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作者: 喜木 海弐

()()花咲(かさき)、僕の大切な人の名前。

 大切な人の名前なのだけど、忙しい日々の中で忘れてしまって、机にしまっていたあの娘のことを忘れないように残した駄文書で思い出す。

 そして大切なことですら日々の中で忘れてしまうのかと自分に失望するのだ。


 『僕の大切な人、そしてこれから僕にとっていなかったことになる人の備忘録』


そんな稚拙で素を壊さない丁度良く青いタイトルのボロボロのノートは新年に実家に帰って気まぐれに自分の部屋を掃除していた時に出てきた。

出てきたはいいがこれが何なのか、いつどのように机の引き出しなんて僕が一番触らないところに入れたのか全く思い出せない。

しかし、全く思い出せないからと言ってすぐに答え合わせをするみたいなマネは個人的に好きじゃない。十分ほど記憶を旅する。しかし、思考に一分も十分も変わらない、記憶の中にこれに該当するようなものはなかった。

はて、これは本当に何なんだろうか、もういいだろう、答え合わせをしても。

ノートを手に取り開こうとする。その時気づいた、表紙には何かがうっすら書いてある。

『国語 一年A組 茶谷』

僕の字体だとはっきりわかるような下手くそな字が消しゴムで消された跡が残っていた。僕の名前もあることから僕が国語ノートとして使おうとしていた物を転用して備忘録に使ったらしい。

ノートを開くとびっしりと細かい字で小説のように思田花咲なる人物との思い出が書き連ねられている

『これから書くことの内容は全部本当に起こったこと、フィクションみたいに思われるかもしれないけど僕の好きな人、思田さんは存在したし、今もどこかにいるはずなんだ、どこかに…』





















これから書くことの内容は全部本当に起こったこと、フィクションみたいに思われるかもしれないけど僕の好きな人、思田さんは存在したし、今もどこかにいるはずなんだ、どこかに…

彼女はお茶目でバカで真面目などこにでもいそうな女の子だった。

僕が彼女と出会ったのは雨の降る日だった。

雨が降りしきっている中、僕は神社にいた。

諏訪神社という名の神社で家の駐車場と見間違えてしまいそうな砂利道の奥にひっそりとたたずむ神社である。よくここの前を通るというような人でもこの場所を知らないという人が大多数であり、人が来ることは滅多にない。そう滅多に…

そのため密かに僕は憩いの場としてここを利用していた。

今日は人間関係でもめて落ち込んでいたからまっすぐ家に帰る気になれなかったからここに来た。通学用の自転車を鳥居前に置き、合羽(かっぱ)を着たまま境内にある椅子までよろよろと歩きもう駄目だと言わんばかりに倒れこんだ。本当にもうだめかもしれない。

澄んだ空気が肺に入ってくる。そしてその空気は身体に入り込んでいるドロッとした気持ちの悪いものにすぐに穢されていく、もうため息しか出てこない。

喧嘩をしたのは校内唯一の友人といっても過言ではないような人物だった。僕に入学して三週間ほどたったころにあったレクリエーションの仲間として愚かにも彼は僕を選んでしまい、そこからずるずると関係は続き続いてここまで来た。

彼はスクールカーストでは上のほう、僕は元々底辺にいたような二人だから価値観の相違は少なくない、というかむしろ多い。何とか譲歩しあってここまで来たのだが今日は譲れなかった。譲れなかったから価値観のずれの大きさがほぼイコールで相手への嫌悪感情の大きさへと変わった。

かくして喧嘩に発展して、親しき中にもあるべき礼儀を捨て言ってはいけないようなことをたくさん言いあった。

時間がたった今も怒りは収まらないままで、悪いものが血に混じって体を巡り続けているような感覚がつづいている。ノルアドレナリンの類だろうか、


雨の降りしきる境内はとても美しく見えた、頭が悪い感情に満ち満ちている時も美しいものは美しく見えるものなのだ。

 「ねえ、」

後ろから声がする。いつの間にか後ろに女の子が立っている。流行りの赤とオレンジが混ざったような傘をさしていて、年齢は見た限り僕と同じくらい、身長は女の子にしては高い方、制服らしき服装をしているから高校生なのだろう。

「君よくここに来るよね」

薄ら笑いを浮かべ少女は聞く。〟なんだこいつは気味が悪い〝それが第一印象だった。気味が悪いという感情が強くてなんでそんなこと知ってるんだとかそういうことは考えなかった。

「あ、そうですね、よく来ます」というようなセンスも面白みのない(こと)を返した。

「ムフフフフフ」

彼女は気持ちの悪い笑い声を出して「そうなんだ」とからかう、非常に不愉快だった。

「私もよく来るんだ、雰囲気がいいもんねここ、日々のストレスがここに来るとすっと消えてなくなるようなそんな気がするんだよ」

日々のストレスなんか欠け(かけ)ほども感じさせない顔をして言う。この人はここの何をわかっているっていうのだ

そんなことを思いながらも

「あぁ、そうなんですか」

彼女の言葉を肯定していた僕の顔は死んでいただろうと思う。

「そうそう、君もそういうリラックス目的かな?それとも単に信心深いとかそういうやつ?」

「リラックス目的ですよ」

「へ~やっぱり、一緒だねぇ、んまあそんな感じしてた」

彼女は

「うんうんそうだよねここリラックスするよね~特にいいのはあそこの……」

と話を続けようとするので

「あ、家の用事思い出したんで帰りますね」

そう言ってその日はさっさと帰った。帰りたくもなかった家に…


玄関を上がり、リビングへ行くと父がいた。テレビを見ていた父は僕が帰ってきたことを知ると振り返って嫌な顔をしてからため息を一回、それからまたテレビの視聴を再開する。

