3 大使のお迎えでさらば『名無し』の国
「お迎えにあがりました」
私の離宮にも一応のエントランスがあって(使う人は居ないのだけれど)、私は朝にマリアンが持ってきたいくつもの旅行鞄という四角くて大きな箱の中に、ベッドの下に隠した衣服も含めて入れられるだけの着替えや靴をローザに詰め込まれ、マリアンには私自身を「こんなにめかしこむの?」という位おめかしされた。
滅多にしない化粧品も私に使われた後旅行鞄の中に入れられる。私物というのが衣服と占い札くらいしか無かった私は、部屋はそのままにこの離宮を、この四角い箱たちと共に去る事になった。
そして、エントランス。馬車での長旅という事で、楽な(いつも楽だったけれど)白いワンピースに青いリボンを高い位置に結んで、出ていったら大使及び使節団の方々が全員膝をついて礼をしていた。
私はどうしたらいいのか分からず、少し考えた後に綺麗なタイルの上に自分も両膝をついた。
「あの、えぇと……ご購入ありがとうございます? でいいのかな? この離宮の外の事は何も知らないけれど、よろしくお願いします」
ぺたり、と両手をついて下から顔を覗き込むと、ぎょっとした彼らは慌てて立ち上がり、私にも立つように言った。
変なの。同じように視線を合わせただけなのに。
「あの、……名無し姫」
「はい」
「今後、男が膝をついたとしても、女性のあなたは膝をつかないでください」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなのです」
「分かりました。膝をつくべき時は教えてください」
大使の青年は私があまりに物を知らないので驚いてはいたが、呆れてはいなかった。本当に、ビックリしているという様子だ。私はそれが常識ならそのようにしよう、という意識しかない。
荷物の積み込みが終わり、私は大使の青年と同じ馬車に乗った。使節団は次に続く馬車。荷物はさらにその後の馬車2台分にもなった。馬車の旅は1週間程続くらしい。
「意外と近いんですね」
「そうですね、我が国とこのレイテリス王国の首都は近いです。国に入ってからも1週間程かけて首都に向かいます」
「あぁ、この国を出るのに1週間なんですか。じゃあ2週間、馬車で旅なんですね。……座ってるだけなんですか? この馬車というものは」
退屈に襲われそうになって、私はそわそわとしてしまった。本も何冊か持たせてくれればよかったのに、どうしても離れるのが嫌で占い札だけ手荷物として持ってきたが、困った。
大使の青年は温和に笑うと、馬車という箱の壁についていたつまみをもって横に開いた。
「……! 動いてるなぁとは思ったのですけど、これは速いですね! 外の景色が流れていきます!」
「そうですよ。初めて離宮から出るのでしょう? 外を見ていたら飽きないのではないですか?」
「はい! あ、人が居ます! 何か持っていました……あぁ、見えなくなってしまいました。ところであの金色の原っぱはなんです?」
「きっと農民でしょう。持っていたのは農具かと。これは麦の畑ですよ」
向かい合って座る箱なんて変なの、と思ったが、初めて間近で見た馬は綺麗だったし、こうして自分で走らずに移動しているというのも新鮮だ。小窓の外は、知らない物でいっぱいで、私は最初の街に着くまでずっと大使の青年に質問ばかりしていた。
私は名乗る名前が無いから名無しだけれど、彼は名前があるはずだ。そういえば聞いていなかった。さらっとこの国の名前も言われた気もしたが、私にとってはここは『名前の無い国』だから、それも忘れた。
農民、農具、麦。こちらの方が面白い。あとは、青年の名前が知りたい。
町に着いたら宿屋というのに泊まるらしい。お金を払ってベッドとご飯を提供してもらうのだそうだ。
私は銅貨1枚なのに、宿屋は一人銀貨5枚(1日で!)もするらしい。……損してないかしら? 大丈夫?
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