5 『名無し』の札めくり
その日、与えられた宿屋の一室で後は寝るだけになった私は、ベッドの上で札占いをする事にした。
人前でやったことはない。やり方は、当たり前のように知っていたし、カードの方が教えてくれるのだから、迷ったこともない。
札は全部で24枚。一枚一枚に意味はあるけれど、組み合わせで意味が変わったりもする。
全ての札を伏せて両手でかき混ぜる。何が知りたいのかを、この時しっかり頭に浮かべる。具体的なほど具体的な答えが返ってくるし、曖昧なほど曖昧にしか答えは返ってこない。
私が知りたかったのは、何故私はウィルさんに買われたのか。それだけを一心に思い浮かべて札をかき回すうちに、私の身体……髪の一本からつま先までが薄く発光する。
風もないのに髪はふわりと浮き上がり、瞳は札以外の何も写さなくなる。
思考が質問だけに染まって、札をまとめる。今日は、3枚引けばいいらしい。
札の山の中から光っている3枚を、一枚目を頂点に、三角形になるように並べる。
「隠者と……恋人……、塔の逆位置?」
光った3枚をめくる。頭の中に、情報が流れ込んでくる。映像の時もあれば、言葉の時もあるけれど、今日は映像だった。
とても立派な服を着た人たちが、難しい顔を突き合わせている。何かの報告書を見ているようだが、解決策はなさそうだった。
そこに、綺麗な女の人が入ってきた。私と同じ夕陽色の髪で、ドレスを着た女性。彼女は一年の猶予をくださいといって、旅立った。
そして、顔は知らないけれど、見覚えのある城……そこの一番えらい人の前で舞った彼女は、気に入られて閨に……、あぁ、これが、お父さんとお母さんなのか……。
そして、お母さんが妊娠したと分かったと同時に、最初に難しい顔をしていた人たちが城に押し寄せた。声は聞こえないが、お母さんは重要な人だったらしい。
不当に閉じ込めている、返せ、という声に、お腹の大きなお母さんが出てきて……、塔の逆位置はこの場合、争いだ。それを、回避した。そのかわり、お母さんは大事に離宮で私と共に一生を終えるはずだった。
見えたのはそこまで。……何ということだろうか。謎が謎を呼んでいる。
もしかして、お母さんとウィルさんは姉弟? だから、迎えにきたのかな……? 忌々しいと思っているように名前すら与えなかった反面、大事にされていたのは、私を雑に扱ってはいけないという意味?
頭が混乱してきた。と、山の中から一枚のカードが仄かに弱く光っている。
私はそれを引き抜く。世界のカードだ。
物事の調停とか、うまくいくという意味。ほんのり暖かいので、心配しなくていいと私に言っているのだろう。
「……ありがとう」
いつも母の事を思いながら札をめくってきた。母の温もり、母の思いがこの中に詰まっている気がして。
だから、これはきっと母が大丈夫だと言ってくれているのだろう。
私は占い札を順番に並べていつも入れている箱の中にしまい、柔らかい布で包んで、今日もまた抱きしめながら眠りについた。