これだから帰りたくなかったのだ。家族に気を使い続けないといけないこの重苦しい家にはいるだけで吐き気がする。

この家にいる間は自室だっておちおち気を抜いてられない。自室でくつろいでいても父や母からの怒声がドアの向こうから聞こえて何かしらの僕の落ち度について怒られるということがよくある。細かな、これぐらい見逃してくれよと思うようなことでも怒られるものだから勘弁してほしいものだと思う。

しかし文句など言えた立場ではない。家族関係が今のようになってしまったのは僕に責任がある。とは言っても何か大きなきっかけのようなものがあったわけではない。日々の積み重ねというやつだ。僕が小さなころには両親ともに無償の愛を僕に傾けてくれていた。しかし、何度も問題を起こすものだからどんどん失望していって、ついには無償の愛も枯れ果てたというわけだ。

自業自得という言葉が僕ほど似合う人間はいないだろうに


見たくもない父の嫌な顔を拝んで相も変わらない冷たい空気を肌で感じて、その冷たさから身を守るようにすぐに僕は二階に上がった。自室は二階にあるのだ。

ドアを開けてすぐにベッドに横になる。自分の愚かさに目をつぶって現実では見れはしない事を夢で見る。


夢の中、僕は家から学校に登校しようと荷物をまとめていた。服装を整え忘れ物がないか見て学校へ出発する。ここで奇妙なことが起きるのだ。家のドアを開けるとその向こうには学校の廊下が広がっている。しかし変だとは一ミリも思わないままにどんどん学校を進む。そこで片方の足だけ綿がない人形に出くわすのだ。出くわしてからは逃げては隠れるの繰り返しだった。怖いのは異常な探知能力である。どこに隠れようとも必ず見つかり、また追いかけっこが始まるのだ。多分この夢は僕がいろいろな事柄から逃げ続けたいという願望を夢に投影されたのだろうと思う。そしてその色々というのは多分、潰れに潰れたぐちゃぐちゃの今の日常なんだろうと思う。夢で現実逃避どころか改めてごみのような現実をを確認したところで目が覚める。

すでに朝になっていてくれたらよかったのに、まだ夜も明けきらない時間帯だった。正確に言えば十二時過ぎ、家族が起きないようにそっと階段を降り、冷蔵庫の食材を漁った。そして冷蔵庫や棚にあった食材で適当な料理を作って皿に盛って食べ始める。あぁ、食材を勝手に使ったことがバレたら怒られるな、なんて思いながら証拠隠滅の一つもしないのはもう、バレてもいいと思ってしまっているからなのだろう。

使った皿は洗いもせずにシンクに放置してそのまま寝床に戻る。どうせ怒られるんだから怒られることが一、二個増えたっていい。どうでもいいんだ。

と思っていたが寝床についてから少ししてからやはり片づけをしようと思い直した。布団に入って自分はあの食器を明日の朝にも使わなければいけないことを思い出したのと、片付けができていないというやり残しを残したまま寝る気にはなれなかったのである。こういうところも情けない。

下の階に降りシンクに放置された食器をきれいに洗いすぐに二階へ上がりベッドで横になる。しかし、こういう日に限って寝付けない。今日のことこれからのこと明日のこと、すべてが嫌なことにつながっているように思えてくる。今日、寝て起きて学校に行くのが億劫になる。いっそ学校に行かないのもありかもしれない。

思うのは簡単で、実際やるのは難しい。だから実際やれないことを想っていた。

思って想って思いながら目をつぶり続ける。そうしたらいつの間にか眠っていた。しかし、本当に眠っていたのかと思うほど眠気は抜けていなかったし、身体もダルかった。朝食は身体が受け付けなかったから食べなかったし登校もギリギリまで遅らせて眠る時間に使い身体を休めたがあまり効果はなくダルさを抱えて登校した


学校に着いてしばらくしてホームルームが始まり、そしてまたしばらくしてホームルームが終わる。そしてそのあとの休憩時間、僕がいつも友人と話す時間。クラスの人気者の友人は僕とはまた別のクラスメイトと談笑している。

嫉妬のような感情がわいた。僕がいなくても友人はやっていけるんだと見せつけられた気がしたのだ。話す相手もやることもない僕は引き出しを漁って小説を取り出し一人黙々と現実逃避をした。


学校が終わり、僕は帰りがけにあの神社に寄る。

今日はあの少女がいないだろうと僕は推測していた。

よくあの神社に行く僕が一度も見たことがない人ということは滅多にあそこに行かないか、もしくはあそこには昨日たまたま寄ってみただけなのかもしれないと考えたからである。

