第一部 第三章 聖樹
「本当に大きな樹だな」
王宮よりも大きく、何千年もあると言われる聖樹が目の前にあった。
しかも、木の幹の太さだけで100メートル以上ある。
そして、青、赤、黄の光がまるで樹の実のように輝いていくつも光って見える。
その根本に木の洞があって、そこに王と宰相とムラサキと俺と護衛の騎士達が入っていく。
木の洞の中はかなり広い。
ちょっとした会議場の大きさだ。
木の洞の真ん中に巫女姿の女性が待っていた。
「今日は頼むよ、レイナ」
「はい、お父様」
レイナと呼ばれた巫女姿の女性は、俺より少し年上くらいで凄く綺麗な人だった。
黒い艶やかな髪が、腰まで伸びて首元で白い布で束ねられている。
「お父様と言う事は? 」
「ええ、私は第一王女です。貴方の従姉と言う事になりますね」
「王家から適性のある女性を聖樹様が選んで、巫女に決めるんだ」
国王が説明してくれた。
「ちょっとユウキは変わり種だからね。普通は十歳くらいであちらに転生させるんだが、彼は向こうで生まれて育ったから、ちょっと今までの守護神とは違う方が選ばれるかもしれない」
宰相が興味深げにこちらを見た。
「そう言えば、転生って向こうに赤ちゃんで生まれるんですか」
俺が気になった事を聞いた。
「いや、大体十歳くらいで紋章を持った男の子から選ばれたものだけ聖樹様に転生させられるんだが、同い年くらいの適性がある日本の子供に乗り移ると言うか、同化するんだよ。だから、相手の記憶とか性格も少し混ざってしまう」
「……それ、転生と言うより、寄生って言いませんか? 乗っ取りじゃないですか」
俺が顔を引きつらせる。
「まあ、そう言われてもしょうがないんだ。我が国の為にも許してもらうしかないなぁ」
国王が困ったように答えた。
どうなんだろう。突然、性格の変わった息子とか親が泣くんじゃないのか。
しかも、こちらに戻ると言う事は、あちらでは行方不明になると言う事だし。
「まあ、あれだ。これも運命なんだよ」
「運命だから仕方ないよね」
国王と宰相が運命で誤魔化そうとしている。
「じゃあ、奥様とかで苦労するのも運命と言う事なんですね」
「突込みがきついなぁ」
国王が笑った。
「本当に兄に似てますね」
少し懐かしそうに宰相が言った。
「そろそろ、よろしいですか? 」
王と宰相と俺のグタグダ話を打ち切るかのように、レイナさんが言ってきた。
その木の洞の奥には大きな祭壇があった。
レイナさんが祭壇の前に立つと、その場に正座して二礼二拍手一礼を行った。
あれ、これ神道の作法だと思いながら、レイナさんに即されて、同じように正座して二礼二拍手一礼を行う。
「勿体なくも聖樹様の御前にて、この巫女たるスメラギ レイナが仕えたてまつる。この御前において、かの国より帰りし、我が一族のものスメラギ ユウキが本日守護神たる御方を聖樹様におつなぎいただけますように、伏して深く深くお願い致します」
俺の名前はこちらでは、王族だからかスメラギ ユウキになるみたいだ。
聖樹が輝きだして、そこに神々の映像が浮かぶ。
それは驚く事に日本の神様だった。
えええ、向うの世界とも関係あるのか?
そして、映像の中央に燃え盛る炎が現われた。左手に利剣を持ち右手に羂索を持つ。
不動明王だ。いいのかよ。仏様だし。
目の前の不動明王の中心のあたりから、種字と言われる不動明王を意味する梵語のカーンという金色の文字が出て俺の身体に入り込む。
そして、目の前の不動明王の姿も変わりつつあった。
手にした利剣が大きくなり、不動明王の姿が消えるとともに巨大になった剣--倶利伽羅剣となり、倶利伽羅剣のまとう炎が消えて一振りの黒塗りの日本刀になった。
「ご、轟天」
レイナさんがその刀を見て、震える様に答えた。
「「ええっ!! 」」
国王と宰相が驚く。
その刀--轟天が俺の所に浮かんでくると俺の手に収まった。
刀を掴むと同時に全身に戦国時代の具足と西洋甲冑の鎧をミックスしたような防具が瞬時に俺の身体に現れる。
「う、嘘でしょ。なんで轟天が現われるの? 」
レイナさんが震えてる。
「やばいのか。今度の戦争やばいのか」
国王がかなり焦ってる。
「ど、どういう事ですか? 」
「轟天は今まで二回現われてる。建国の時と、このヤマトが滅びる寸前まで行った時だ。どちらもまさに危機的状況で現れたんだ。これは国を救う勇者に渡される剣だ」
「えええええ」
俺が国王の言葉にドン引く。
「一応、轟天の方は伝承では、狙ったところに小型の核爆弾みたいな破壊を起こせる。聖樹様の最強の神器だ。まあ、チートだな。ただ問題は、一発撃つと次の日の同じ時刻を過ぎないと使えない。一日一発と言う事だ」
昔、国王は日本にいただけあってチートとか良く知ってる。
「ついでに、その君が着てる鎧も進化しながら君を守り続ける鎧だ。それと、これから守護神の導きで君の性格や才能などを考慮して、君が欲したスキルを授かることになるだろう。まあ、詳しくは君の守護神に聞け。教えてくれるはずだ。それよりも、この戦争は我々が滅びるかどうかの戦いになる。それは間違いない」
宰相が続けて言った。真剣な顔だ。
「嫁達を戦場に連れて行こうかな」
国王が小声で囁くように言った。勿論、レイナさんに聞こえないようにだ。
「あ、良い考えですね」
宰相も小声で囁くように答えた。
黒い。
黒すぎる。
嫁が減って欲しいのか。
その時、この場に騎士が駆け込んで来て国王の前に跪いた。
「陛下、とうとう西方のアレクシアが動き出しました! 十五万を超える軍勢で迫ってきております! 」
「十五万だと! 多すぎるな。北方のエーデルハイトへの抑えまで出して来たか」
国王が少し驚いている。
「はっ、それが北方のエーデルハイトも十万の兵で南下して来ております! 」
「連合を組んだと言う事か」
「はい、恐らく」
「総勢二十五万か。わが国の倍の兵力だ。国境の城に防御を固める様に言え! 我らも出陣する! 」
宰相が叫んだ。
「困ったな。これでは嫁達が怖がって戦場に来てくれない」
国王が青い顔で囁くように呟いた。
「うちも無理ですね。残念です」
宰相も囁くように答えた。
そっちかよ。
滅ぶかもしれない戦争なのにえらい余裕だな本当に。