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99人村の住人たち

作者: 牛男爵


†1  99人村序論


 学生のころ、1戦しかやってないくせに「99人村プレイヤーの中じゃ伯爵が一番好きだな」などと不用意な発言をして、住人たちの十字砲火を受けたことがある。

 彼らの攻撃は苛烈だった。私がそのときDrサザナミも、ユーロも、牛男爵も知らなかったことが、彼らの審判をさらに容赦ないものにしていた。


「おまえのような素人が、伯爵を『伯爵』と呼ぶのは10年早い」

「そうだ、ちゃんと『ヨコハマ三橋クレイジートム伯爵閣下』とフルネームで呼べ」

「いや、99人村1戦じゃ、そのお名前を発音することも許さん」

「そうだ、黙ってろ」

「家に帰って人狼ジャッジメントでもやってろ」

「『伯爵』と呼べるのは最低10戦してからだな」

「100戦以上したら、俺みたいに『あの無職』とか『一年中サングラスのキチガイ』って呼んでもいいんだぜ」


 縄張り根性である。





†2  99人村プレイヤーの筋金入り縄張り根性


 たしかに、どの世界にもその種の根性はある。かくいう私も、高校生くらいのガキに「モンハンの新作はさあ」なんて言われるとムッとする。思わず「モンハンシリーズ何作やってるんだよ」と取り調べを始めてしまったりもする。

 が、しかしそれにしても人狼界の、とりわけ99人村の縄張り根性は別格だ。これこそが、この世の中で最も徹底していて、強固で、理不尽で、牢固として抜きがたい、筋金入りの縄張り根性である、と私は思う。


「じゃあ99人村のログだったら、大体どのへん読めばいいわけ?」

 私は謙虚にたずねた。恥を忍んで教えを乞うた。が、彼らは鼻で笑い、曲がった唇でこう言ったのだ。

「全部」

「そう、クソ村も含めて全部読むの」

「そういわずに、一つか二つ面白いの教えてくれよ」

「ダメ。教えない。駄ログを山ほど読み通して苦労しないと本当の力はつかないの」


 本当の力?

 ここでいう『力』とはいったい何なのだろう。『人狼の力』というようなものがこの世にはあって、私にはそれが欠けているとでもいうのか。


「おまえ、基礎ないから人狼BBSにもどって16人村からやりなおしな」

「そう。ちゃんと手順踏んで『投票希望』や『まとめ制度』経験してから先に進みな」


 彼らの攻撃は執拗を極めた。

 彼らに言わせれば、私には人狼経験値の絶対量が決定的に欠けているらしかった。そして人狼プレイ数の量的な乏しさは、質的な貧しさに他ならないのだった。

 たしかにそうかもしれない。量のないところに本当の質は生まれない。今にして思えば彼らの断罪は正しかった。


 この、量の問題はメインストリームの人狼界では案外見落とされている。連中は『ひとつの村には16人まで』という制限によってログの質が精錬されるという、メロン農家のオヤジみたいな哲学を持っている。

 そういえば、メインストリームの人狼プレイ実況動画はメロンに似ていないこともない。手間ヒマかけて制作されるわりには、さして面白いプレイングがあるわけでもなく、ただ一時の暇つぶしにしかならない。あんなものをいまだに有り難がっているのは、滅多に見舞い客の来ない呼吸器病棟の入院患者と、同じような退屈実況動画を上げている連中くらいのものだ。





†3  99人村プレイヤーの生半可通いじめ


 99人村の話にもどる。彼らの人狼経験値は凄まじいものだった。私は、自分の読んだログの量を「そうだな、今月はこれくらいかな」と、両手を広げることによって表現する人たちをそのとき初めて見た。年間量ということになると、彼らは単位として段ボール箱を持ち出さなくてはならなかった。いまどきプリントアウトして読んでいるのだ。


 どうやら、ここ(99人村界隈)は『有名どころのネトゲをつまみ食いしてみる』という遊びかた(私はどの分野でもそういう遊びかたをしている)を決して許さない世界のようであった。遊び半分での参加などは言語道断である。

 知っている人狼プレイヤーの名前を私が出すたびに、彼らは敏感に反応し、知識の量と質を点検するため私を質問攻めにした。彼らはすぐに意地になる。マニアの特徴だ。

 彼らの質問攻めに、私はやすやすと尻尾を出した。『伯爵』と『男爵』を混同していたのだ。二人を同一人物だと思っていたのだ。これは人狼界ではわりとポピュラーなミスらしい。私は当時(じつは今でも)その『男爵』をよく知らなかったが、恐らくどこかの村で見かけた暴言を、誤って伯爵のものと記憶してしまったのだろう。