しかし、推測は外れ、今日も彼女は境内にいた。

「やぁ昨日ぶりだね」

境内に入ってくる僕に気味の悪い笑みを浮かべて声をかける彼女

「どうもこんにちは」

会話をさっさと終わらせたかった僕は挨拶だけしてすぐに彼女が座っているところから少し離れた場所で彼女に背を向け腰を下ろした。

一瞬の沈黙を挟んで、

「いきなりなんだけど、君はさ、幽霊って信じる?」

馬鹿馬鹿しい、くだらない、そう思った。

「私幽霊なんだって言ったら信じる?」

「信じないですよ足もありますし」

フフフと彼女が不敵な笑みを浮かべて笑う

「幽霊に足がないっていうのは嘘なんだよ。ついでに触れられないのも嘘、」

そう言って僕の頬を掌で包む。

「ほらね」

彼女が不敵に笑う一方、驚いた僕は後ろに倒れこんで少し頭を打った。

「何するんですか」

「触れられるの証明しようと思って」

「その前に幽霊であることを証明してください」

「しょうがないな~」

そう言って彼女はスタスタと鳥居のほうまで歩いていく

「私のこと考えてみて、」

こちらまで届くような声で彼女が言う。

こんなことをして何になるんだろうかと思い始めていた。

彼女はどう見ても生きている生身の人間にしか見えない。頬を触れられたときに体温もあったしそもそも死んだ人間がするような顔をしていないからである。

そんなことを考えているといつの間にか彼女は目の前にいた。

「うわっ」

驚いて声が出る

音も出さずに彼女は鳥居までの四十メートル程を移動したらしい。熟考していたから気づかなかったのだと思った。そうだ、そうに違いないと考えていると

「考え事してたから気づかなかっただけって思ってるでしょ、残念だけど違うよ、もう一回見せてあげるから」

彼女はまた鳥居の方へ歩いていく。

「今度はよ~く見といてよ」

鳥居の方に着くと彼女は「おっけー」とこちらに向けて合図する。

さて彼女は何がしたいんだろうかと思いながらも思考をシフトさせ、彼女について考えを巡らせ始める。もちろん彼女を見ることも忘れずに

巡らせ始めた思考がある一定の熟度に達したとき彼女が淡い光を放ちだし次の瞬間、空気に溶けたようにいなくなった

と思いきや彼女が目の前に移動してきているではないか。

すごいとかそういうありきたりな感想じゃなくて、なぜそんなことができるのかという疑問が最初に来た。ワープできる幽霊なんて聞いたことないしそもそも彼女が幽霊であるというのも信ぴょう性に欠ける。ではなぜ彼女はワープしたのか……

なんて彼女について考えを巡らせているといつの間にか彼女は僕の顔を覗き込んでいた。

「うわっ」とかザマのない声を出して驚く僕、そしてそれを笑う彼女

「えへへ」などと笑う顔が恨めしい

「どうだった?」

自分の能力を見せることができて彼女は自慢げな顔をしている。

「どうだったって言われても…」

僕が感想を言わないまま数秒、

「まあいいや」

そういって彼女は僕から感想を求めることをやめた。

「今見せた能力はね、他人が私のことを考えている時その人のもとにワープできるって能力なんだ。私のことを知ってる人のもとには行き放題ってわけ」

ここまで話すと彼女は急に眼を細めて僕を見る。

「もっとも、私のことを知ってるのは君だけなんだけどね」

そんなはずがない、家族や学校の友人も彼女のことを知っているはずだ、そう思ったが何か事情があるかもしれないと思って聞かないでおいた。知ってしまったら話を聞かなくてはいけなくなるかもしれないしそれ以前にまだよくわからない人間である彼女と深いかかわりを持つことに嫌悪感があった。

少しの沈黙、それから彼女は「ふふふ、冗談だよ」と笑う。

まったく、本当か嘘かわからない冗談を言うのはやめてほしい。

「これで幽霊だって信じてくれた?」

目を細めて不敵な笑みを浮かべる彼女

ワープ能力を抜けばただの面倒くさい女の子だし体温もあった。表情も豊かでとても死人には思えない。でもそれを言えば何とかして信じさせる方法の模索をしだすだろう。

面倒くさいから「ええそうですね」などと彼女にこれ以上の芸を見せられ時間を取られることがないような回答をした。

「そっか、信じてくれてよかったよ。さて、これからは君が私のことを考えるたびに私は君のもとに遊びに行くから覚悟しなよ」

「えっ?どうしてですか‼」

彼女がにやりと笑う

「私が暇だからだよ」

ああなんて人と出会ってしまったんだろうかと思った。

暇だから会いに来るということはつまり僕が暇つぶしの道具として彼女に使われるわけだ。勘弁してほしい。正直この神社での会話もギリギリなのだ。逃げ出したくなるほど面倒くさくて、それでも逃げ出すなんて失礼だという理性がここに自分を引き留めているただそれだけなのに暇だからといって会いに来るのはさすがに耐えきれない。

「嫌です」

気づけば声に出ていた。きっと僕は僕のかぶっている皮の中にいる醜い化け物の姿を見られたくなかったんだろうと思う。人に見せていいものじゃないくらい薄汚れて黒く染まったものをよりにもよって一番弱点を見られたくない人間に見られるのは勘弁してほしい。


