11 隣国の姫『ルナアリア』
ウィリアム王太子殿下(城についたので頭を切り替える)が私を連れ帰ってきたと聞き、私は殿下の後ろについて旅姿のワンピースのまま国王陛下と王妃様に謁見することになった。
まずは使節団としての仕事の報告を簡易に終えたウィリアム王太子殿下は人払いをし、高い所に座る国王陛下と宰相(という役職の人らしい、後で教えてもらった)閣下と王妃様、そしてウィリアム王太子殿下、私の5人だけになった。
「……彼女は、巫女・ラングレシアの娘。先ほど大聖堂で母神より名を賜った、ルナアリアです。……かの国は巫女を穢した事実を隠蔽するため、彼女に名と自由を与えず、離宮にて何不自由ない……それでいて世界から隔絶して育てていました」
「そんな……、じゃあ、ルナアリアちゃんは、何も……?」
「いえ、彼女は賢く賢明であり、何かを教えればすぐに覚えます。王宮という市井とは違う場所ですが、彼女には巫女としての才能も備わっている。まずは、ここで一般常識や世間を知り、自分の未来を選んでもらいたいと、何も知らぬふりをして……買い取って参りました」
「……買い取った、だと?」
心配そうに口許を抑える王妃様と、ウィリアム王太子殿下の言葉に片眉を上げる国王陛下は、痛ましそうに私を見ているが、私はそんなにひどい生活を送っていたわけでは無いので首を傾げてしまった。
「……怪しまれぬよう、気に入ったので譲って欲しい、と言ったところ、タダでもっていけ、というので、それで後で盗まれたと騒がれては困るので、銅貨1枚にて」
「狸め……! まぁいい、銅貨一枚でも交わした証書があるのなら問題あるまい。ルナアリアと申したな、そなたの母君には我々、この国が感謝している。公にできぬ事だが、そなたとそなたの母君のお陰で争いは起こらなかった。この王城では隣国の姫として丁重に扱う。欲しい物があればなんでも言うがいい」
えーと、たぶん狸っていうのは私の実の父親の事だろう。狸ってそういう生き物なのか……いや、実の父親を見た事がないから想像がつかないな。まずは動物図鑑でもねだろうかな。
はっ、そうだ。この国に居たのはお母さんで戦争も回避したのはお母さんなんだから、私の事はおまけで大事にしてくれるんだろうしお礼をいわなきゃ。いつ外に捨てられてもいいように職業技能に繋がる知識習得と常識を備えないと……、えぇと、ここは、膝をついた方がいいのかな、と思いながらもたぶんウィリアム王太子殿下が膝をついていないので男性に対して膝をつくのは違うのだろう。
マリアンが寝る前に部屋を出る時の御礼でいいのかな? 手を脚の前でそろえて、私は深く頭を下げた。
「ご厚意に、感謝、します。あの、もの知らずなので……本当に、感謝してるのですが……他にどういっていいのかわからず……、すみません」
うまく言葉が出てこなくて、結局御礼どころか謝ってしまった。悪い事したつもりはないのだけれど、こういう時に相手に礼を尽くせないというのは常識無しの不利な所だろう。
私の挨拶に何を思ったのか、国王陛下と王妃様は顔を合わせて小さく笑った。馬鹿にされている笑いではない、なんだか可愛がられているような……気がする?
「そうか、ではまずは常識だな。妻に頼もう」
「えぇ、えぇ、おまかせください。ルナアリアちゃん、明日はまず、お洋服選びから一緒にしましょうね」
ウィリアム王太子殿下を見ると、なんともほろ苦い笑みを浮かべていた。
どうやら、私は職業訓練ルートではなく、着せ替え人形ルートに入ってしまったようだ。