第一部 第ニ章 ムラサキ
王宮が広いせいか、随分と俺の部屋まで時間がかかる。
その中をムラサキが先に進みながら案内している。
本当に王宮がでかい。
そして、部屋が多い。
「掃除とか大変だな」
「そうですね。でも安全にはかかせませんから」
ムラサキが振り返って答えた。
仕草が可愛らしくて男に見えない。
「安全って……」
「いえ、女性からの王様などに対する夜這いが……」
「そっちかい! 」
呆れてものが言えない。
「いえ、本当にハンパ無いんですよ。実際、王様も何回もやられてるし」
「やられてるんかい! 」
「どんな身分でも、子供が出来ると男側は結婚して側室にしないといけないように、聖樹様がお決めになられてるから、過激な人が多くて……」
なんだろう、そのルール。
孕んだもの勝ちですか。
「出来ちゃえば玉の輿ですからね。高貴な方は皆、狙われるんです」
「どえらい玉の輿だな」
俺のいた世界と違いすぎる。
「向こうの世界はだいぶ違うそうですね」
「まあね」
ムラサキの腰に横差しに短刀があるのを見て気になり、すっと俺がそのまま短刀を鞘から抜いて見る。
刃もわざと黒塗りにして、闇夜で見えにくいようにしてるようだ。
さらに刃をかざしてみると、刃には薬が塗ってある。
「なんか塗ってんだ。暗殺者みたいだな。前から見た時に刀が見えないように腰差しにしてるんだろう? 」
「えっ? 」
ムラサキが飛びずさって自分の腰の短刀の鞘を触る。
「嘘っ、私、他人に刀を抜かれたの初めてです」
かなり驚いたようだ。
「何か武術でもやってらっしゃったんですか?」
「ああ、親父からタイ捨流を現代風に親父がアレンジした奴と戦場での格闘術を習ってた」
タイ捨流は剣術でありながら蹴り、投げ、極めるがミックスされた九州にある古流剣法だ。
戦場での格闘術は親父が傭兵みたいな事をやってたそうで、完全に実戦向きのものだ。
「タ、タイ捨流ですか? 」
「ああ、剣術の方はね。戦国時代に出来た実戦的で有名な流派なんだ」
本当の実戦なら、弓や槍の方がいいかもしれないけどね。
「凄いですね。ひょっとしたら今の王族の中で一番強いかもしれません」
ムラサキの目が輝いてる。
基本は逃げてばかりなんで、それは内緒にしておこう。
三十六計逃げるに如かず。
基本、喧嘩になったら、そこらの棒切れを構えて、棒切れに相手を集中させて、隙を見て相手の金的に軽く一撃入れて、全速力で逃げるだけだ。
これのどこがタイ捨流だと言われたら、流祖の丸目蔵人様に謝るしかないが。
「ひょっとして、戦争が始ろうとしてる今だから、ユウキ様が戻ってこられたのかもしれない」
ムラサキが呟きながら興奮している。
「そう言えば戦争が近いって言ってたね」
「はい、西の大国アレクシアです。前から我が国といがみあっていたのもありますが、それ以上に、日本でしたっけ? あちらの技術などを学んで、我が国は火薬や刀や鉄砲などを生産できるようになっているので、アレクシアはそれらの技術が欲しいのでしょう」
「鉄砲? 鉄砲なんてあるの? 」
「はい。火縄銃や大砲など先込め式の火縄で着火する武器はございます。さらにレベルの高い銃や大砲は雷管? とか言うものがうまく作れずに、火縄銃どまりなのですが、魔法を使って強化はされてますので」
火縄銃なんて使ったこと無いんで、俺は使い物ならんだろうに。
「俺が役に立つようには思えないな」
「ユウキ様なら大丈夫ですよ」
ムラサキが目をキラキラさせてこっちを見てる。
「あまり期待されても困るんだけど」
「そんな謙遜しないでください。ユウキ様ならきっと我が国を救う事が出来ると信じてます」
逃げるのが得意な俺に無茶を言う。
「ええと、部屋はまだかな? 」
話を変えようとムラサキに聞いた。
「あ、ここです」
部屋は目の前だった。
しかも、鍵穴が四つある。どんだけ、厳重にしてんの?
ムラサキがそれを一つ一つ鍵で開けていく。
「ユウキ様、開ける順番は覚えておいてくださいね。間違えると空きませんから」
「マジかよ。別に鍵穴は二つもあれば良いんじゃないの? 」
「いえ、二つだと侵入されて襲われた事があったので」
「暗殺じゃないよね? 」
「はい、夜這いです」
「やっぱりか。狙われたのは誰なんだよ」
「狙われたのは陛下です」
「マジでか」
なんだ、この国。
暗殺でなくて、夜這いを恐れるのか。
やっぱりおかしい。
「そう言えば、子供が出来たとして証明できるの? 他所の子かもしれないよね」
「それは大丈夫です。子供が産まれれば、左手に聖樹様のしるしが出て、誰の子供か教えてくれますから」
「そ、そう、聖樹様は至れり尽くせりだね」
「はい、ですから、浮気してもすぐばれるんです」
「ば、ばれたらどうなるの? 」
「未婚の場合はすぐ結婚する事になります。既婚の場合は二度と悪さが出来ないように、聖樹様が不貞を働いたもののあそこを爆発させます」
ムラサキが無垢な笑顔で答えた。
「爆発? 」
「爆発です」
どうやって爆発させるのかは聞かないでおこう。
やばすぎる。
「あ、でも、男同士なら大丈夫ですよ」
ムラサキが頬を少し赤くして俯き加減にこちらを見た。
俺にどうしろと。
部屋に入ると、日本で言うホテルのスウィートルーム並みのレベルだった。
「入ってすぐの入り口の近くの部屋は、私が護衛する為の部屋になります」
「え? ずっと一緒にいるの? 」
「はい、そうしないと危険ですんで」
「危険なんだ」
少し遠い目をして答えた。
「貴族の女性には俺は蔑みみられてるようだし、別に大丈夫じゃないかな」
「いえ、敵は貴族だけではありませんから」
「貴族以外にいるの? 」
「士族や平民のメイドなどは危険ですね」
「……危険なんだ」
本当にため息もんだ。
なんだよ、この国。
暗殺者より夜這いを警戒してる。
呆れ果ててる俺にムラサキが言った。
「後、明日には聖樹様のところで、ユウキ様の守護神を聖樹様に決めていただく儀式があります」
「守護神? 」
「はい。王族の方や一部の聖樹様に認められた貴族の方など聖樹の紋章を持たれた方は、聖樹様がお選びになられた守護神によって加護され、スキルなどを使えるようになるんです」
「スキルねぇ」
頭の痛い世界であるが、とりあえずはファンダジー世界の片鱗はあるわけか。
とりあえず、ベットはふかふかで高級そうだし、今日は寝て明日考えるとするか。
ムラサキがこちらをもじもじとして聞いてきた。
「あ、それと、夜伽は……」
「いりません」
目の前で少しがっかりしてるムラサキを見て、ますます頭を抱える俺だった。