僕が拒否した後、彼女は少し考えるようなしぐさをしてからにぃと口だけを笑わせる。

「はあ、じゃあこういう条件付きならどうさ、『学校にいる間と神社に来た時だけ』私は君のもとにワープしていいって条件」

彼女は最後に「悪い条件じゃないと思うけどね」と付け足す。

実際僕にとって悪い条件ではなかったし、プライベートが守られるならそれでいいと思ったために「わかりました」とつい答えてしまった。正直寂しかったのかもしれない。唯一の友人と仲たがいをしてしまい話す相手もいなくなり、一人本を読む生活はこれから友人と復縁するまで続く。もしかしたら高校生活が終わるその時まで続くかもしれない。なぜなら友人は僕の代替を見つけているから。彼にとっての僕は代替のきく人間だったのだ。

帰る席は僕の代替によって取られ帰れなくなってしまった。

そんな不幸を『別にいいじゃん』と認める僕がいるのもまた事実である。

いつか取られてしまう席だったのだから今取られようが後でとられようが変わりはないのだから。これを機に新しい友達を作るのもいいかもしれない

なんて思いつつも新しい友達なんて僕には作れやしないことはわかりきっているし、僕にとって友人だった彼はかけがえのない存在だったのは否定しようがないのはわかっている。

だからこそ彼がいなくなって空いてしまった穴を何かしらで埋める必要性があった。こういってはあれかもしれないが彼女は丁度良い存在だった。だが、彼女だけで友人だった彼の代替になるかといえばそうではない、役不足ならぬ役負けしているのだ。だがしかし、少しでも埋まるならよかった、彼のいた席の半分ほども心理的役目を担ってくれなくともよかったのだ。

こうして僕は彼女と契約した。

「やった、契約成立ぅ~」

と彼女は子供のように喜ぶ。本当につかみどころのない人だ。

「そういえばさ」

そう切り出し微笑を浮かべる彼女

「名前をまだ聞いてなかったね、聞いていいかな」

本当は教えたくはなかった。少しでも情報を渡さないことで少しでも距離を取りたかった。だが流石にここで無理ですなどと言えない。

「茶谷 良太です」

いやいやではあるがといった表情をした僕が言い終わると

「私は()()花咲(かさき)さ、よろしくね茶谷君」

にやりと笑う彼女にあまりよい表情をしてはいない僕

これが思田花咲と過ごす生活は始まり。

ここから波乱万丈で心休まらない彼女との生活は始まったのだ。



































 突然だが僕の朝は早い、なぜって朝は三種のゲームのログインボーナスを集めて回るのだから。この時間だけは自分は周りよりも性能の悪いポンコツだということを忘れられる。

頭もそれほど良くなく運動神経も平均以下のポンコツ、クラスの大勢の中にある人間関係を綱渡りしていくのも下手くそ、愛嬌にはある程度自信はあるが、くそみたいな自分の内側がその愛嬌まで飲み込んでいく。

なんて風にログインボーナスを受け取っている最中までくそみたいな僕の思考は朝のさわやかさを黒くドロドロしたヘドロのようなものに変えていく。

結局僕のドロドロの感情を晴らせるものはないみたいだ。


ログインボーナスを一通り受け取り終わって、そこから少しゲームをしてから自分のゲーム脳に歯止めをかける。軽度ゲーム依存者であるからある程度ゲームをやったら『そういえば自分はゲーム依存者だった』と思い出さなければならない。全くバカな話だし自分が愚かしいを通り越して哀れになってくる。

二階の自室から一階のリビングまで移動する。そして家族がリビングに来るまでに朝食を食べ、歯磨きを済ませ二階に上がるのだ。ずっとこんな生活をしている。ばかばかしくはないかと言われたらばかばかしい、しかしながら家族と会えば朝から嫌な顔をされるのだ。朝から気分を害されるのはごめんだ。

何度やられようと慣れないものというのはこの世にあるものだしそれにどうにか慣れようとするような人間になってしまうのは嫌だ。

二階に上がれば学校の準備を一通りしてまたゲームを始める。

ゲームをしていてもゲームを見ておらずゲームの向こうのこれからの友人を失ったこれからの生活を見ていた。

彼がいたから僕はここまで寂しい思いをせずにすんでいたし、彼がいたからくそみたいな生活をくそみたいに続けていけた。もうゲームオーバーなのかもしれない。これからの生活はゲームオーバー後の今までの数倍みじめな生活を送ることになるんだろう、彼は違う世界の人間で僕は彼に一時の夢を見せられていたんだろうと思うことにした。普通なら友達どころか認知されることすらないかもしれない天と地ほどのスクールカーストの開きを忘れた愚か者の末路が僕なんだろうと

そして僕の業の深さをみかねた神様か何かがあの少女を連れてきたんだろうきっと

そういえば、彼女は誰かが彼女のことを考えたときにその誰かのもとに行けるんだった。

まさかと思って部屋を見渡す。

誰もいない

映画ならここで安心して元の方向を向いたらいる、なんてこともあるが彼女は元の方向にもいなかった。意外とデリカシーはあるらしい。

心配して損をした。

そう思うと腹が立ってきた。なぜ彼女が来るかもしれないと心配しなければならないんだ。今度会ったら文句の一つでも言いたい気分だ。

でもいやしかし彼女という人間はおそらく文句を言おうとものらりくらりとかわすだろう、

とまあこんな風に想像の中でも彼女には敵わない自分にうんざりする。

そういえば今は何時だろうかと時計を見れば出発時刻二分前だ。

鞄の中に今日ある教科の分教科書や持ち物があるかをチェックし、玄関まで急ぐ、しかしそこで自転車のカギを自室に忘れていたことに気づくのだ。時間がないのにカギを忘れたことにあせり戸惑い苛立つ、苛立ちは自分に向いて、自転車に向いて、どこかの誰かに向く。

