10 『ルナアリア』は王城を選んだ
長くたっぷりとなった私の髪をシスターが編んでくれたので、私は地面を引きずる事無く馬車に乗り込むことができた。座る時には膝の上に乗せたが、まだこれが自分の髪だとは信じられない。
「名前ってすごいんですねぇ……」
「いや、君が特別なんだよ、ルナアリア」
「……なんだか、顔が赤くなりました。これは何でしょう? 恥ずかしいのかな?」
ウィルさんに名前を呼ばれたら、顔が赤く熱くなってしまった。驚いて自分の手をあてるものの、いっこうに熱は下がらない。恥ずかしい、とも違う気がするけれど、言い当てられたらもっと顔が赤くなりそうだったので、私は敢えてそのまま馬車の外に視線を投げた。
「あ。あれがジュレインの王城ですか?」
この大通りからさらに細い橋のような道を通って切り立った崖の小島のような場所に、大きな建造物が見えた。
白い壁の巨大な建物で、青い屋根をしている。綺麗だ。少し高い位置にあるから、もしかして山を削って橋を通したのかもしれない。もちろん広い庭……というか、森のようなものが見える。敷地も広いし、建物も大きい。立派な国なのだろう。
「そうだよ。そして、これから君が暮らす家でもある。……いきなり本棟からじゃ不安なら、空いている離宮から慣れるかい?」
私は少し考えてから、首を横に振った。好きで隔離されて生きて来たわけではないし、人と同じ屋根の下で生活するというのはどんな感じなのか興味がある。旅の間は他の事で興奮していたからいいが、これからの家となれば話は別だ。
「もし、ちょっと苦手だな、と思ったら、移動させてください」
「うん、その時は取り計らうよ。それに、本棟に住んでいた方が便利だろうしね」
「便利?」
「そう。これから君は、レイテリス王国から来た姫……という体で扱われる。ルナアリア姫、だね。聖堂ならば、巫女・ルナアリアとして扱われただろうけど……どっちがよかったかな?」
「巫女と姫だと、どう違うんです?」
うーん、とウィルさんは唸ってから、すごく極端な話をした。
「巫女ならば色んな人の尊敬を受けることができるけれど、大聖堂の中で規律に則って生活する。姫だと、何時に寝てもいいし、何時に起きてもいいし、何時に何を食べてもいいし、好きなように過ごせる。そして、一番君にとって有益なのは……」
「はい」
「姫だと、教育が受けられる」
私は目を丸くした。それは、かなり、有益だ。
話を聞く限り、大聖堂で覚えられるのは常識を弁えた上での戒律とやらだけだ。寝る時間や食事の時間は決められていても、内容もどうでもいいが、教育を受けられるというのは有益すぎる。
「それから、これは姫としての不利益なんだけど……」
「不利益……」
ごく、と喉を鳴らして真剣な顔でウィルさんを見た私に、彼は同じだけ真剣な顔で言った。
「間違いなく、私の母上と、君付きの侍女たちに、着せ替え人形にされて、肥るくらいお茶とお喋りに付き合わされる。まずは着せ替え人形だろうな」
……どうしよう、ウィルさんはすごい人なのかしら? 私が面倒だと思う事が手に取るように分かっているみたいだ。すっごく面倒くさい。
「ちなみに、それは免除されて教育だけ受けるというのは……」
「無理だろうね。ルナアリアはとっても可愛いから。諦めてくれ」
「……教育のためなので、諦めます」
大聖堂の方がよかったかな、なんてちらっと思ったけれど、やっぱり教育は魅力的だ。
ただ、やっぱり、着せ替え人形にされるのは……、ちょっぴり面倒くさい。