15 『ルナアリア』のアリアの秘密
小川で足を洗った後、跪いたウィルさんがハンカチで足を拭って靴を履かせてくれた。
心臓が張り裂けそうな感覚は収まったものの、耳の奥でトクトクと脈打つ音は早くて大きい。
まるでウィルさんの一挙手一投足に、私は反応してしまっているようだ。なんだかとても恥ずかしくて、同時に、ずっとそばに居たくなる。
だが、ウィルさんはウィリアム王太子殿下だ。私は、彼にこの気持ちを伝える言葉すら持たない物知らずでもある。
「できたよ。母上に見つかる前にそろそろ戻ろうか」
「はい。……あの、また、腕を掴んでもいいですか?」
「転ばないようにしっかり掴まってくれると嬉しいな」
ウィルさんの面白そうな声と差し出された腕に、私はそっと手を置いて彼に少し体を預けるようにして歩いた。
なんだかさっきはしゃいでしまったのが少し恥ずかしい。16歳の行動としては子供っぽすぎただろうか。なんでだろう、ウィルさんにどう思われるかをすごく気にしてしまう。
ちらりと横の上にある顔を見上げると、視線が合ってびっくりして顔を逸らしてしまった。
「どうしたの?」
「いえ……目が合って、びっくりしました」
「君が転ばないように見ていたんだよ」
「……もう、はしゃいでないですから、転びません」
そう言いながら、素直になれずに両手でウィルさんの腕に掴まった。なんだかうまく素直になれない。
別にウィルさんに対して後ろめたいことなんて何もないのに、何故こんなに素直になれないんだろう。それでいて、離れたくないと思って腕を掴んでしまう。
「そういえば……アリア、というのは歌の事なんだけどね。この国に伝わる歌があるんだ。朝を待ちわびる永遠の夜の歌」
「永遠の夜の歌……朝を、待ってるのに、永遠に夜の歌なんですか?」
「そう、陽が昇るのを待っている。陽は希望、だけど夜は明けない。その時、人に朝を示すのが月の光、という内容の歌でね」
あぁ、だから教会で、私の名前は祝福された名前だと思う、と言っていたのか。
「君はルナアリア。その歌の月の光のように、未来の希望を待ちわびる人達を照らす優しい光。そんな人になって欲しい。……君には成れると思うのだけどね」
「私には……いまいち、実感はありませんが。でも、ウィルさんがそう言ってくれるのなら、そういう人になれるように頑張ろうと思います」
私は別に、誰かの直接の希望になろうなんてだいそれた思いは無い。けれど、私の存在が、誰かを朝に向って歩ませるような優しい光であればいいと思う。
なりたい自分を名前に示されると、明確に何をすべきかを考えるようになる。
私に足りないのは基本的な常識。気持ちを表現する言葉。もっと自由に、なんでも読書をし、人と会話しなければいけない。人と会話するには、王妃様が食べ方が綺麗と言ってくれたようにマナーも必要だろう。
地面に膝をつくタイミングは未だによく分からないけれど、とりあえず私はお辞儀の仕方から学ぼうかな。
「ウィルさん、……さっきの約束、本当に待っていてください。必ず、私は必要な事を身に着けますから」
「うん。……君が思っている以上に、私も君を待っているよ」
そうして部屋の窓についたら、また抱き上げられて部屋の中に入れてもらった。
王妃様には見付からずに済んだようだ。侍女もいない。
「ありがとう、ウィルさん。また、今度」
「うん、また今度。元気にしていてね」