第二部 第三章 大国コンチュエ
いつまで経っても水平線しか見えない。
あれから、俺達は東方の大国コンチュエに行く為に船に乗って向かっていた。
大きな客船を二隻の警備船が守っている。
予想通り、クニヒト少佐は甲板から海に向かってゲロ吐いてる。
仕方ないのでムラサキ中尉は俺の世話係だけど、クニヒト少佐の面倒を見てる。
本当に使えない奴だ。なんで、これが少佐なんだか理解できない。
ヨシアキ中佐は吐いてはいないが、気分は悪そうだ。
ミヤビ王女は髪を元の黒髪にして、アオイと海を見てる。
アオイはコスプレを辞めても顔立ちはまんまの綾波レイだ。
どうやったら、こんな子があの宰相から生まれるのか理解できない。
勿論、性格で無くて容姿の話だが。
アオイもミヤビ王女も旅装に合わせた簡素なワンピースを着てる。
あまり二人は酔わない体質らしくて、海風を受けて気持ちよさそうだ。
ミヤビ王女とアオイの横に巨漢の男が二人従っている。
イジュウイン大公が護衛として寄越した二人だ。
双子でどちらも身長が二メートル近くある。仁王さんみたいな顔と体格してる。
士族のムラカミ ヒロタカとヒロノリだ。
階級はともに中尉だ。
武名で名高いムラカミ家の子息で、若年ながら達人と聞いた。
こう考えると、クニヒトの少佐ってどうなのよ。
まあ、俺も大佐だけどさ。
「一体、いつになったらコンチュエにつくの? もう吐くものも無くなってきたんだけど」
クニヒト少佐が青い顔だ。
「まだ、半分くらいしか来てないはずよ」
ミヤビ王女が答えた。
「ええええ」
クニヒト少佐が暗い顔をした。
帆船だから、遅いのは仕方ないよな。
その時、水平線から四隻の船が、こちらに向かってきた。
こちらに来るスピードが速い。
角が生えた巨大な魚の角の部分にひもをつけて、船を引っ張らせてるようだ。
その四隻は何かを誘導するかのように、こちらに向かってくる。
その何かはうねりを上げて泳いでる。
長さは百メートル近くありそうな海蛇だ。
「なんだあれは? 」
ヨシアキ中佐が海蛇を指差した。
船長が出てきて青い顔をする。
「シーサーペントだ。くそっ、ハイダオだ。ハイダオの海蛇使いと言われて恐れられているドゥシュアって組織の奴らだ。」
「ハイダオ? 」
俺が聞いた。
「海賊ね」
ミヤビ王女が教えてくれた。
「あいつら、シーサーペントを巣からおびき寄せて、商船を襲わせるんだ。それで、シーサーペントが商船の人間を食べきった後で、商船の荷物を奪いやがるんだ! 」
船長が吐き捨てるような顔をした。
「これから、どうするんだ? 」
ヨシアキ中佐が船長に聞いた。
「どうにもならん。海賊船が四隻もいるのに、その上でシーサーペントを二隻の警備船で倒せるかどうか」
船長が船の縁をいまいましそうに叩いた。
「モンスターを利用するとは汚い奴らだな」
俺が言うと、皆が一斉に俺を見た。
「え? 貴方がそれを言うの? 」
ミヤビ王女が呆れた顔だ。
「いや、あれは事故だから」
「あれ、事故だったんだ」
吐いてたくせにクニヒト少佐が俺に嫌味っぽい顔を向けた。
「悲しい事故なんだよ」
俺が遠い目をして言うと、やれやれと呆れるように皆が首を振る。
「まあ、とにかく、シーサーペントは何とかなるわね」
俺が腰に差した轟天をミヤビ王女がちらりと見た。
「船長、警備船は海賊船の対応に集中してください。我々も手伝います」
ヨシアキ中佐が剣を抜いた。
「やっと、私達の出番が来ましたな」
うれしそうにムラカミ兄弟が刀を抜いた。