そして「ああもう」なんて言いながら階段を駆け上がるのだ。

そして自室に着いていつも置いておく机の上なんかを探してみるのだが。

ない、ない、どこにもない。

昨日ははてどこに置いておいただろうか、ベッド、鞄の中、ポケットの中、

探せど探せど見つからず、時計を見て焦りが膨らんだところで丁度目をやった床にきらりと輝く自転車のカギが見つかった。

歓喜を抑えて自転車へ急ぐ

家の駐車場に着くとそこ置いてある自転車のロックを外していざ学校へ向かう。

そして自転車に乗っている最中、ふと気づいた、いつもホームルームが始まる三十分前には教室に着いているので三十分の余裕はあるわけだ。ならばなぜ焦っていたのだろうか、僕はいつも通りの時刻に出発しようということばかり考えて学校の時間には間に合うことを見落としていたのだ。しかも今日は、今日からは三十分前に着いたとて意味がない。いつも三十分前ぐらいに学校に着いていたのは友人と話すためだ。毎回他愛のない話をして時間をつぶしていたのだ。しかしもう話すこともないだろうし三十分間ボーっとしているのもなんだから明日からは学校に登校する時間を遅くしてホームルームの十分前くらいに着くようにしよう。

 そうやって考え事をしていると気づけば学校前だ。

 駐輪所に自転車を停め憂鬱で重くした鞄を前カゴから出して何とか身体を前に進めていく。そして教室の自分の席に着くと荷物をそのあたりに放り投げ机に倒れこむ

周りのクラスメイト達が話す声が聞こえる。

羨ましく恥ずかしい

僕だけが一人突っ伏して狸寝入りをしているのだから、周りは話す相手がいて僕だけがぼっちなのだから

小説『星の王子さま』の一節で「大切なものは目に見えない」という節があるが本当にそうだ。大切なものは目に見えず、失って初めてその大切さを知るのだ。

こういう時は寝れば時間は早く過ぎてくれるものだが、寝たいときに限って眠ることができないもので惨めさがにじんでいく。

ああ、帰りたい、帰ったら何をしようか、

家は地獄、学校も地獄になりつつある。

まっすぐ帰るのは嫌だから帰り道のあの神社に行こうか、

しかし神社には最近彼女がいる。

くそだ、僕の人生はくそだ

ああもうなんで一人ぼっちで過ごさなきゃならないんだよあいつは昨日までは横で笑いあってたのにほかのやつらと楽しそうにしやがって

くそくそくそくそだ

だめだ、明日から不登校になってみたりしようかな、身体がだるくて動きそうにないから。

それより早く帰りたいな

あと何時間だろうか

そう思って見た時計を見ようとすると目の前に女子生徒、いや、彼女だ。

「やっほー」

思田花咲は顔を覗き込むようにして僕を見る。

「うわっ」なんて無様にこける僕を見て彼女はけらけらと笑う。

 「ビックリした?」

なんて言ってくるものだから抗議をしたくなったが、抗議をしたら最後彼女の思うつぼである。彼女はきっと僕の必死に抗議する姿を見てまたけらけらと笑い挑発してくるに違いない

だから僕は

「そうですね、ビックリしました」

と顔色を変えないように笑われないようにそう返した。なのに彼女はニマリと笑って

「ふーんそうなんだ」

と言ってくるから腹がたつ。

「なんなんですかまったく、急に表れて脅かすなんて」

そう抗議をした。こいつには抗議しようがしまいが関係ないのだと今更理解したからである。

「別にいいじゃないか、というか私は君を脅かしていない、しかしね、君が驚いたからびっくりしたかどうかを聞いただけだよ」

言ってからフフフと笑う彼女。

確かに話は通っている。が、彼女は十中八九驚くのをわかってやっていた。しかし、それを証明する証拠はない。完全犯罪である。つまり反論しても負けるということだ。

そんなことを考えているのがバレたのか

「疑ってるね~証拠もないのに」

彼女は胸の少し上に開いた手の指先を当て

「私がそんなことをするように見える?」

と聞いてくるのだ。

そう見えるからこんな顔をしているのだが、

「まあいいや」

彼女はそう言って話を切る。そして

「ムフフ、周り見てみなよ」

そう言って気持ちの悪い笑みを彼女は浮かべる。

見ればクラスメイトが珍しいものでも見るかのように僕を見ている。しまった、そう思うと同時にはめられたと思った。

彼女は僕以外に自分の姿が見えず声も聞こえないことを利用して僕が独り言を言っているようにクラスメイト達に見せて僕を〝独り言を喋る異物〟として認識させることで孤立させる。孤立することで彼女は何らかの利益を得るのだろう、例えばこの生活の先に見える暗い未来なんて死者である彼女は喜びそうなものではないか、

