人の運命は行いに宿る。そんな宗教の中で、君のお母さんはジュレイン王国の中では……ベルグレイン教の、うーん……とっても重要な人だったんだ」


「お母さんが……、どう、重要だったのです?」


「ベルグレイン教は決してまやかしの教義ではない。大事なこと、戦争や疫病……これは不治の病が広がることだね、の前触れを知ることができる巫女という役割。神官やシスターは教えを広めたり、経典に基づいて民を助けるのが仕事だけど、巫女は神と語らうのが仕事。そうやって大きな厄災を防ぐ。ベルグレイン教はいろんな国で崇められていて、たまたまジュレイン王国に巫女がいてくれた……いや、これも運命なのだろうけど」


「巫女って……これを、使ったりしますか?」


 私はずっと手荷物に持っていた包みを出して見せた。布を解いたりしなかったが、彼は目を見開き、そして静かに頷いた。


「そうだよ。……君のお母さんの名前は、ラングレシア。巫女・ラングレシアだ。そして、彼女は着々と戦に向かっていた両国を宥める方法として、自ら身分を偽り、宴の席で舞ってレイテリス王国の国王の目に留まるようにした。そして、君を妊娠する……正妻以外との子供は私生児になるけれど、妊娠した時に自分の本当の身分を明かす。神に仕える巫女に子を作らせた……外に知られればあらゆるベルグレイン教の国から、レイテリス王国への攻撃が始まる。戦争ではなくとも、非難を浴びせ国交を途絶えさせる事もあるだろう。宗教の規模が大きいからね、その位の罪になる」


 あまりの話にポカンとしてしまった。では、お母さんはお父さんを騙し討ちにして、戦争をしようという気を削いだのか。私という子供を身を以て身籠ることで。


 ……すごい悪女な気もする。妊娠するまでは誘惑して、妊娠したら身分を明かすなんて。


「レイテリスの国王も、さすがにベルグレイン教の巫女を殺すことまではできない。明らかに教義に反する。しかし、巫女と知らずにしても妊娠させてしまった、これはもう母子共に隠して育てるしかない。……出産は、大変なことだから……亡くなってしまったけれど」


「じゃあ、私が今まで顧みられてこなかったのは……」


「怖かったから。巫女を手籠にしたあげく、正妻もいる。私生児まで作った……君だね。殺すわけにも公表するわけにもいかない。そして、レイテリス王国は各地と良好な関係を築くためにたびたび使節団の往来を始めた。——最初の質問に戻るよ。私が身分を偽って大使として来たのは王命だ。あの巫女・ラングレシアの秘宝と子供の様子を探ること……国王は巫女の秘宝が君の手にある事も知らなかった。それだけ恐れて、隠してきた。私が、一目惚れしたので、とにこやかに言えばそんな恐ろしいものから離れられるからね、君を見事に買う……引き取ることができたよ。これで、恩返しができる」


 本当に長い話だ。驚きの連続でもあった。


 興味がないからお父さんは私を離宮に閉じ込めていたのかと思った。


 お母さんは流れの踊り子ではなく、本当は大きな宗教の特別な巫女だった。


 占い札は、ベルグレイン教の巫女に伝わる秘宝だった。毎日の今日の運勢を占ったりしていたけれど。


「あぁ、今国境を抜けた。——ようこそ、ジュレイン王国へ。今はまだ、名無しの姫よ」


 ウィルさんはそう告げると、私の手を取って甲に額を当てた。


 それが、男性から女性に向けたジュレイン王国の最敬礼である事を知るのは、まだもう少し先の話。

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