第二十九部 第三章 椅子の男
「もう一人の彼が起きました」
巨大な部屋の薄暗い中で、ぽつりと椅子に一人で座っている男に誰かが話しかけた。
そのワンフロアにたった椅子が一つあり、椅子に座る彼以外に誰一人といない筈なのに、彼以外の声がした後、部屋にざわめきが拡がる。
「さらに、十二使徒の最初の使徒たるガムビエルが動きました」
そのいずこからの声でさらにざわめきが大きくなる。
「相変わらず、彼は逃げているようだ。使徒すらも逃げるのに使っているのか? 」
椅子に座っている男が笑った。
「はい。<終末の子>はガムビエルを逃げるのに使いました」
部屋のざわめきが酷くなる。
「あの使徒一つで、アメリカすら灰に出来るのにな」
椅子の人物は優しく笑った。
「一切の攻撃を無力化しますからね」
誰かが言った。
「すべての使徒に通常の攻撃は効かない」
「使徒はこの世界の物体に非ず」
「使徒はあらゆるものの上位者である」
「すべての使徒は滅びの代行者である」
「使徒によって滅びる世界は滅ぼされる」
「使徒こそ、神々の鉄槌である」
部屋の中の誰かが呼応したように囁いた。
「それを逃げるのに使うとは聞きしに勝るものだな」
椅子に座った男が楽しそうに笑った。
「彼は滅びの執行者としては間違っておりませんか? 」
誰かが椅子の男に聞いた。
「心配ない。それすら、偉大なる主の考えの中なのだ」
椅子の男が厳粛に答えた。
「それで、よろしいのでしょうか? 」
「違う答えもまた主の御心だからな」
椅子の男が笑った。
部屋のざわめきが酷くなった。
「まあ、もう一人の彼がどう動くか。彼の味方になるか、それとも敵になるか。それが最大の問題だろう」
椅子の男が言うと部屋のざわめきが止まって静かになった。
椅子の男が立ち上がった。
「どうなるのでしょうか? 」
誰かが椅子の男に聞いた。
「それは彼が決める事だ。だが、そろそろ彼自身も進化が始まるだろう」
椅子の男が答えた。
「進化ですか」
「ああ、進化が彼を徐々にであるが人間では無くしていくのだ。そして、我が友の記憶が少しずつ戻っていくはずだ」
椅子の男が懐かしそうな顔をした。
「彼を見張るのだ。我が友を……」
静かに静かに椅子の男は言った。