身長に合わせて、かなりの肉厚の大刀を使ってるようだ。
「斬馬刀を使ってるんだ」
俺が驚いた。
騎士で無くて、騎馬を斬る事を目的にした刀だ。
「良くご存知で」
嬉しそうに双子の兄貴の方のヒロタカ中尉が笑った。
斬馬刀なんてかなりの膂力が無いと使えないからな。
それを平気で軽そうに扱ってると言う事は、確かにかなりの達人なのだろう。
イジュウイン大公が腕が立つと言うだけはある。
「さて、貴方に任せるわよ。頼りにしてるからね」
シーサーペントの方を見てから俺を見て、ミヤビ王女が笑った。
「構え」
俺が轟天を抜いた。
そして、前に向けて構えた。
刀が炎をあげて光り出す。
船長が驚きの顔で轟天を見てる。
「いけぇぇぇぇぇぇっ」
俺が振りぬくと、シーサーペントの前に並ぶ四隻の海賊船の真ん中で爆発が起きて、海賊船がすべて沈んでいく。
シーサーペントは爆発した地点の数百メートル後ろで、そのまま泳いでる。
「「「「「は? 」」」」」
皆が唖然とした顔で俺を見る。
「ち、ちょっと、どこ撃ってるのよ! 」
ミヤビ王女が焦った。
「いや、だって、ほら、あれでいいんでしょ」
俺が沈んでいく海賊船を指差した。
海賊船から海に落ちた海賊達をシーサーペントが踊り食いしてる。
「え? 」
皆がすんごい顔して俺を見てる。
「ほら、全部で海賊さんは百人以上いるみたいだから、あのシーサーペントなら半分も食べたらお腹一杯でしょ」
「え! そっち? 」
ミヤビ王女が驚いた。
「普通、そんなやり方考えないよね」
クニヒト少佐が嫌味っぽく俺を見た。
少佐のくせにゲロ吐いて何もしないくせに、嫌味だけは五月蠅い奴だ。
「なるほど、確かにこれなら、一撃で済む」
ヒロタカ中尉が斬馬刀を鞘にしまいながら笑った。
「イジュウイン大公が一目置いておられる訳が分かりました。さすがですね」
ヒロノリ中尉が感心したように頷いた。
なんだろう、この世界に来て、初めて褒められたような気がする。
しかも、イジュウイン大公まで一目置いてくださってるとは。
うれしい。
涙が出そうだ。
「え? これが正しい方法なの? 」
クニヒト少佐がシーサーペントに、悲鳴をあげながら次々と食べられてく海賊達を呆れたように見た。
シーサーペントは嬉しそうで、まさしく踊り食いだ。
「「えーと」」
ヨシアキ中佐もミヤビ王女も微妙な顔してる。
「た、助けてくれ! 」
海に浮かんでいる立ち泳ぎする海賊が叫んだ。
「えーと、助けた方が良いのかな? 」
「どうします? シーサーペントもいますし、助けるのは命がけにはなりますけどね」
ヨシアキ中佐が俺を見た。
じっと海を見ると、百メートルを超えるシーサーペントの近くに、さらに三十メートルくらいのシーサーペントが数匹泳いでる。
海蛇だから卵で産むはずないんで、親子と言う事は無いだろうが、海面から首を持ち上げてこちらを、うるうるとした目でじっと小型のシーサーペント達が俺を見ていた。
「お腹がすいてるみたいですね」
アオイが右手の緑色の紋章をかざしている。
「え? 言ってる事が分かるの? 」
俺がアオイに聞いた。
「私のスキルは特殊で、モンスターや動物とテレパシーで簡単な対話や連絡が出来るんです」
いろいろなスキルがあるんだな。
女子供も容赦しない連中らしいし、基本的にヘビとか好きなわけではないが、うるうるとした目が可愛かった。
「お腹すいてるんならしょうがないよね」
俺は海賊の助けを求める声を、聞かなかった事にした。