「なるほど、いや、こいつはうかつだった。さすがの俺もその『牛伯爵』っていうプレイヤーは聞いたことがない」

「オレもだ。いや、『牛伯爵』は完全に盲点だった」


 そうやって、彼らはたっぷり2時間、私をなぶりものにした。

 思うに、私のような『ろくにやったこともないのに人狼ゲームのルールだけ知ってる人種』、つまり『半可通』は、99人村住人にとって最も許しがたい存在なのだろう。

 たしかに、私は『ソーシャルゲームの代表作とその大雑把な内容』ぐらいまでは詳しい。告白すれば、私はヒマなとき『今週のソシャゲランキング』みたいなサイトを眺めていることが多い。

 もちろんファミ通が出した『人狼特集号』もちゃんと持っていて、村参加もロクにしてない(生涯通算で5戦くらいの)くせに、ちょっとした人狼の会話ならついていく自信は十分ある。


 それどころか私は、MMORPG、TCG、MOBAにFPSなどなど、各種ゲームの『入門マニア』である。本棚には数十冊の攻略本を並べ、格ゲーでも、音ゲーでも、ローグライクでも、マスターしたものはひとつもないかわりに、ルールや技術理論、用語くらいには精通している。

 しかも私は、自分のまわりに各ジャンルのエキスパート(私が所属していた某クイズゲーム研究会はあらゆる種類のヲタクの巣窟なのだ)を集めている。そして彼らの該博な知識のおいしいところだけをたいして努力もせずに頂戴していたりする。





†4  人狼マニアの梁山泊~99人村ワールド


 そういうイヤな野郎である私にとっては、ここでちょっとした人狼講義を展開するようなことは十分に可能だ。たとえば『初日全役職フルオープン』なんかの是非についても、実経験はないくせに何となく詳しい気がしているから、相手が素人だったらきっと上から目線で意見を開陳してしまうだろう。


 が、こと99人村界隈に限っては私は素人の態度を崩さない。ここでは私は決して生意気を言わず、いつもご意見を拝聴する側にまわって、トラブルを未然に防ぐようにしている。

 なぜなら99人村は、人狼廃人の梁山泊だからだ。しかもここでは99人の参加者がいると99個の人狼観があって、彼らは互いに

「俺が最強なんだ。全員くたばれ」だの、「とっととコミットしろ。しない奴は死ね」だの「これだからアタマさざなみは」だのと言いあっている。

 こんな百家争鳴のアリ地獄みたいなところにのこのこ出ていって「人狼ゲームはわりと好きです」とか、とてもじゃないけど言えない。


 そうなのだ。私はサザナミ博士の件でもいじめられたことがある。『さざなみ』と、私がその名前を出すが早いか、住人たちは「博士の関連事項として人狼BBS狼勝率100%記録とか、第3回村の伝説的勝利とか言うなよな」と釘を刺し、私に二の句をつがせなかった。彼らは『99人村初心者の言いそうなこと』に精通している。


 私が不思議に思うのは、彼らが村のマナーについては異常なほど厳格なくせに、参加者募集の呼びかけについては実にだらしがないということだ。彼らは、人狼経験者と見ればすぐに声をかける。

「99人村は世界一の素晴らしい村です(だから参加しようぜ)」

 まあいいだろう。これぐらいは勘弁してやってもいい。しかし連中に言わせると、99人村こそが至高の人狼ゲームであって他の人狼は全て格下という扱いになってしまうのだ。

 しかも彼らは一般的に『人狼アプリ』『人狼サーバー』と呼ばれているものでも、気に入らなければ「あんなものは人狼じゃない」と決めつける。


「おい、ワードウルフが人狼ゲーだなんて、おまえは一体どういう教育を受けてきたんだ? えっ?」

「わかめてなんてのは、年金暮らしのジジイババアの集まりなんだよ」

「にわかどもは、推理と説得が人狼の骨子だと思ってやがる。99人村の洗礼を浴びろ」


 ぬかしやがれだ。するってえと、キミたちは99人村だけが『人狼』で、ほかの全ては『人狼じゃない』という風にして、あらゆるものを排除していることになる。こういう状態を昔の人は『ガラパゴス化』と表現しているのだが、たぶんキミのところの島は奇形の珍獣だらけだよ。


 ……とか何とか言っているが、私は99人村の人々を嫌っているわけではない。彼らの該博にして不毛な知識と、壮大にして偏頗な想像力と、複雑にして単純な世界観と、難解にして機略に富んだ、愚かなある種の昆虫のような人格が、私は好きなのだ。それは人狼ゲームそのものよりはるかに面白い、といったら諸君は怒るんだろうなぁ……。





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