ここまでくればもうそれでいいやと思えてくる。自分が価値を落とすだけ落とした人生だ。ここで捨ててもいいかもしれない。

絶望が僕を覆っていた。これからを諦められるくらいには人生を悲観していた。

「これを狙って学校で僕に話しかけたんですか?」

周りの烏合の衆を忘れて恨み言を吐く

ここまでくればもう周りにどう見られようとよくなってきていた。

「いんや、そうじゃないんだよね~」

そう言ってから彼女は僕を立たせて片方の手を背に片方の手を足にやる。

「よっこいしょおおお」

そう唸って僕をお姫様抱っこする。

しかし、彼女は一秒程でギブアップ、そして腰から落ちる僕

「いった~」

腰をおさえて動けない状態が続く。本気で腰が外れたかと思うほど痛かった。こればかりは体験しないとわからない痛みである。

腰の痛みに静かに悶絶する僕、それとは反対に教室は何やらざわついているのに気が付いた。

「今飛んでたよな」

「いや、ジャンプしてただけに見えたけど」

 「いや、空中で静止してたの見たし」

 話を聞くにどうやら先ほど彼女が僕にしたお姫様抱っこもどきを見たクラスメイト達は僕が少し浮いているように見えていたらしい。

 周りのクラスメイト達は討論を繰り広げたのちに

「本人に聞いた方がいいじゃん」

と誰かが言って

「で、どうなの?」

と誰かが僕に聞いてきた。

「浮いてた、かな」

この返答をきっかけにしてクラスメイト達がぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。

「まじか」

という人や

「やっぱり浮いてたじゃん」

という浮いてた派閥の人たち

「あれは茶谷君の超能力なのよ」

などという人など周りは勝手に盛り上がり楽しんでいた。

もちろん楽しんでいたのは彼女も同じ、

思田花咲は

「すごいじゃないか、君は今クラスの話題の中心だよ」

などとからかい小さく拍手のような動きをした。

そんな光景を意識の片隅で認識しながらクラスメイト達に先ほどの現象について聞かれたときに、はてどのような言い訳をしようかと考えていた。突如と浮いたわけだからそれっぽい理由を求められる。ならば何を答えるべきか、あまりにもオカルトに傾倒した答えは駄目だ、そのため彼女がそこにいたというまごうことなき真実を話すのはあまり好ましくない。

僕にもわからない理由だとしたらどうだろう、なにかと話していたのもいきなり椅子から立ち上がったのは何かに憑かれていたための行動で浮いたのもその延長線上にあること、これなら納得してもらえるかもしれない。しかし、憑かれていたという点を気味悪がられはしなかろうか、

そんな風に浮かんでは消える思考をただ続けた。その最中に彼女がなんだあんだと口を動かすのとクラスメイトが真相を解明しようとわいわいと当事者をおいて推理を独り歩きさせるのを見ながら頭をフル回転させ続けた。

騒ぎ出した彼らは止まることなく()(ちが)いのごとくぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた。そんな彼らを止めたのはホームルームのチャイムだった。

まもなく先生が入ってくると僕の周りにたかっていたクラスメイトは蜘蛛の子を(ちら)すようにさあと自分の席に帰っていきホームルームが始まる。

 ホームルームは簡単簡潔に終わりつかの間の休息はすぐに終わりを告げる

再び席の周りは騒がしくなりゆっくりする暇もないほどに質問攻めにされるが全て

「どうなんだろう」「わからない」

などと言ってはぐらかし続けた。

そこから休み時間のたびに質問攻めにされうんざりし始めるのだ。しかし、うんざりし始めたころに気づけば周りの人はまばらになっており、昼休みになるころには人はいなくなっていた。どうやら僕に起きた現象についての興味が尽きたらしい。出汁を取るだけ取って捨てられた昆布の気分だ。

再びぼっちで退屈な時間が始まった。


ただただひとりぼっちの昼休み、僕はボーっと元友人を見ていた。朝に人が一時的に集まった僕とは違いいつも彼の周りには人が集まっている。僕の中に流れているこの感情は嫉妬なんだろうと思う。人が寄り付かない僕と自然に人が寄り付く彼に嫉妬をしているのだ。

彼には人を寄せ付ける才能があるのだと思う。人たらしでクラスの多くの人が彼のカリスマ性に惚れている。対して僕はどうだろうか、人を引き付けるオーラも才能もなく、寄ってきた人もすぐに離れて行ってしまう。いつも周りをひねくれた目で周りを見ていてあまり好かれていない、(これは情けのない事だが)一部では陰口まで言われているような彼とは真逆の人間だ。

僕は彼を羨むことしかできない愚か者で彼と友達をやるにはどうしても利害の天秤が釣り合わない。

落ち組み感傷に浸る僕にニヤニヤとした顔をして

「人がいなくなっちゃったね」

と笑う彼女、

僕は紙に

『うるさいです』

と書いて彼女に見せる。

「そっか~筆談するんだねえ、まあ賢明な判断だね、私と普通に話をするのはあまりよくない。朝もそれで騒ぎになったもんね」

 こうして話をしているだけでも面倒がくさい。彼女は話をする相手を不快にする才能があると思う。感傷に浸る時間まで泥棒していくのだからかなわない。

 もう話すのも面倒くさくなった僕が筆談すらもやめてしまうと彼女は僕の机に座ってため息を一度、僕に背を向け黒板の方を見始める。何をするでもなくただ黒板の方を見始めた。彼女に少々困惑しながら僕は本を読み始める。小説の主人公たちの動きを見ながら時々彼女の方も見てみる。なんなんだろう、本当に読めない人だ。人のことを散々いじるだけいじって相手にされなくなったらこれだ、思考が理解できない。

