ある神社の猫と坊主
ここは都会の中にある小さな、小さな神社だ。
少し小高い塀の上にあり、小さな森に囲まれている。
自然と一体となった神社には、一人の坊主とねこがいた。
坊主はねこの飼い主ではない。
可愛がってはいるが、飼ってはいない。
ただ、小さき命を見守るのも坊主の役割だとしているだけだ。
ねこは一人、神社の足元に居座る。
ねこには家族がいない。
坊主は家族ではない。ただ遠くから見守っているだけの存在だ。
近寄りたい。でも、少しこわい。
坊主はとても優しい顔をしている。
だから、ご飯だけは貰う。
本当は坊主にお礼を言いたい。
でも、それが本当に坊主にとって嬉しいことなのか、わからない。
だから、坊主に必要以上に近づかないし、関わろうとしない。
ここは神社だ。
坊主以外にも人が来る。
季節は関係ない。
視界を揺らす暑さの中でも。
身体を埋め尽くす真っ白な粉が降り積もろうとも。
彼らはいつだってここに来る。
住み処の上にある木で出来た城に訪れる。
そのとき、誰もが真剣な顔をしている。
悲しそうな人もいた。
苦しそうな人もいた。
まるでなにかに祈っているかのように。
それを見てるとその人たちになにかしてあげたいと思った。
だから、足元まできて、鳴くのだ。
彼らを慰めるために。
すると、脱力して撫でてくれる。
そうだ、それでいい。
ほら、坊主も笑ってる。
それが一番だ。
そんなことがあってから、坊主はおいしい魚をくれるようになった。
坊主はいい人だ。
でも、まだ信じきれていない自分がいる。
ごめんなさい、まだ無理だ。
坊主はそれでも優しい眼差しで見ていてくれる。
それがとても安心できるのだ。
本当はお礼を言いたい。
でも、恥ずかしいのだ。
ある日、坊主は目の前で手を差しのべた。
寒い日だった。
からだの震えが止まらなかった。
死ぬのかな、そう思っていた。
でも、坊主は涼しい顔をしていた。
どうして、毛のないからだでそんなにも強くいられるのか。
不思議でしょうがなかった。
どうしようもなく、足がかじかむ。
動けない。
差し伸べられた手を掴むことさえできない。
あぁ、手が遠ざかっていく。
どうして、どうしよう、どうやったら。
遠ざかる、離れる、見えなくなる、いない、どこに。
気が付いたら、寒くなかった。
あぁ、これが死か。
そこには坊主がいた。
しかも、いつの間にか手の中にいた。
坊主も、そうか。
死んでしまったのか。
撫で付けられる手はとても暖かい。
ポカポカする。
ここはやはり天国だったか。
なら、坊主に好きなだけ甘えよう。
これが坊主と会うのが最後かもしれないからな。
だから、したかったことをしよう。
甘く噛みつこう、落ち着く匂いをつけよう、構ってもらおう。
坊主は優しい。
ここは温かい。
からだだけじゃない。
こころもだ。
ある日の朝、坊主がいなかった。
どこにいる。
どこに、そうか。
いってしまったか。
暖かな木の温もりに寄り添って眠る。
あぁ、やっぱりここは天国だったんだ。
そしてねこは静かに眠りについた。
神社にいるねこさんはわりと甘えん坊