第二十二部 第五章 アポリトとクニヒト大佐②
アポリトが剣を持って甲板の方へ船室から上がっていく。
クニヒト大佐も嫌々ながらそれについて行った。
月は雲に隠れてるのか、本当に真っ暗闇だ。
港にいくつか焚かれた篝火だけが辺りを仄明るく照らしている。
ワイバーンがしきりに暴れている厩舎の方へと行くと、接岸していないせいか岸の方から何かたくさんの人間がこちらを見ている。
「何だ。一杯人は居るじゃん」
クニヒト大佐がアポリトに毒づくように小声で言った。
「しっ」
アポリトが慌てて、クニヒト大佐が喋るのを止める。
「あれ、人間じゃ無いわ」
アポリトが囁いた。
「は? 」
クニヒト大佐の顔がみるみると青い顔になった。
「良く見ろ、ゾンビじゃないけど、身体が風化してカサカサになってる」
アポリトが呻くように答えた。
「え? 」
クニヒト大佐が暗闇の中を目を凝らすように見た。
「ゾンビならファウロスの下半身みたいに生々しいはすだ。あれは風化した感じだ」
「なんなんだよ? 」
「魔道で操られた死体のようなものだろうな」
「それなら、ゾンビじゃん」
「いや、どちらかと言うとスケルトンに近いような気がする」
一部の風化した連中は骨が露わになっていた。
「どうすんだよ」
「とりあえず、船を出して沖に逃げるか」
「結局、逃げるんじゃないかよ」
クニヒト大佐がアポリトに毒づいた。
「とりあえず、兄弟が逃げる時の船だけは守らないといけない」
アポリトが答えた。
「はいはい、分かりましたよ」
クニヒト大佐が岸から船につないであるヒモを斬りに行った。
「とにかく、急ごう」
アポリトが必死にゾンビの様に風化した手を差し出しながら船に乗りたがっている、その薄気味悪い人間だったものを睨みながら、岸からのヒモを斬り落とした。
「おい! 」
クニヒト大佐が大声を上げた。
「馬鹿じゃないの? 」
アポリトがクニヒト大佐の大きな声に舌打ちした。
クニヒト大佐が声を上げたせいで、びくっと言う感じで港の隅から人間だったものが次々と船の周りに集まる。
「いや、上! 上! 」
クニヒト大佐が剣を抜くと叫んだ。
「はあ? 」
アポリトが上を見た。
その時、雲に隠れていた月が現われる。
港に蠢いている人間と同じように風化したワイバーンが百ほど夜空を飛んでいる。
空を覆っていると言っていいくらいだ。
「なんだこりゃ? 」
「索敵に引っかからなかったのか? 」
「魔道のせいか、索敵には映らなかった」
「あーあー、すっげぇ嫌な予感」
夜空を飛んでいるワイバーンが楔型に戦闘隊形をとった。
月明りでよく見ると、そのワイバーンの上に同じように風化した騎士が乗っている。
「ヤバイな。これじゃ、やられる」
アポリトが呟いた。
手元には剣しかない。
しかも、索敵が効かないのなら、かなり厳しい。
しかし、アポリトには義兄弟がいた。
リヴァイアさんである。
アポリトのピンチを救うべく、リヴァイアが顔を海から出すと、戦闘隊形を取った風化したワイバーンの騎兵に猛爆攻撃をかけた。
さしもの魔道のワイバーンが爆炎に呑みこまれ炎上し消えていく。
その猛爆攻撃の爆発音が、この長い夜の始まりになった。