 見ていると彼女は黒板の方や窓の外を見ながら何か考え事をしているようだ。気になるのはどこか悲しげな顔をしているところ、これが本来の彼女なのかもしれないと思った。

 「さて、君」

 気づけば彼女はこちらを向いていて話しかけてきていた。

 本から顔を上げて彼女の方を向く、さて何を言うのかと思っていると

 「少しくらいかまってくれてもいいんじゃないかな」

 などというのだ。

 彼女には構うだけ構ったと思うしこれ以上かまう体力はないしそもそも彼女にのために使う体力はない。

 ため息一つして読書に戻る。面倒くさいから無視をするのだ。すると彼女はわきをつついてくる。それも執拗にである。さすがの僕もそれに耐えかねて

 「なんなんですか」

 と反応をしてしまった。それがいけなかった。

 「いい反応するね~今度から君に話しかけるときには脇腹つんつんするね」

 なんてふざけたことを言う。本当にふざけた人だ。

 そんなやり取りをしていると昼休みはいつの間にか終わってチャイムが鳴る。結局彼女に昼休みのほとんどを持っていかれてしまった。

 そして時間は過ぎ放課後、僕はどの部にも属していないので暇を持て余した僕は大体図書室に行く。そして図書室で良さげな本を探してきて借りる。それは多くの場合話題の本だったり、本屋で最近よく見るといった面白いことが保証されているような本だった。多くの人が読んでいるから読むというのは大衆のいちぶに自分を位置づけるようで少し嫌な感じがしないでもないが最後まで読んで面白くなかったでは読む価値がないと思うし、そこまで読むのに使った時間が勿体なく感じてしまう。だから今日も話題の本を借りる。身を落としてでも時間の無駄は避けたい。

 本を借りて少し図書室に置いてある漫画を読むと帰路につく。今日もやはりまっすぐ帰ることはせずに神社に寄る彼女がいるのはわかっていながら。

 彼女は帰りのホームルームが終わった後に

 「じゃあ私は神社に帰るけど君が家に帰る前にでも寄ってほしい。よろしくね」

 なんて約束を取り付けて消えて行ってしまったものだから断る時間もなかった。

 断る時間もないがそんな誘いに乗る必要もない。それでも言われたとおりに神社に行ってしまったのはこの神社が好きだったからなのだと思う。彼女は今後もこの神社に居座り続けるのだろう、ならば彼女との関係性─まだ出会ってそんなに経っていないので関係性もくそもないのだが─を壊すわけにはいかない。

 そうやって彼女の思い通りに帰りのホームルームで言われたとおりに神社に来た。

 神社には誰もいない、ように見えた。神社は少し坂状になっているので祠までの四十メートル程の坂のどこかに彼女が隠れているのかと思ったがどうやらそうではないらしいと坂を上ってみてわかった。では彼女はどこにいるのかと考えを巡らせていると

 「いよっと、ふぅ戻ってこれた~」

 なんて呑気な声が聞こえてくる。これは彼女の声であるということを認識してすぐにはめられたということが分かった。彼女はずっと学校にいたのだ。僕が消えた事と彼女が神社に戻ったことをイコールで考えていたが違ったのだ。彼女は消えたように見せただけでまだ学校にいて学校で僕が神社に着いて自分のことを考えるのを待っていたのだ。

 彼女にいいように利用された自分にも少し腹を立てながら主に彼女に腹を立てていた。

せめて一言

「悪いけどこのままじゃ学校に取り残されちゃうから神社に寄って私を神社に送って」

というようなことを言ってくれれば僕は迷わず自宅に一直線に帰れたのに

はめられたことをわかった僕に彼女はにやにやとしながら

「私をここまで運んでくれてありがと」

なんてほざくのである。神社に寄ってくれという願いを断ればこの苛立つ顔を見なくてもよかったのになんて思わなくもなかった。

「運んでほしいならそう言ってください。先に神社に行ってまた何かして僕をからかって遊ぶために神社に来いって言ってたのかと思ってました。まだそっちの方がましだった。もう送迎はしましたし帰りますねさようなら」

苛立ちをぶつけるようだった。自分は雑用をさせられたのだと思って腹が立って仕方なかったから言葉に怒気を込めて恨み言を言った。

すると、彼女にしては珍しい反省した顔をして

「ごめん」

と一言、

「ちょっと驚かしたかっただけなんだよ、いきなり君の前に現れてね。悪いことをした。本当に申し訳ない」

だんだんと彼女は泣きそうな顔になってきた。それが僕には意外だった。どこまでもつかみどころがなくて怒られてもへらへらしているような人なのかと思っていた。

ちょっと失礼かもしれないが反省ができる人なのだとここで初めて知ったのだ。

反省をしているのはわかったがまだ自分の感情はぐちゃぐちゃで理性でこれ以上怒っては彼女を傷つけると分かって、心で彼女にまだ言い足りないと感じて、行動として帰って頭を冷やそうとこの場から立ち去ることにした。

次の日、彼女は学校に来なかった。

ただ退屈な時間で勉強なんて頭に入ってこない。勉強なんていうのは休み時間が充実してこそ身が入るものだと体感した。

放課後になって、彼女が少し心配になって神社に寄った。彼女は祠の横あたりにある医師の椅子で考え込むような姿勢をしていた。

僕が近づいても気づかなかったから相当考え込んでいたのだろうと思う。

「思田さん」

声をかけるとビクッとしてゆっくり顔を上げる。その顔は若いながらに老けていた。昨日のことを気に病んでいるのだと思う。

「茶谷君」

彼女は泣きそうな顔をして

「昨日は申し訳ない事をした、本当にごめん」

そう言って頭を下げて謝罪する。

「もう怒ってないですよ」

できる限り優しく言う。

怒りが全くないわけではなかった。いや、むしろまだメラメラ燃えるものが奥底にはあったけれど弱弱しい彼女を見て怒る気分にはなれなかった。

無言の時間が続いた。

「またさ、君のとこに行っていいかな」

不意に彼女が口を開く

来てほしくない気もしたが弱った彼女にノーとも言い難いから

「いいですよ」

そう言った。

 

 彼女はそのあと元気を取り戻していって普通にいじられたりもした、回復が早すぎる。

 会話をしていて彼女との関係が出会って数日の二人だということが再確認できた。僕も必要最低限の情報開示しかしないし、彼女も自分のことははぐらかして語りたがらない。

 しかし、話していた時間で言えば僕らは無駄に長い時間会話をしていた、よくも会話が続くなと思うくらいに

 帰るころには神社の闇の中で石灯籠だけが二人の顔を照らしていた。

 話に夢中で─というよりはいじりに対応し続けるのに大変で─暗くなっていることに気づかなかったが、これはやばい、両親に怒られる。

 我が家には外が暗くなる前に帰らないといけないという決まりがある。

 一気に嫌な汗が出る。吐き気と苛立ちがする。目の前の人物との会話がどうでもよくなる。

 「ごめんなさい今すぐ帰らないと」

 その言葉だけ残して神社の入り口の自転車へと走っていき、自転車に飛び乗り到着時間が誤差程度にしか変わらないと分かりながら全速力でこいだ。

 魂の抜け殻のようになりながらも着いた家は僕の身体や精神を休めることはかなわない。むしろその逆で身体も精神もこれから削りに削られて再起不能になるのだ。

 鬱々とした気分でため息なんてつきながらドアを開けようとする。

 開かない

そういえば前にもこんなことがあった。たまたま遅くまで遊んでいた日のことだ、家に帰ってみると鍵がかかっていた。インターホンを何度か鳴らしたが応答はなし、スマホで電話をかけると普通に出てはくれたものの開けてくれる気配はない、それどころか

『こうならないように今度は早く帰って来いよ』

などとのたまうのである。こういう時何を言っても無駄で、何をしようとも両親ともに行ったことを曲げることはないのは子供のころからの経験上わかりきっているから自然とあきらめも早くなる。

結局その日は近くの公園のトンネル状の遊具の中で寝た。冷たいコンクリートが体を冷やしたがベンチで寝る幾倍かはましだった。

おそらく今日もまた冷たいトンネル遊具の中で寝ることになるのだろう。幸いにも公園は家の近くにある。明日両親がドアを開けたタイミングですぐに家に入り風呂に入ったり朝食を食べたりする時間はあるだろう。そんなことを考えていると不意に長話なんかしなければよかったなんて後悔が押し寄せる。

たいして親しくもないのになぜあんなに時間を使ってしまったんだろうか、あの時間がなければ今の野宿しなければならない状態もなかった。思田花咲にも責任があるのではないかなどとばかげたことを思ったが、これが責任転嫁であることにすぐに気づき自分にあきれる。

思考がどんどん下に向いていく、そんな時だった、不意に肩をたたかれる。

少し「うわっ」とか口から漏らして肩をたたいた何者かから距離を開ける。

街灯が照らす中にいたのは思田花咲だった。

「家、帰らないの?」

僕の家の方を指さす。

「寄り道してから帰ります」

「あんな急いでたのに寄り道するんだ」

そう言われて無難な言い訳が思いつかなかったし、彼女のもとを去りたいから用事があるふりをしたなどと思われるのがいやだったから僕は色々あって野宿することになったということを伝えた。もちろんその色々が何かは言わずにだ。僕らは家庭のあれやこれを言える関係性じゃないから。

 僕が野宿をすることを知って彼女は「それなら神社においでよ、ブルーシートもあるし」と僕を誘う、行く当てもなく彷徨い続けるよりかは幾分かはましだとそう感じた、しかし、あまり信用のならない彼女のそばにいることは好ましい事とは思えない。そしてこういう時はなるべく一人で悩んでいる方が頭の中を整理できるから好きだ。

僕の天秤はあっちへこっちへ傾いて揺らいでいた。ある一要素がもう一要素よりことをうまく運べると考え着くとまた別の要素がより良い結果を出せるのではと思わせる。そして結果的には彼女と神社にこのまま歩き続けることになった。その決定打となったのは寒いところで寝れば明日学校に行ったときに寝不足で授業に影響が出かねないという一要素である。ブルーシートあればくるまるなどしてある程度は体温の低下を防ぎ寝不足を回避できるのではと考えたのだ。

考えがまとまったところで丁度目の前に神社が見えてくる。夜の神社は仄暗(ほのぐら)く、近くのスーパーから入るわずかな光だけが境内に入り込んでいる。スマートフォンの光で足元を照らし坂状になった慶大を進む。そして祠の前まで行くと思田花咲は


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